re:set 2016

年の瀬は、甦りを感じる。今年はどないだったか、来年はどうしたもんだ、とあっちこっちに頭の中で動きまわってると、その途中に、ふと、ぼうーっと朧げに浮かび上がってくる光景がある。「大学のときに部活が一緒だったあいつ、今どうしてんだろう、というか、そういうやつと出会ってたんだな」とか「むかし日帰りのバイトで一緒だったあの人、仕事帰りにいろいろとよくしてくれたけど、なんだか印象薄かったな」とか。

それは、なんの脈絡もないままに、突然ふっと思考に入り込んでくる。断言はしちゃいけないけど、おそらくこの先の自分と彼らの人生で重なる部分はないだろう、と思うような人ばかりがぼくの脳みそに訪れては、しれっと出ていく。そんな「あの時、あの場所で、あれをしたこと、あの人に会ったことが、今の自分をつくっている」からはほど遠いような人々の甦りがよくあるみたいです。

その話とはちょっと違うけど、12月になると、心がそわそわしてしまう。年末になると、忘年会をする、という文化をつくった日本人は発明家だなぁと。なかなか普段だと会えないような人とも、この時期になると不思議と引き寄せられる。それと同時に、本当に会いたい人がだれなのか?とか考えたりできて、想いの深さをこのときに図ることもできる。

はて、なぜ忘年会なのか?と考えた。漢文のように読み進めてみれば、「年を忘れるための会」となる。ただ実際には、その「年を忘られないための会」だそうだ。なんだか、ややこしいぞ。だったら「年を覚えるための会」で覚年会とか、「年を思い出すための会」の思年会とかでもいいんじゃないか。

さらに偏屈を言わせてもらうと、忘れないことが大事なのだろうか? 最近よく思うのは、「忘れる」ことが大事なのではないかということ。過去をそのままにだらだらと引きずって、新しい年に向かっていくのは女々しさを感じてしまうからだ。良かったことも良くなかったことも思い出して、少しだけ次につながるエッセンスを見つけて、軽量化できるといい。本当に必要なことは、きっと、ごく一部でしかない。だから、どちらかというと、その年を振り返ってみると、「忘れる」ことのほうが大部分じゃないかと思える。

いや、振り返りはその都度その都度しているだろうから、本当はすべてを忘れるほうがいいのかもしれない。ぼくが幼いときからずっと憧れている野球選手、イチローは打席に立つだびに気持ちを「リセット」するのだそうだ。前の打席でヒットが出ようが、三振だろうが、良いイメージも悪いイメージも関係なしに、新鮮な気持ちで打席に立ち、ピッチャーと対峙していく。2015年がひとつの打席だったとしたら、ちゃんとリセットして2016年をはじめていく。れがいいな。だから、ぼくは忘年会を「その年を忘れるための会」として、今後付き合っていきたい。

そうやって、うだうだ考えながら、12月の間わりかしごねていたら、いつの間にか年も明けてしまった。温泉からあがって、テレビを付けてみて、ほわ〜っといろいろ考えていたら、いつの間にか寝落ちしていた。カウントダウンすることもなく、起きたら2016年というナイフを突きつけられたような気分。ちょっとした恐怖からはじまったけど、よし、がんばるぞ。

今年の一字としては、「居」を念頭におきたい。実は、「離」という字にしようと最初思ったのだけど、やめた。今年の4月からまた東京のほうに拠点を移すつもりだ。それは去年くらいからずっと計画していたこと。そのために、この1年間ほどを沖縄(那覇)で拠点を構え、場づくりに関わらせてもらった。離れるということは、捨てるということではない。近くにいた彼女と少し離れ、遠距離恋愛になるようなもので、東京にいるからこその沖縄との関係性を築いていきたいし、そこにいるからこそできることを進めていこうと思っている。

沖縄を離れるよりも、東京に「居」るに重きをおく。どこかに居るということは、どこから離れることの裏返しでもあるので、同じことと言えば同じこと。「いつもどこにいるの、いま?」と聞かれることが多いので、「いつも、ここにいる」という安心感をつくっていければと思っている。東京という場所に(なぜ東京なのか、という点については、今度あらためて書かなきゃだな)。

それともう一つ、「居」には意味があって、京都移住計画の考え方に「衣・食・住」ならぬ「居・職・住」というのがある。「居」はコミュニティであり、だれかにとっての居場所をつくることでもある。そういった場づくりと、その場までにつなぐための情報発信がされるメディアづくりを腰を据えてやっていきたい、という気持ちは去年よりもさらにつよく、ちゃんと形にし、より大きく育てていける年にしたい。

さて、抱負的なものを述べたけれども、「別に意気込まなくてもちゃんとやっとけよな」というツッコミ心を自分に対して持ちながら、座右の銘でもある「まじめに、なまける」を大切に、ふらふら〜っとしてるようには見えるかもしれないが、着実に前に前に、去年よりかは大きな一歩二歩を踏めるように進みたい。あ、あと、毎年のように一字だけでなく、一色も決めるのだけど、それは「水」色にしようかと。調べたところ、「変化」や「変革」「流れ」を表わすのだそう。補色は、赤。なんとなく、しっくりもくる。暮らしのなかで、ちょいちょい水色を意識して取り入れよう。Twitter率あがるかな?

ということで、みなさま、2016年もよろしくお願いします(はやく初詣に行きたい、浅草寺あたりにでも)。

眼を貸してくれる人

南国気質は根本的には、苦手だ。島は、よいことばかりではない。沖縄で、離島で育ってしまったがために感じる、あの島にあるドロドロとしたもの。

出身”だからこそ”見えるものと言えばそうなんだけど、出身“のせいで”見えていないものもたくさんある。東京を経てUターンしたばかりはわりとクリアに見えたものも、1年以上もいるとピントがずれ、少しずつボケていく。慣れの怖さだ。それが怖くて、定期的に沖縄の外に出て、遠くの山をじっとみて視力回復をのぞむようなことをしているのだけど、やはり限界はあるようだ。

過去は変えることができない。「〇〇出身」というのは、だれもが持てる過去の遺産であって、辿りに辿れば、個性の源とも言える。その個性一つでは成し得ないものはあって、いくつかの個性が重なるからこそつくれるものがある。地域において言えるのは、地元、Uターン、Iターンという属性があって、その3つの立場の(個性を持った)人たちが結集して生まれるものに、新たな価値がある。

もう一度言うと、ぼくはUターンという立場だからこそ、見えるものがあるが、見えないもの、見えなくなってきたものがある。そこを補完してくれるように、時折、Iターンの人の声をもらうと、ハッとすることがある。耳に入ってくるこの声をもっと増やしていければと思う。

その眼を貸してもらえると、ありがたいのだ。