居候のすすめ

変わった仕事をしてる人と、いっしょに生活をすることについて。

ぼくは1年半ほど居候生活をしていたときがあって、そのときに学んだものが本当に多かった。例えば、2年前の小豆島滞在時には、「四国食べる通信」編集長のポン真鍋さんの家に居させてもらっていたのだけど、彼は毎朝5時台に起き、寝起きと同時にすぐに仕事をし始める。おそらく、FBで更新しているポン真鍋新聞はこのときに書いている。

一先ずの作業が終えると、そそくさと着替えはじめランニングに出かけるというお決まりがあった。ぼくは、朝強くないので丁度ポンさんがランニングから戻る手前くらいに起き始め、ゴミ捨てなどを行うというなあんばいだった。ポンさんが起きてカタカタやっていることは、部屋は違えど、完全に起きれないぼくでも気付くのはたやすくて、彼を目覚ましにぼくも何度か作業をしようとしたが、なかなかできない。そういう意味で、習慣ってすごいよなぁ、と思ったわけで。

それ以外にも、暮らしと仕事の境界線があるようでないポンさんの生活をみていると、そして、これまでの仕事の話について聞く機会も多いなか、なんとなく見えてくるエッセンスみたいなものはあって、それが今の自分の動き方につながっているものもあると思う。小豆島を出てからも、ライターとして先輩のおうちでお世話になったりもしたけど、おなじ職種であっても、仕事の仕方は全く違うのから、こうやってるんだなぁ、と盗めたものも多かった気がする。

少し観点は違うけど、トキワ荘みたく漫画家の卵が集まっていた場の熱量はすごかっただろうし、互いが互いに、切磋琢磨にしれっと(ここ大事)技を盗み合っていったんだろうなぁ。そういう寝泊まりできる場があるというのは、正直うらやましいかぎりで。

結局のところ、ここでなにが言いたいかというと、そんな具合に、話を聞いてみるだけではなかなか想像もしにくい、変わった仕事をしている人がいれば、いっしょに住んでみるといい。そうすると、人物像だけじゃなくて、その人の仕事の表面の部分だけじゃなくて、裏側も見えてくるので、すごくおすすめ。

会社でインターンするとか、仕事旅行社のようなサービスで、仕事人と触れ合うのっては、仕事のやり方・価値観のような「裏側をのぞく」という意味合いも少なからずあるだろうし。もしかしたら、そこに尽きるのかもしれない。

お金はいらないから、丁稚奉公をさせてくれ、という働き方の根本には、そういった、教えてもらうのではなく盗み取る、という経験を積むためにもあるんじゃないだろうか。ぼくは、恥ずかしながら25歳のときにそんな学べるような居候をさせてもらっていたのだけど、それよりも若い人、特に大学生や新社会人になってみたはいいけど早くして退職ちゃった人などは、そういう経験しておくと、なんか変わってくるのかもな。たまに、そう思う。