熱狂するものはあるか?

1988年生まれは、ゆとり世代と言われてて、諸先輩方は「考えてることが、よくわからない」と感じる人も多いかもしれない。そんな年に生まれたぼくでもさらに「よくわからない」があって、それは、今のU–25の世代に対してだ。大きく括っちゃえば、平成生まれにあたる彼ら。現役学生さんとよく話をさせてもらう機会があるんだけど、彼らのなかに「熱狂」を感じることが少ない。それは大きな疑問なのだ。

熱狂するのはなんでもいい。スポーツでも音楽でもマンガでも、バイトでもフィギュア集めでも、DIYでも山登りでも、ファッションでも寺巡りでも、研究でもインターンでも、描くことでも書くことでも、だれかと飲むことであっても、YouTubeを徘徊しまくっていたって、ブログであってもいいし、〇〇の追っかけ(ファン)だとか、もはやAV観賞でもいいし、単純に彼氏彼女にお熱すぎてもいい。

そういう一辺倒になれる対象がある下の世代と会う機会がなかなかないな、というのが言いたいことで、言い方をちょっと変えると、“中途半端”な人が多いよなーさえ感じてしまう。彼らと「これ好きなんです」「これ興味あるんですよ」という話になったときに、話を掘り下げてきこうとすると、スコップがすぐにカキンと底をついてしまう。

おそらく、その「好き」とか「興味」がもはやファッション的な感覚なのかもしれない。そう言っておくとウケがよい、という世間体を気にする視点が根底にある。だから、それに対して造詣を深めようともしないし、しようとしても結局は、周りへの承認欲求がはじまりというか。そして、だれかが教えてくれる、という条件がなければ、学ぶ姿勢も薄い、そんな気がしてならない。

だれの目も気にせずに、だれに言われなくても、反応もらえようがもらえまいが、勝手にやっていくし、どんどんどんどん掘り下げていけるもの。それが「熱狂」とぼくは思っている。そういった、オタク気質がない。だれのためでもなく、自分のために没頭できるようなものを持つ、「我」がほとばしってくるような人が減ってきたのだろうか。

TV番組『アウトデラックス』を見ていると、ああ、こういう人が熱狂のある人だよな、と笑いながら感じるんだけど、そんな人が身近な世代に少ない事実には、ちょっと寂しくなったりもする。アウトデラックスに出演する人たちは、とびきりの偏愛を持っている。もう熱狂というか「狂気」とも言えるほどに。それがいいのだ。

最近の2ヶ月間、「アパートメント」というウェブマガジンで、加藤志異さんの書くコラムのレビューを担当させてもらった。彼は「妖怪になるのが夢」というぶっとんだ発想を持っているのだけど、その「妖怪」への熱狂ぶりがとてつもなくおもしろい。ぼくも妖怪が好きということはあるのだけど、それをさっ引いても、おもしろい。もう、くだらない、と通り越してしまったような、突抜け感がある。

 

もう一度、ずけずけと言っておく。どんな熱狂を持ったっていいのだ。他の人の関心と重なるような熱狂でなくてもいい。そんなことを気にしてるようじゃ、そもそも自分に嘘をついている。熱狂する「対象」ではなくて、熱狂している「その姿そのもの」が人を奮いたたせ、あ、おもしろいな、と思わせてくれるし、感動が生まれるエネルギーはそこに眠っている。

ー 熱狂するものはあるか?

どんなものでもいい。おそろしいほどに狂気を感じるような人たちに触れてみたい、話してみたい、一緒にやってみたい、そんな気持ちで、平成生まれの、これからの新しい世代の子たちが熱を帯びまくる雰囲気が日常に醸されれば、世の中はもっとおもしろくなる。ついつい、そう思ってしまうし、そうあることを願ってもしまう。

狂え、尖れ、貫け、の時代だ。

かわいい子が多い都道府県はどこなのか

タイトルからして、アホなことを書くような気がしてしまうのだけど、真面目に考えてみたいことなんですよ、これ。「秋田美人」はよく耳にするわりかし響きのよい四字熟語で、たしか佐々木希は秋田出身だったから、それそうやな、と反射的には頷いてしまう。

けども、あくまで話をしたいのは、そういったかわいい子がどれだけいるのか、その人口比率的なものがとても気になるのだ。統計的なものを調べるつもりもないし(そもそもそんなの調べられるのか?って感じだし)、自分自身の数少ない現地体験と、憶測を持って話を進めてみることにしよう。そうしよう。

秋田は行ったことないからわからないけど、これまで会ってきた秋田出身の女性は、みんなかわいかったという印象がある(もしかしたら、忘れてるだけかもしれなけど)。ただなんとなく、この県が一番だとは思ってないので、他の都道府県の可能性を探ってみたい。

昔からそうだし、最近の移住の流れを追っていてもよく聞くのが、福岡はかわいい子が多い、という話。これは実際に博多・天神に足を運んでみると、確かにそうかも、と思ってしまう。ただそこについては、若干のからくりがあるようで、やっぱり、九州全域のかわいい子たちが身近なところで目指す都会が福岡だからだそうだ。

いや、東京も都会ではあるんだけど、その何人中何人みたいな%で考えると、東京よりも福岡に軍配はあがる気はする。横浜や名古屋、大阪、京都もそうかもしれないけど、都会的な場所は「あくまでかわいい子が集まりやすい」という前提があるのを見逃しちゃいけないということか。

つまり、単純に、福岡の人にかわいい子が多い、という話ではなく、福岡にはかわいい子が集まっている、というほうが正しい気がする。そうなると、「九州のどこからかわいい子はやってくるのか?」という源流を辿らなければならない。

熊本に行ってみた。上通・下通のような賑わいのある、地元の人から「街」と呼ばれるような場所にいくと、かわいいのレベルに驚かされたのを覚えている。そうか、鮭はここで生まれるのか、と思ったほどだ。夜のお店なんかは熊本は全国的にも人気なのだと他の意見も聞いた。ただここで天邪鬼なぼくは、ほんとにそうか?、と猜疑心を抱いてしまった。

たしかに、目の前を歩く女性たちを眺めると、かわいい子ばかり。自分の目が嘘をつくわけがない。ただ気になったことは、熊本人にとって遊びに繰りだす場所がその「街」だけだとしたら、集中度が高いだけで、県全体でみたときの様子が分からないのではないか、ということ。そういった「かわいい子が集まりやすい場所が、都道府県内に何ヶ所あるか」という視点を持つと、東京なんてたくさんあり過ぎて、判定が難しいぞ、とほとほと困り果てる。

ちょっと路頭に迷い始めたので、現時点でのまとめをすると、いろいろと割愛するけど、長崎と岐阜がかわいい子が多いのではないかと思う。長崎は佐世保に行ったときに、岐阜は飛騨高山に行ったときに、そう感じた。佐世保も飛騨高山エリアもそれほどの都心部とは言えない場所、かつ、いうほど「街」感がないにも関わらずに、その印象があったので、そうなのかもなぁ、と。

もちろん地元の人にとっての「街」の感覚は違うだろうから、間違ってるよ、というのであればむしろ教えてもらいたいくらいで、長崎と岐阜という話も、あくまで“暫定”でしかないとも思っている。「かわいい」の定義によって個人差がズレるから、世間一般的に「かわいい子が多い都道府県」を決めるのもぶっちゃけ難しいだろうし、自分なりのNo.1を探すのはこりゃ苦労するなぁ。

まだまだ足を踏み入れていない都道府県はあるので、そういった観点での楽しみにしつつ、巡れるだけ巡って、仮説を検証していこう。そうしよう。とはいえ、かわいい、というのが重要なのではなく、そんな固執してもどうせ廃れてしまうようなものよりも、変わらずに魅了を磨き続けられるものを、女性のなかにも、地域のなかにも見つけられたいいなとは思うんです(必死に守りに入ろうとして、恥ずかしいことをいってしまってるな、と感じてはいるんです)。

ぼくが「試住」をはじめたわけ

明日まで、宮古島(沖縄)にいます。というのを今更書いておこうかと思う。9月4日からの約3週間を宮古島に滞在している。初めての宮古島だ。なんでここに来たのか?というと、観光のかの字もなくて、ただいつもの仕事を場所を変えてやるため、もっというと、宮古島でくらす感覚を知りたかったのがある。

以前にも触れたように「地域」「移住」なんてのは、ぼくの領域にある言葉で、そのふたつが重なるところに「試住」という単語がある。英訳したトライアルステイのほうが意味は通りやすいかな。移住のお試し期間としての「試住」を自分の体験として積み重ねることを、最近「〇〇試住計画」というプロジェクトとして取り組み始めた。

ということで、宮古島に今いるわけなんですよ。ただ「なぜ試住をやるのか?」という話に触れてなかったので、(ひとつの理由として)7月にしばらくお世話になった長崎の話をまとめておこう。

27歳になった次の日から、長崎の平戸島ってところにいたんだけど、それはぼくの生まれがここって聞いてたこともあり、ルーツ巡りで足を運んでいた。そしたら何の縁なのか、たまたま漁師のおっちゃんに拾ってもらって、そのご家族にお世話になることに。

で、その一緒に過ごした時間というか、生活っぷりってのが、個人的には印象的だったんですよ。朝3時くらいから仕事して、違ったタイプの漁で2回くらい海に出て、お昼頃には切り上げる。午後は、ちょっと昼寝してから、事務関連の仕事したり、休んだり、遊んだりっていうあんばい。夕食は、5時半くらいには食べてしまう。

だから、夜はむちゃくちゃ長い。都内にいると、まあ18時くらいってまだまだこれからって時間で、街は明るくて、なんか落ち着かないけど、平戸島ではほんとしーんと静かで、ゆるやかな気持ちになる。(付き合いで飲んだり、結局その後、個人的に仕事はあるんだけど)。こういう1日のあり方が違う、ってのは頭の中だけにあるよりは、ちゃんと体験してみたほうがいい。どっちが絶対いいということはないけれど、自分にフィットするくらしの循環を考えることができるから。

「試住」と「定住」の間に「移住」があって、新しく移り住み、そこに根を張ってくらしをつくるにもやっぱり段階は必要だ。ということで、「試住」はもっとできたらいいし、ぼく自身、実際に試住してみて、その地域のレポートができればと思う。それによって、ぼく自身が移住するというよりは、その地域に移住するのがマッチしそうな人をつなげていきたい。自分のできることとして。

ひとつの場所にいても、ちょっとするとどっかに行きたくなる性格(地域の行き来の公私ともにバランスをとるタイプ)との相性も良さげで、移住という概念に関われるとも思うので。そうやってつなげることのできる地域を広げていきたい。実は、長崎の前後で、熊本-宇城と、岐阜-奥飛騨にも行ってきた。

来年3月までには、後2、3ヶ所お邪魔させてもらえればと思うので、そのための情報発信の体制も整えなくちゃなぁ。もっと地域毎の特色も(それによって、地域への入り方も変わってくるので)勉強しなくちゃだし。なので、試住とかトライアルステイ関連の情報があったら、教えてもらえるとうれしいな。もちろん、地域から直接声をかけてもらえるが一番ありがたいのだけど(欲張り)。

もの書きが『バケモノの子』から学べること

7月11日に公開された映画『バケモノの子』を、その3日後の7月14日に観た。その日であったことには、たいした意味はない。九州滞在中で、仕事が一段落して、移動までの時間を埋めたいなぁと思っていたら、映画館が近くにあったので、前々から気になっていた作品を観ることにした。 劇場での観賞中にもグッときたし、その後もしばらくまとわりつくような言葉があったので、それについてメモしておく。

なりきる。なったつもりで

そんな、やさしい女性の声が作品中に響いた。バケモノの熊鉄の弟子になった九太が、強くなる方法がわからずに苦心しているときに得たこの言葉。ぼくは文章を書く仕事をさせてもらっているのだけど、そこに通じるような考え方だなと、釣り針に掛かった魚のように、その言葉に強く引っ張られた。

 

「なるきる。なったつもりで」を、ぼくは、「真似することから学ぶことが始まる」という意味で捉えることにしたんだけど、もの書きにとって、この行為はとても大切なこと。文章がうまくなりたいなら、やはり文章がうまい人の真似をするとよい。じゃあ実際に何をするかというと、「書き写し」をやってみる。一字一句真似てみて、その文章を手書きかタイピングで白紙を埋めていくのだ。

小説やエッセイなどでは、作者ごとの表現方法を見つけられるし、そこで自分の書き癖も見えてくる。メディアの記事であれば、文章構成なども意味のかたまりを持って、分析することもできるから、やってみて損はない。

「なぜ書き写すのか?」という理由を考えるよりも前にまずは、やってみる。そして、やりながら、なぜこんな文章になっているのか、作者の気持ちと技術を追いながら、自分で意味を見いだすことがここでは重要かもしれない。

 

本や記事を読んでて偶然にも気になったフレーズを見つけたとき、思いがけず時間ができたとき、というサイクルではあるけど、ぼくは書写をするように心がけているのは、やっぱりそれも、先輩のもの書きがそうしていることを知ったからだった。

とはいえ、バーテンダー時代を振り返ってみると、業界的にはやはり職人気質の人たちが集まるところだったので、「見て盗め」という学び方を学べた経験を、文章に活かせばという発想とも言える。

バーテンダー見習いは、師匠が動きやすくなるように、カクテル作りをアシストする。お酒のオーダーが入った瞬間から、師匠が何をしようとしているのか、そのためには、どんなボトルやグラスが必要で、どのタイミングで氷を用意をすればいいのか、などを憶測しながら、見習いは手早く準備していく。

そのとき、ちょっとやそっとじゃ捌ききれないほどの注文が入る状況がある。となると、師匠になりきり、なったつもりで動かないと、どんぴしゃのタイミングを生むのは難しく、師匠とのシンクロも起こりえない。見習いはそういう経験を糧にしながら、師匠に近づいていく。

 

また、ぼくはお笑いが狂おしいほどに好きなのだけど、芸人も人によっては、他の芸人のネタを書起こしてみて、どこで笑いが起きるポイントなのかを研究する人もいるという。どんなジャンルであっても、「なりきる。なったつもりで」論は有効なんだろう。

当事者として、もの書きに必要な考え方だなぁーというのがひとつと、なにか学び始めたいことがある人は、同じ手法をとってみればいい。と思う。逆に言えば、「誰も教えてくれないから学べない」というのは多少の甘えがあって、なりたい像があるなら、まずは真似てみろ。とも思う。

 

そんなことを考えた『バケモノの子』だった。作品を通して感じたことはそれだけに留まらず、いろいろと彷彿とさせてくれる印象的な作品だった。実は、映画を観た後には文庫本も読んでみたけど、これがまた映像とテキストの違いを感じておもしろかったのだ。

ぼくの「なりきる」対象でもあるオバケの松倉さんが「同じ映画を3回くらい観るといい」と言っていたが、今まさにそれを実験している最中でもあり、ある意味、夏休みの自由研究として、細田守のものづくりを学ぶつもりでいる。残り2回、とりあえず後1回は劇場に足を運ぼう。よければ、みなさんもぜひ。

 

「前置き」をすっとばす大人にだけはなりたくない

街を歩いていると、ひっきりなしに見える広告の看板。東京・新宿で働いていたときなんかは、広告だらけで、あの光景はいつ振り返ってみても、あの異常なまでの量には笑えてくる。さらに広告のキャッチコピーを見ていると、短く伝える、って大事だよぁーと思い知らさせる。

ただその「短く伝える」とは反対に、「長く伝える」という話に触れてみようかと思う。伝えたいことから逸れている内容をだらだらと時間をかけるのは、最初から除外して、ちゃんと伝えたいから、長く伝えるという行為について、さらには、話を長くできちゃう「前置き」について整理してみたい。

 

話の前置きが長くなっちゃう人っているんですよね(それぼくなんですけど汗)。本題に入る前の話、落語で言えら「枕」に当たるようなところ。本題じゃないんだから、そんなの早よ済ませよ、と思う人は結構いるかもしれない。でも、これこそ力を入れて大切にしたいこと。

例えばだけど、「いいデザインってなんだろうね?」という話になったとき、本題としては「いい」デザインについて話を進めたいのだけど、その前提として「デザインとは?」という共有意識がその場の全員にないと、議論は進みにくい。

もっと言うと、「そもそも、なぜ、いいデザインについて話をする必要があるのか?」という場の発生理由について押さえなければいけない。その文脈をしっかりと把握してもらうことで、その場のルールを理解してもらって、説明もないまま闇雲に「それ違うよ」という否定的な言葉を減らすことができる。

日差しを浴びさせ、とことん乾燥させて、スポンジをカラっからにしてみて、水の吸水率をグッと上げるためのプロセスが、この「前置き」にはあると思っていて、ここを怠っていると、小さなストレスに敏感な人は、当然のように不快になってしまう。そういった人たちの反応を見逃さずに、さらに敏感でありたい。

 

話をちょっと飛躍させると、「人についての前置き」も可能な限りは丁寧に行っていきたい。人についての前置きというは、目の前にいる人がどんな人物なのかを知るための情報のこと。どんな場所で生まれ育ち、どんな環境で学び、どんな人と付き合ってきて、どんな仕事をしてきて、どんな性格なのか、という前提に敬意と注意を払いたい。

その人の行動や発言というのは、必ずといっていいほどに、過去の経験に引きずられている。だからこそ、その人のその場の姿・言動だけでなはく、背景を掴んでおきたい。その彼/彼女の真の意図まで辿りつくには、その人の「前置き」部分を大切にしたいよね、というのと、それによって、いい時間が過ごしやすくなるよなーと。

 

ここまで話した「前置き」のショートVer.として、「クッション言葉」があるとも感じている。例えば、相手が知らなさそうな記事を紹介したいときに、「これ読んでみてくださいね」という言うよりも、「もしかしたらもう知ってるかもしれませんが、これ読んでみてくださいね」と言えるほうが、言葉自体に丸みがでるし、すでに知っていた場合の予防線にもなり、相手への思慮深さを読み取れる。

サービス業に従事している人とか、よい編集者というのは、しゃべるにしろ、文字にするにしろ、このクッション言葉の使い方が巧いよなー、といつもやり取りのなかで思い知らされるのよね。本題はわかった上で、その前後の脈絡にまで目が届く人は、相手のための言葉の装飾が鮮やかで、一緒になにかをやっていても心地よく、ワッと明るい気分で取り組むことができる。

 

ということで、短く伝えることも大事だけど、あえて長く伝えることも大事なのだ。その「前置き」をおたがいに確認できるような関係性とか場があると、それは本当にすてきなことだと思う。伝えたい相手がいたときの、相手(複数の可能性もある)への想像力はちゃんと持っていたいね。どんなときも。

このように、ぼくが間置きが長くなったときの言い訳をまとめておきました。

 

バランスのいい人がいい

世間の騒がしさを見ていたり、地域の動きについて観察をしていると、なんだか寂しい気持ちになるときがある。それは、偏った意見ばかりが主張されてて、たがいに衝突を繰り返してばっかりで、バランスのいい人ってほんと少ないよな、という現状に出くわすからだ。

バランスがいい、とはどういうことか。例えば、ある問題についてAとBという意見(考え方、領域)があるとしよう。そのとき、Aだけとか、Bだけのような一つの意見に縛られて、その主張しかしない人は、バランスがいいとは思いにくい。Aの考え方は〇〇の理由で分かるし、Bの考え方も△△の理由も分かる、というように、どちらにも歩み寄れて、“視点を切り替えるスイッチを持っている”人が、バランスのいい人。

だからこそ、AとBの真ん中になって、調和させるかのように、つなぐ役目を買えるのもこういった類の人になる。大事なことは、ただ真ん中にいれば良いわけでなくて、いったんAにも限りなくグググと寄れて、同じようにBにもいけること。その上で、真ん中がどこなんだろう?と探りながら、2つの間の架け橋になれること。AとBを越境でき、共通項を抱えることのできる“間的存在”になれる人こそ、バランスのいい人。

少しだけ、地域おこし的な話をすると、その地域を賑わせていくためには、やっぱり人の力が必要で、バランスのいい人材が求められる。根本的には、都会(A)と田舎(B)の感覚を持ち合わせているバランス性はあるに越したことはない。

また、地域の情報発信だったり、新たなことに挑戦するときには、あくまで地域にあるアナログな素材が大切とはいえ、Webなどのテクノロジーを道具として使いこなせることは、ますます求められる。その上で、地域づくり(A)とテクノロジー(B)に対する見識を両方持っていると、バランスのよさを感じる。地元の人はその部分が欠けてることが多いからこそ、テクノロジーを伝播するための架け橋になれる。

ちょっと他の領域にも触れておくと、「農業(A)とIT(B)」とか、編集における「紙(A)とウェブ(B)」とか、基地問題における「県内(A)と県外(B)の声」など、さまざまな場面において、越境できる人の存在は求められているように思える。そして、これから、どんどんその存在価値は高まっていくと、ぼくは思う。

今まで橋渡しされることなく、混ざり合うことのなかったふたつが、おたがいの領域を行き来できるようになる。これって、とてつもないクリエイティブだ。驚くアイデアがひょっこり顔を出す瞬間はこれ。そうやって新しい価値を生まれるには、そういった“間”に入って、つなげるバランスのいい人が必要不可欠だろうな。

だから、(みんながみんなバランスがいい必要はなくて、尖った人もいてしかりだとは思うけども)、世代、職業、国、地域、地位、性、に囚われることなく、その間を行き来できるバランスのいい人をもっと増やせる教育的な仕組みって必要なんじゃないかな。そもそも、それをつくれる人は、超絶にバランスいい人ではなかろうか。

まあ、なんでこんなことを書き留めたかと言うと、バランスのいい人っていいなぁ、とぼくは思うし、そういう人が好きだし、そういう人と一緒にものづくりをしていきたい、という単純な気持ちだけだったんだけど、自分なりの「バランスのいい」を文字化できて一先ずOKということにしておこう。一生、バランス主義でゆきたいところです。

だれにとっての「新しい」なのか?

時代の流れのなかで、「地方創世」と大きな言葉が持ち上げられ、一極集中型の東京からの解放されたいと願う人が増えてきたように思う。都会で仕事に消費され、忙殺され、自分の思いのままのくらしが実現できていない人たちは、ライフスタイルや働き方をより見つめるようになった。その中でよく耳にするようになったのは「新しい働き方」。

「TokyoWorkDesignWeek」というイベントが近年出てきたのもその流れあってだろうし、「働き方」に関する書籍も頻繁に目にするようになった。が、そういう話題になったときに、疑問に思うことがぼくにはある。よく「新しい働き方」という言葉を口にする人が増えたのだけど、それって、一体だれにとっての「新しい」なのだろうか?

まず「今までなかったのだから、新しいから、良いやり方に違いない」という先入観がきてしまっていて、その言葉に感化されまくっている人たちを見たときに、少しばかり胸焼けがしちゃう。そしてこれが肝心なことだけど、「新しい働き方」とされるものは、実は昔からあるじゃん、というものもあったりする。

例えば、副業ではなく「複業」として考える「パラレルキャリア」という概念も、とうの昔から「百姓」という人たちが形にしてきたこと。農家のイメージがあるかもしれないけど、彼らは農業だけでなく、家をつくったり、物を売ったり、と現代で言うさまざまな職業を同時にこなしていたそうだ。百の性を持つから、百姓なわけで、パラレルキャリアの根っことも言えるのでないだろうか。

というのもあって、系譜を辿れば「新しい」とされるものが新しくはなかった、と考えると、言葉に対して疑り深くなってしまう。もちろん、リネームされることで認知が広がることは大事だし、それによって選択肢が増えることはいいことに違いないだろうけど。

つくづく思うのは、「そのやり方/考え方が自分にとって新しいかどうか、そして、自分が進もうとする道のために必要なものか」を意識しながら、「新しい」と名の付いたものを咀嚼するクセがないと、その言葉にいちいち反応して、むやみやたらに踊らされ続けるのじゃないかということ。心の隙につけいってくる人もわんさかいるわけだしね。

世の中にとって新しいことなのか、自分にとって新しいことなのか、混同しないように、注意して観察してみる。「新しい」と表現される言葉に出会ったら、一歩引いてみて、ちょっと疑ってみて、自分と言葉の関係性を探るくらいがいいのかよいのかもしれない。どうでもいいことですが、今、ぼくが欲しいのは作業専門の「新しい」パソコンで、ChromeBookを検討中でございます。

地域おこし協力隊になって、自分探しをしようとする若者の風潮について

ブームというか、ファッション性というのはこわいもんだ。そのレベルまで認知が上がると、“消費されるもの”になってしまうから。「地域おこし」もその領域にすでに入ってしまったように思えてしかたない。軽々しくその言葉が用いられ、すぐに手が届く存在ように扱われている気がする。

現在は京都を拠点に置きつつ(そのうち福岡になるそう)、日本各地を遊牧するように働く、「メガネと、」のタカハシタカシさんがSNSで次のような投稿をしていた。

(前略)その地域おこし協力隊という枠が特に若者の自分探しに使われているということ。直感でその地域に何かを受け取りソコに働き掛ける事は良いことだけど、本当にその直感が正しいのか何度も通って判断してから動いて欲しい。

自分の出来ることを試したいなんていうのも、それが上手く展開出来れば立派なものだけど、体力が無くなった地域で何かを起こそうなんて大抵は上手くいかないことが多いわけで。

本当にその地域のために何かをしたいのであれば、綿密に何が出来るかを調べてから行って欲しい。何処かの地域の成功事例を持ち込んでうまくいくんだったら、経済が良くなったり人口増えてるんだろうけど残念ながら自然動態を除いて社会動態だけでも増になってる所は殆どない。

ビジョンが漠然だったり実現性が危うい風呂敷を広げられる程、その場から去れない人々にとっては迷惑だったりする。

ハッとしたのは、「地域おこし協力隊という枠が特に若者の自分探しに使われている」というフレーズ。この点には、ぼくにも思い当たる出来事があった。

以前、地域系の動きについて書いていたぼくのブログ記事を見つけて、連絡のやり取りをし、会った若者がいた。その男性は大学卒業したての社会人1年目で、当時まだ5月頃だったから、入社して1ヶ月ちょっとで勤めている会社での業務に違和感があったそうだ。だから、すでに辞めることを考えていて、地域おこし協力隊としての参加を希望しているとのこと。

彼と話をしていると、「自分ができることは、今勤めている場所にはないけど、地域おこし先にはきっとある」というような、仕事に対するモヤモヤを地域おこしという大義名分にすり替えている気がしてしまった。自分の価値と可能性を試したいだけなら、「地域」に限らなくてもできるのに。それは、さっきタカハシさんが上げていた「自分探し」という単語にピシャリと重なって腹オチした。

 

話をその彼に戻すと、ムムムッと感じることがあった。よーく話を聞いていると、彼にとって縁もゆかりもなさそうな地域(県)に行こうとしていて、しかも一度も行ったことない地域に行こうとしている。「地域の素材をある程度わかった上で言ったほうがいい」「応募する前に、まずは足を運んで、そこの人に会ったほうがいい」などを話をして、確かにそうですね、という反応をもらえたのは幸いだった。

自分が実際に足を運んだこともない地域に、仕事があるからといって、勢いだけで飛び込むのはいかがなものか。ぼくはいつもそれを思う。そこにいる人の顔がある程度見えるようになること、そして、自分自身が関心興味を持てる地域資源があって、その活用方法も何もないままに、いきなり地域おこし協力隊として参加すると、大変だよきっと。

仕事の面だけではなく、くらしの面をどれだけ想像できるかというも大事。地域おこし協力隊でいくような場所は、たいていが狭いので、ある意味、その地域の人みんなが家族のような関係性だったりする。相性はそれなりにあるだろうから、その人たちと一緒にくらしていけるのか、何を大切にくらしているのか、を事前に知ることは下調べが必要だろう。

 

いつも通りにだらだらと書いてしまったけど、ぼくがここで主張したいのはやっぱり、「自分探しのためだけに地域おこし協力隊を使わないで」ということ。自分探ししたいだけなら、ふらふらしている旅人のほうがまだましだよ。短期でいる、長期でいる、浅く、深く、の違いは大きい。自分がそこで何を得たいのか、という受け取る側のことだけを考えちゃあいけない。自分が何を提供できるのか、をしっかりと考えたほうがいい。

その意味では、地域おこし協力隊員になる前に、すでに「自分ができること」とか「自分の価値」について考えることはできる。田舎で高齢者ばかりだから、都会の若者の自分が行けばどうにかなる、という安直な気持ちでいるのは、田舎と田舎と人をナメているのと同じだ。

地域に魅力を感じて、どうしてもそこへ行きたいのなら、ギブ&テイク(むしろギブ強めで)の精神で地域に入りこむことを考えれたらいいよなぁ。自分が欲しいもの、試したいものがある、ということだけで地域に一方的に寄りかかるだけでなくて。

「人という字は、人と人が支え合ってできている」という某ドラマの言葉があったけど、「地域という場所も、人と人が支え合ってできている」のだとぼくは思う。地域おこし協力隊を入れるような地域であれば、土着の人と外からきた人がうまく支え合い、共有し合い、協力し合わないと、やっぱりいい形はつくりにくいんじゃないかな、って。

 

まあ、とにもかくも、気になる地域があったら、まずは行ってみること。バイトだって、求人だけみて応募して受かったところは、働きはじめると相性良くないことも多いでしょ。働く場所の雰囲気をお客さんとして行ってみて、接客受けてみて、ここだ!と思ったほうがいい仕事できると思うんだ。

その「行ってみる」だけでなく、「居てみる」ことができるとおもしろくなると思っていて、そのための「試住」なんだろう。今ここに力を入れたいと思っているのも移住する前に、移住検討者にとても受け入れる地域側にとっても、お試し期間はあったほうが優しい。

だから、ぼく自身も定期的な試住に取り組みはじめた。役割としては、ぼくはずっと住み続けて根を張るという“土”ではなく、土の人たちが大切にしていることを遠くまで運ぶ“風”なんだろう。その地域で見つけたものを、都会やそれ以外の地域につないだりができればと思う。

逆にたためるステキな風呂敷だったら、幾らでも協力したい。

一番最初の投稿の文末にタカハシさんが書いていたけど、それはぼくもそう思う。ぼくは地域おこし協力隊員になることは絶対にないけど、それとは変わった関わり方で、日本各地の地域とのお付き合いができたらうれしい。というのを、今回のまとめにしておこう。

ちなみに、自分探しは、ブログでも十分にできると思うんだよなぁ。そんな遠くにいかなくてもさ。もうひとつちなみに、地域おこし協力隊についての相談をしてきた彼は、その後、何度か検討中の地域に足を運んで、魅力をみつけたらしく、今年から来年には仕事を辞めて、移住するそう。彼のこれからにとっても、地域にとっても、よい巡り合わせであることを願う。

試行錯誤してる?

生まれながらにしてインターネットの恩恵を受けられる時代だ。教科書の問題にあるような、(形式的な)不明点はググってしまえば、たいてい解を求めることができる。そうなってくると、その解を調べるための力と、調べあげた解を用いて自分はなにをするのか、ということに焦点が当たり易くなったのではないか。

そういった時代背景のなか、ネットで調べられることがあまりにも増えてしまったから、それが“世界のすべて”だと思い込んでしまう人がいる。デジタルネイティブと言われる若者はその類だろう。自分が実際に体験したことでないのに、体験したかのように信じ込む。その純粋すぎるがゆえの信仰は、ある種、インタネーット教ともGoogle教とも呼べるかもしれない。

それは、自分の身体で感じたこと、頭の中で捻り出したことよりも、先人が体験し体系化してきたことのみに重きをおき、その枠組みからは一歩を出ようともせずに、自分という存在を放棄していることと同じだ。かつて、幼少時代、世の中のすべてが真新しく、自分の手触りだけを信じてやまず、「なんで?」の連続だったあの頃を忘却しちゃってる。

「なんでだろう?」「こういうことなのかなぁ?」「試してみよう」「やっぱそうだった/違うや」「もっかいやってみるか」というような自分の奥底から湧き出てくる疑問を「仮説→実験→検証」という流れにごくごく自然に変えていた頃の自分がいなくなっている。

自分で考えるというのは、うんと悩むし、答えがすぐに見つからずいらいらするし、失敗もいっぱいいるし、当然だけど、お腹も減る。大変なことだから、逆に言っちゃえば、考えることをやめたら、すっごく楽になるんだよね。だけど、その楽は“苦の種”であって、考えることを止めるということは、これまでの体系化された知識とルールのしもべになることを意味する。本当の意味で、どっちのほうが苦しいんだろう?

自分の頭で考え、手足をしっかりと動かして、五感で記憶していく。その体験を糧に、先人の知恵(解)を手法として用いて、自分だけの、自分だけしかできない、新たな答え探しをしていく。そりゃ、きついよ。あーでもない、こーでもない、と日々分からないことだらけだから。手探りだから。だけど、そうやって試行錯誤しながら、出会えたものは、きっと自分のこれからをパッと照らしてくれる。

頭の中で汗をかき、実際にもあくせく動き回って汗をかく。仮説、実験、検証を繰り返す。試行錯誤している人を目の当たりにすると、なんだかうれしくなるし、ぼくはそういう人が好きみたいだ。きっと同じ方向、同じような灯りを目指しているのだな、と思えるし、自分がそこから逸れかけているときに、ハッとさせられることもあるから。

試行錯誤していないなんて、もうつまんないよ。このブログは、殴り書いたようにタイピングした文章は、その自分のもがいた証そのもの。1年後、3年後、5年後、10年後、どんなタイミングになるか分からないけどさ、振り返ってみて、「おうおう、ちゃんと苦しんでるな、よくやった」と自分で自分で思わず褒めれるかんじになれたらいいな。実験しよう。

恩をだだをこねて返す

チョンと立ち止ってみて、自分の足跡を一歩一歩たどってみる。そうやったときに、恩をひとつも感じずに歩んできた人なんているのか?

これまでの27年間を振り返ってみると、「あのときに、あの人の、あの言葉、あのやり取りがなかったら」と思うようなシーンは何個もあって、パァ〜っと目の前に浮かび上がってくる人たち一人ひとりにどんな恩返しができるのだろうと考えるときがある。もちろん、たまにだけど。強烈に燃え上がるようなかたちで。

親をはじめとして、先生、友人、先輩、上司、など恩を感じざるえない人はたくさんいて、どうやって自分はその人たちに恩返しできるのかと頭を抱えてしまう。頭を抱えている暇があれば、手を動かして仕事して、それなりに出世しろ、という話はあるかもしれないけど、それはちょっと待った、でそのままこの話題を進めていきたい。

仕事で返す、一緒にいる時間で返す、場合によっては、お金で返す、いろんな形の恩返しがある。例えば、親にフォーカスしてみて、どうやって親孝行をするのか、というのは20代後半で真剣に考えはじめる人は多いと思う。

一応ぼくもその一人で、4人兄弟のうち、すぐ近くにいながらすでに孫の顔をみせている姉、側におらずとも海外で活躍しはじめている兄、男兄弟でいち早く婚約して落ち着きはじめた弟、などを見ていると、そんな風にぼくは親孝行できないや、とちょっとした孝行コンプレックスを感じていたときがあった。

結局迷いに迷ったあげく、自分が思ったことは、十人十色ではないけど、兄弟にもそれぞれ親孝行の仕方は違うんじゃないかってこと。ぼくはぼくなりの恩返しができればと思えるようになったし、それができるように自分も動きはじめた。

残り数十年で一緒にいれる時間はごくごく限られているし、会う回数にしてみたら、ほんと少ない。だから、母と会話する時間、一緒に散歩する時間を増やせすことは大事なことは、痛いほどに分かっている。ただ、うちの母はよく「やりたいことをやりなさい」と口にする。それを小さな頃からずっと耳にしていることに気付くと、ぼくは「やりたいことをかたちにすること」こそが自分なりの親孝行だと思った。当たり前なんだけどさ、それがむつかしいわけよ。

フリーランスとして仕事をさせてもらってから、自分が今やっていることって、やろうと進めていることって、ぶっちゃけ説明しにくい。会社員のように簡単に説明できるものじゃないから。だからこそ、それをちゃんと“目に見える”かたちにすることが必要なわけで、分かりやすいのは、なんかしらのメディアに載っかるとか、賞をもらうとか、その仕事で人並み以上に稼ぐ、とかいろんな要素があるとは思う。

それ以上には、おそらくだけど、やっぱり、自分が生き生きと過ごしている姿を見せ続けれること(他人に迷惑をかけないかたちで)だろう。それは、親だけの話だけじゃなくて、(一方的にでも)自分に深く関わってもらった人たちに対するご恩は、自分のこれからのくらしを通して、その姿が目に耳に届くように、じたばたと、もがき続けることでしかしか返せないのかもしれない。死ぬまで、ずっと抱え続けるもの。

ここまでを読み返すと「で、お前さ、なにが言いたいの?」 と、自分でも思わずつっこんでしまう。てことで、ふらりとばらついた考えを整理してみると「恩をちゃんと感じている、ちゃんと恩返しがしたい」ということを、ただただ書きたかったみたいだ。記録したかったみたい。自分で自分の気持ちを確認するためにも。

とにかく返そうとは思ってはいるのだけど、性格が天邪鬼で、いやもう天邪鬼の化身なんじゃないかと思うくらいの、まっすぐなものでさえふにゃっと曲がった形に見えてしまう、他人がもっとも面倒と思うタイプの人間だろうし、なかなかに不器用なもんだから、返すまでに時間がかかる。困ったもんだ。自分でもそう思う。

一度もらったご恩は、しばらくぼくの腹の中にしまわせてもらって(ドラえもんの四次元ポケットのようなところにしまっておきます)、時間をかけて、駄駄をこねるように、ちょっとそっとわがままも言わせてもらいつつも、じっくりとどこかで返していければと思うております。そういう人間ではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

ブログを悪用してしまった感あるな……。

 

自己本位からはじまるブログが読みたい

なにも書くことが思い浮かばない。ってくらい、ぼーっとしてしまっているので、久しぶりに「ブログ」について考えてみようかな。なんのためにぼくはブログを更新し続けるのか、そしてそれは将来的に何に繋がっていくのか、について。

基本的には、ブログというのは“自分のため”にあるものだと認識している。自分の頭の中にある情報と、心の中にある感情を整理するため。そうやって、自分の今や過去をまとめておくことで、未来の自分に対する“手紙”を残しておける。10年後、20年後と考えてみると、今読めば、しょーもない文章も、宝もののように価値が生まれ、感慨深いものになるだろう。

ちなみに、「書く」ことは「しゃべる」ことと同じアウトプットではあるけれど、「書く=考える」で「しゃべる=動きながら考える」という感覚がある。しゃべるのは、口のほうが早く動くので、後から自分で自分にハッとすることが多い。書くほうがじっくりと言葉を選べる分、ピシャリと頭と心にはまる言葉が見つかるまで考えることができる。

そうやってできた一本の記事は、自分の引き出しにストックでき、しゃべるときのネタにもなる。話の引き合いに出してみて、自分の考えや想いをブラッシュアップもできる。それをまた書いてみてもいい。つまり、しゃべるために書く、書くためにしゃべる、という循環がそれで生まれてくる。ぼくの場合は、しゃべりたいから書く、という意識が強いかもしれない。〇〇についてしゃべれる人を体現するために、ウェブに履歴書的ななにかを蓄積している感覚に近い。

さっき、ブログは“自分のため”にあると書いたけど、それが“他人のため”になるときがある。自分のために書いていたり、限りなくごく一部の人に向けた“手紙”は、全くの赤の他人を巻き込むときがある。ぼくたちは、他人の見て「自分を見ているような気がする」という気持ちになれる。投影するのよね。逆に、初っ端から他人を意識して書かかれているものは、ブログというよりは「メディア」の性質を帯びているかもしれない。

“自分のため”にというある種、“自己本位”なところから始まる文章のほうが持つエネルギーは大きい。とぼくは思う。そこからはじまじって、公共性を身に纏い、他人を巻き込んでいく記事にこそ魅力がある。いきなり他人を意識してはじまったブログは、なぜか続きにくいし、途中で飽きてしまうことが多い。ぼく自身何度もブログを辞めては始めを繰り返してきたけど、結局は、自分のために更新できていなかったことが原因だったなぁ。

先日書いた「嫌い」の話にも通ずるかもしれないけど、自分を貫いて、するりと他人のいる場所までとどき、受け入れてもらえたほうがいい。その練習としても、ブログっていいもんだなぁ、と思う。だから、だらだらと5年近くもブログをぼくは続けているのだろう。ウェブの中にあるブログから生まれた、リアルなご縁が年々増えてきたし、今後もっと広がりが出てくる気もする。

まとまりはないけど、誰かのためじゃなくて、自分のためにブログをはじめたほうがいいよ、って話にしておこう。自分を掘り下げれば下げるほど、きっと他人との接点が見えてくるし、リアルな場でつながり始めるから。あと、昔の自分に、未来の自分が励まされることもあるから。まあそれは続けた人だけにわかるご褒美だろうし、とにかく続けなさい。と、ちょっぴり喝を自分に入れておきます。

嫌われたくない、という言うやつがとことん嫌い

自分の思っていることをうまく言えない人がいる。日本人のほとんどがそうで、思っていること感じていることを素直に言葉にできる人というのは、実際にはごく少数なのだなぁーと、たった27年しか生きていないけど、ぼくはそう感じる。大人になればなるほどに、社会の空気をついつい読めるようになってしまうせいか、自分をギュゥっと奥に奥にしまいこんでしまうようだ。

思ってるいることを言葉にできないのはなんでだろう? そういう発言をする場がそもそも少ないせいなのか。家庭環境、教育環境みたいなことを言いはじめたら切りがない気もするので、もっと内的な話に触れてみたい。おそらく、そういう部類の人は単純に「否定されたくない」「嫌われたくない」という気持ちが人一倍強いのではないのかなぁ、とぼくは思う。

「嫌われたくない」という気持ちはだれの心にもあるだろう。だけども、「“だれにも”嫌われたくない」という感覚を持っていると、気配を探りながら、自分の本心をねじ曲げてまで、嘘をつくように相手に合わせてしまう。「〇〇いいよね〜」という始まりの会話があったとき、「うん、いいよね」と返すことを優先する。本当は「〇〇なんてクソだ」と思っていたとしても。

そういう嫌われたくないがための過度な“同調意識”というのは、自分を苦しめちゃうし、それが派生したかたちが“いじめ”なんて問題にも繋がるんじゃないかなぁ。たださ、「嫌われない人はいない」という事実をまず受け止めたほういいよ。「だれにも嫌われない」方法みたいな幻想を捨て去らなきゃ。結局、何かに対して「好き」と言おうが「嫌い」と言おうが、そこに対する賛否は必ず分かれるから、敵はできるし嫌われるよ。そりゃあね。というか、だれにも嫌われないようにしている人こそ、ぼくは嫌いだ。そして、それは、ぼくだけじゃないはずだ。

どうせ、何を言おうが、嫌われてしまうのだったら、人に合わせて取り繕っているよりは、自分の思っていることを言葉にできたほうがよくない? そっちのほうが単純にスッキリするよね。敵ができるかもしれないけど、その分、味方だってできるし。しょうもない嘘のつながりがたくさんあるよりも、本音でつながった味方がひとりでもいれば十分だ。

自分にとっての“本物”を引き寄せるためには、嘘をつき続けていちゃダメ。嫌われたくない、というネガティブな面をみるよりも、ポジティブな面をみたほうがいい。メディアの考え方に「情報発信するところに、情報は集まってくる」というのがあるけど、これはホントだと思う。残りうん十年と生きるなかで、言いたいことも言えないなんてまじでポイズンでしょ。よい流れを呼びこむのは、自分自身の言葉しかない。(自分が)動けば(他人も)動く。だからもっと、想いのままに動けたらいいのね。

意識高い系の人たちが学ぶべきは、タモリの人生そのものだ

やる気ある者は去れ

そう語るのはタモさん(タモリ)。ぼくは強く惹き付けられた。この言葉とともに、それに重なるようなシーンが自分の身の回りにあることを想像してしまったからかもしれない。言葉の真意について、タモさんは『SWITCH』(2015年5月号)』でこう語る。

それはお笑いの業界に限らずなんですが、やる気のある人って、大抵物事の中心部分しか見ないんです。でも面白いものって意外とその周辺にあるような気がしていて。やる気のあるやつは真ん中だけを見ていきり立っているから、いつまでたっても面白いことができない。そういう人よく来るんですよ。まず暑苦しい(笑)。

中心部分しか見ない人というのは、賑わっているところ、チヤホヤされるところしか見ていない人を指している。とぼくは読みながら思った。ある意味、“承認欲求”でしか動けないタイプの人間とも言えるのかなぁ。という流れで、タモさんのいう「やる気ある者」は「意識高い系」という言葉にも置き換えられるのかもしれない。

意識高い系は、普通にくらしていれば、だれの周りにもたくさんいる。はびこるようにいる。常見さんの記事を読めば、その感覚を共有できるのではないかと思う。さて、ここで自分の中で重なったシーンについて振り返ってみたい。

ぼくは、公私ともに「地域」というテーマで関わらせてもらうことが多い。その中で出会う人の多くは、なぜだか「やる気のある者」であり「意識高い系」ばかりなのよね。

「地域活性化だ!」と声を大にして言うわりには、サンプルにすべき成功事例として知っているのは超有名な地域の名だけが上がるし、むやみやたらに(チューニングせずに)その真似をしたがる。その地域にある、そこにしかない素材や人を無視しちゃってさ。つまり、王道の「地域活性」という既にできあがったスタイルだけしか見えてないから、その地域におけるクリエイティブは起きにくい。

結局、マニュアルに沿うような真似事なので、おもしろくもなんともない。なにかが一定のレベルまで達するのかもしれないけど、キャラを感じにくいし、印象にはきっと残らないんだろうな。そうなってくると、巻き込める人も少ないだろうから、他の人との温度差が強くなってしまう。この「やる気がある者」とそうでない人の“温度差”ほど、つらいことはない。いたたまれない。

ここでまた話をタモさんに戻すと、その70年もの人生の中で、芸能界に限らずに、ど真ん中だけを目指して猪突猛進な人をたくさん見てきたのだろう。著『タモリと戦後ニッポン』に関する記事も合わせて読むと、次のような文章がある。

福岡、早稲田、保険会社、ボウリング場の支配人、バーテンダー、そして空白時代を経てあらためて上京し、赤塚不二夫氏のもとで居候する。そして1975年夏の衝撃のテレビ出演。

タモさんは、芸能界にストレートに辿り着いた人ではなく、紆余曲折しながらのドラマチックな道を経ての今だからこそ、そのような「やる気ある者」に対する見方が出来上がったのかもしれない。

もちろん、本人から語られた話ではなく、あくまで憶測でしかないのだけど、お笑い界における立ち位置を考えてみても、ビッグ3と言われながらも他の2人の活躍する舞台と比べてみると、好んで“周辺”を探っているような気もする。「笑っていいとも」が終えてからは、さらにその感が強まった。

私もあなたの数多くの作品の一つです

かつてタモさんが、亡くなった赤塚不二夫さんへの弔辞として口にした言葉だ。赤塚さんを中心におきつつも、赤塚さんの元から去り、自分をその周辺に置いたからこそ、「あなたの数多くの作品の一つ」という表現が出てきたのではないだろうか。

弔辞に対しておもしろいという言葉を使うのは適切ではないけど、それだけ心に深く刻み込まれるようなインパクトがあったように思う。そして、その言葉にもタモさんの「やる気ある者は去れ」の哲学を感じてしまう。

世の中の「意識高い系」の人たちは、タモリという人間をテレビで見て、一体なにを学んできたのか。おそらく、一部しか見ていないだろうか、そもそも学びとれるものすら見つけてないだろうけどね。あらためて「四カ国語麻雀」とか黒柳徹子との掛け合いを見直してみると、やっぱりおもしろいや。憧れる。

躊躇なくFacebookでフォローを外すようになったら、タイムラインに残ったのは、結局、リアルで会いたい人たちだった

“切っても切れない”というほどに、ぼくたちとSNSとの関係性は熟してきた。SNSが日常に馴染みはじめたというべきか、SNSが日常を浸食しはじめたというべきか、は悩みどころだけど。朝目覚めたとき、電車を待っているとき、お昼ご飯を食べるとき、何気ない瞬間にそのアプリを立ち上げてしまっている人も少なくないだろう。

「Facebook」「Twitter」「LINE」「Instagram」「Google+」「Path」という複数のSNSを使い分ける人もいれば、1つのSNSに傾倒する人もいる。コミュニケーションツールとして、うまく活用すれば、便利なものであることをみんな皮膚感覚で分かっている。

もちろん、表があれば裏があるように、SNSにも悪い面もある。特にそれを感じるのはFacebook。どうでもいい人(と言ったら失礼かもしれなけど)なのに、友達としてつながってしまうと、タイムラインに上がってくる投稿にイライラしてしまう。子ども写真ばっかとか、オシャレカフェの写真とか、恋人と別れたうんぬんとか、基地や安倍さんに対する激しく偏った主張とか、そういうのすべてが目に入るとストレスになる。

だから、そういう投稿をする人がいたら、ぼくはすぐにフォローを外すようにしている。根本的に「SNSは悪」ということではなく、どう「うまく付き合っていくか」というツールとしての関わりを考えると、自分にとってよい機能を活かして必要な情報を残しながら、不要な情報を削っていくのはごくごく自然なことだ。

またSNSのようなウェブではなく、リアルにおいて考えてみると、そういうフォローを外してしまう人はそもそも「会いたいと思わない人」がほとんどだ。ぼくたちは、無意識的に人を選んでしまう。「この人と話したい」、逆に「この人の話は聞きたくない」とかね。そうやって情報を取捨選択しているわけで。SNSだからといって、無理くり、自ら嫌なものに触れることはしなくてもいいわけで。

そうなると、Facebookはリアルな関係性を可視化しはじめているかもしれない。リアルで会って、話してておもしろいなー、と思う人はフォローし続けるけど、そうでもない人はフォローを外す。つまり、Facebook上の“友達”と“フォロー相手“をしっかりと区別することで、ウェブのなかでも関係性を整理しているのだ。(たまに、むっちゃ嫌いなんだけど、ルサンチマン的に昇華できるネガティブエネルギーをくれるから、あえてフォローし続ける人も例外にいるけどね)

そうやって、居心地のよい(ある意味、閉じた)場をFacebookに求めてしまう。どこまでも届くSNSを自分の興味関心だけで閉じてしまうのは「外界の新しいことを遮断するようでもったいないよね」という声もあるけど、ぼくの場合は、広がりはTwitterで担保しているので、そこらへんは他SNSとの使い分けだと思っている。むしろ、全方位的なTwitterのほうが好きだしな。ほんと、便利な時代だ。

まあ、この感覚や変化については、ぼく自身のものなので、「他の人もそうなってきてる」とか「世の中の動きがこう」とかまで触れてる気はないけど、いろんなSNSとの付き合い方があるんだろう。依存しないレベルで、自分がリアルのなかで形にしたいことへ到達するためのひとつの手法として、“道具”として、ほどよい距離感を保てればいいよね。ほんと。

オバケの松倉さんが「monologue」というSNSを開発にむけて動いているけど、ぼくは絶対に使うなぁこれ、というような哲学を持っている。SNSとの関係性を考え直したい人にとって、待ちきれないやつだ。

何はともあれ、付き合う相手と、付き合い方は、たまには振り返って、もうちょいだけ考えてみましょう。というメッセージを、日々ウェブ漬けの自分に送りたいだけの備忘録でした。リアルのほうがむっちゃ大事よ。まじで。

(情報の“受信”について書いてたみたいだけど、“発信”についてはここに書いてたや:facebookをmixiにします

優れている都会も、劣っている田舎もない。どちらも暮らしの選択肢のひとつで、あとは相性でしかないでしょ。

地方創生という言葉が出てきたこと、そして、東京に一極集中する世の中の仕組みに、心身ともに消費されるくらしに疑問を持ちはじめ、地方に目を向けはじめた人たちは多い。

ここに「地方移住に失敗した人たちが語る、田舎暮らしの“影の部分”」という記事がある。約半年前に読んだ記事が、最近またシェアされていたので読み直してみた。感想をあらためて、まとめておこうと思う。ちゃんと素直に。

個人的な立場を伝えておくと、東京のような都会も、へき地にあるような田舎も、ぼくは好きだし、どちらも行き来したいと思っている。元々が沖縄の離島(伊平屋島)出身で、大学から上京し、今も東京という場所に関わりたいと思っている身なので、都会も地方もどっちも良さを感じている。

もちろん、どちらに対しても、ここはちょっとな、、という嫌いな要素はある(ここでは触れないけど)。つまり、どっちが優れているとか劣っているという話ではなく、どの地域が自分にフィットするのかという相性でしかないと思っている。自分がくらしはたらく地域の選択肢が、都会なのか、地方なのか、という話でしかないだろう。

その上で、「田舎」を擁護する気はないけど、先ほどの記事にあった失敗(影の部分)というのは、それが全部「田舎」のせいじゃないだろうし、それは全体ではなく一部のような気もする。特に、地域おこし協力隊に関しては、うまく取り入れてる地域とそうでない地域の差はまだまだ大きい。その制度のメリットでメリットを理解せずに、制度を取り入れてしまっている地域は、哀しいけど存在する。にも関わらず、メディアに露出するのは成功事例ばかりで、イメージと現実の差に苦しんでいる人は少なくない。

それと、記事内にある「噂がすぐ広まってしまう」というのは、地域が狭いんだからもうしょうがないんじゃなかなぁ。その地域に入ったときに、ちゃんとコミュニケーションとらないと、へんな噂が生まれるのは必然的。ここでいう“ちゃんと”コミュニケーションするというのは、その地域に元からいる人たちが、何を大事にしてくらしを営んでいるのかという、文化を受け入れたうえで話を聞き、提案するということ。

この記事に限らない話で、移住してブーブーと不平を言う人たちを見ていると、激しく感じることがある。「風景がきれいだから移住する」という考え方は、単なる“面食い”でしかなくて、自ら罠に陥ろうとしてるだけのように思えてくる。ちなみにだけど、沖縄移住なんてそのパターンが多いんじゃないかな。

その風景を守ってきた、つくってきたのはだれか。自然を敬う気持ちは大切だけど、そこではなく、人に目を向けなければよい移住なんてできるわけがない。そもそも、ある程度のリサーチをしていなかったり、一度も行ったことない場所に(仕事や住まいの)条件が整ってるからと飛びつくような行為は、好ましいとは言えない。

幻想なんてどこにもないよ。そこに人がいる限り、その地域の人という現実と向きあってみて、それから居心地のよさを探ってみるとかさ。その規模や色にもよるだろうけど、地域とは大きな家族のようなもの。その一員になるということは、自分の好き勝手だけはできないだろうし、そこで自分がなにをできるか(提供できるのか)という感覚がないとちょっと厳しいかも。大きい話でなくて、地域行事に参加する、というのも一つの役割だったりする。

都会の喧騒と人とのしがらみから離れて、田舎で「静かにくらしたい」という発言をよく聞くけど、ほんと、ヘドが出そうだよ。田舎での忙しさに対する想像力が乏しすぎるし、その乏しさをカバーするための下調べ、訪問が少なすぎる。どこに行っても、人との関わりは必ずあるのだ。むしろ、人と関わらなくてもいい生活を望むなら、関係性を希薄にしやすい特色のある都会に身を置いたほうがいいのではないか。

地域とは、人のこと。移住者を受け入れる体制の変化も必要だけど、地域に入らせてもらう移住検討者も変化が求められる。どっちのせいとか決めつけずに、たがいに歩み寄る姿勢を忘れてしまったら、“よい移住”は決してつくられていかないだろう。

マスでもウェブでも、メディアが移住の“良い面だけ”あるいは“悪い面だけ”を声にしてしまう傾向がある気がしている。最初に触れたように、自分が自分らしくくらせる場所の選択肢のひとつとして都会も田舎もあるのだから、人間の長所短所のように、両面を知ることができたうえで「それでもここに行きたい」「ここでくらしたい」というような積極的な決断ができるような情報発信ができる媒体がでてくると、地域にとっても移住検討者にとっても、いいのになぁー。

と、思いました。

ちなみに、移住関連の他エントリはこちら:地方在住者が抜けがちな「対東京」の感覚 ーー 都会で調理技術をもった人たちは、地方で「食材」と「料理人」を探している

「ありがとうございました」がイラだつとき

どんなに性根が悪くても、感謝の言葉をもらったら、嫌な気分にはならない。もちろん、ゴマをするような口調だったりすると、不愉快になることはあるのだけど。と、そんなことを言ってるとひねくれてることがバレてしまうので、そそくさと本題へ。

「ありがとうございます」「ありがとうございました」という感謝を伝える言葉がある。ただの方便や形式ではなく、しかるべきでしっかりと口にしたい挨拶。ただね、この「ありがとうございました」だけは、タイミングを間違えると人をイラっとさせる可能性がある。

飲食でも雑貨でも、接客業ならなんでもいいのだけど、お客さんが飲み食いしたり買物して代金を払い、店員がおつりを渡した後にすぐ「ありがとうございました」と言うのは、アウトだと思うのだ。だってその時点では、まだ店内にそのお客さんはいるわけだし、もうちょい店内でゆっくりしたいかもしれない。

それにも関わらず「ありがとうございま“した”」と過去形で投げかけるのは、「もうサービスをするのは終わり/もう知らないよ」と告げるようなものじゃないのか。ぼくがお客さんであれば「あ、突き放された、さじを投げたな」という気がしてしまうのだ。

では、どうすればいいのか。その会計時には「ありがとうござい“ます”」と言えばよくて、お店を出るタイミングを見計らったうえで、背中越しに「ありがとうございました」という声掛けをするのはどうだろう。現在形と過去形を二度使い分けることで、お客さんは「ちゃんと気にしてくれてるんだ」という心地よさを感じてくれる(もちろん全員が全員そうではないけど)。

ほんと些細なことだから、「そんなこと気になるなんて、おめえ、ちっちぇえな」と思う人はいるかもしれない。だけど、そういう些細な言葉遣いで損をしてしまうことは大いにある。お店としてやっているならば、それが評価にもつながることもあるから、敏感になれるに越したことはないよねきっと。

自分のためにある言葉ならどんなに鈍感になってもいいけれど、相手のためにある言葉はナイーブになったほうがいい。これは発話するときの話だけじゃなくて、書くときにも通じること。ちょっとしたメッセやチャットのやり取りで、どんな言葉を投げるのか、相手がどう受け取るのかを想像できないと、やっぱり気持ちのいいコミュニケーションなんてできるわけがない。

結局のところ思うのは、そういった言葉に対する意識さえあれば、そもそもの問題はないってこと。形式的に、マニュアル的に、無意識で使ってしまっている言葉こそ恐ろしいものはない。「なぜそのような言葉を自分は使うのか?」という意味を理解してなければ、そこから発せられるのはただの音でしないし、ただの文字にしかならない。場合によっては、不愉快なものに化ける。

だれのための言葉なのか、そして、自分の中にある無意識的な言葉はなんなのか。自分が話すとき、書くとき、そこにもう一人の自分を隣に置いてみて、意識を傾けられるとコミュニケーションの質は上がるのではないかと思う。

今日も街中では、悲惨な「ありがとうございました」が聴こえてくる。ぼくは短気だからすぐにイラだっちゃう。店員に対して、ありがとうございます、と冷ややか&にこやかに返しながらも、「ありがとうございます、、だろ!」と心の中のツッコミは大爆音なのよ。

欠けがえのない人をみつけたら

「かけがえのない」という言葉をちゃんと使ったことがない。正確には、使えたことがない。自分にとって、本当にかけがえのない人に出会ってなかったからかもしれない。

先日「COMINCA TIMES」の水口さんの話を聞かせてもらえる機会があった。ウェブサイトを介して“古民家の使用保全“に取り組む今のチームについて、水口さんは「これまでは、(家族とは別に)かけがえのない人、ひとりでも欠けたらつらいな、と感じるような人はいなかったが、今のメンバーはそう感じる人たち」という言葉をくれた。

そう思えるだけの関係性ができていることが、そもそも羨ましかったし、その関係性を保つためのコミュニケーション(量)も気にしている水口さんは、嘘偽りなく、素敵だった。言葉にひとつも濁りはなかった。そのように「かけがえのない」人が、ぼくにはいるのだろうか。考えてみた。はて……。

今、そういう人は、すぐ側にいない。これまで「この人と一緒にやりたい」と思える人はいたのだけど、なかなか誘えきれていなかった。今やっていることを脇に置いてもらってまで、誘えるだけのものを自分でつくりきれていなかったから。ただ水口さんの話を聞いて、ちゃんと動かなきゃな、と揺り動かされたし、一緒にできる体制をつくるための努力を自分が怠っていたことにも気付かされた。は、恥ずかしい。

来年から、しっかりと動き出せるように、その人をちゃんと口説けるように、想いを伝え、かたちをつくっていきたい。いや、つくる。一緒にやっていきたいと思う人は、何人かいて、その一人ひとりと自分が組むことでの広がりを想像するだけでアドレナリンが出てきちゃう。

「何をするか、ということよりも、誰とするか、を大切にしたい。自分とその人が一緒にやることでつくれるものをつくりたい。性格と特技と趣味嗜好のかけ算と、たがいの不得手のカバーをどうするか、を考えたい」

そう思うからこそ、なおさら、かけがえのない人たちの存在は、ぼくの中でとてつもなく大きく膨れ上がってくる。ただただその人たちと一緒に楽しみたいし、楽しみがなければやる意味だってない。その楽しみと仕事をどうつなげていくのか、創っていけるのか。

ちなみに、「かけがえのない」の漢字については「掛け替えのない」が正しいようだ。ただ「欠けがえない」というような表現のほうが妙にしっくりとくる。パズルは1ピースでも欠けてしまったら完成することはなく、ただただ憂うばかり。自分が描いたパズル絵で絶対欠けてほしくない人は、もう見つかっているのだから、快くすっぽりはまってもらえるような体制をつくれるように(それから新たなパズル絵を一緒につくってもらえるように)、自分自身がたくましくなっていくしかないのだなぁ、とひさしぶりに気合いが入ったよ。