おなじネタを何度もみるおもしろさ

賛否両論あるんだろうけど、ぼくは「お笑い」というものが好きだ。だから、ほんのちょっとだけでもお笑いの話ができる人じゃないと仲良くなれる気がしない。というくらいは好き。好きな芸人のネタであれば、いくらでも時間を割ける。同じネタでも何度でも観れてしまう。

テレビとかで「あーまたこのネタか、もう観たよ」とツッコミ入れる人いるでしょ。別にやっかみを入れたいわけじゃないけど、同じネタでも見方によっては楽しめるんと思うんすよ。同じネタでも、舞台が違ったり、TV番組が違えば、ネタの雰囲気は微妙に変わってくる。セリフ回しとか。持ち時間もあるだろうし、間の取り方も違う。

ネタを作品と考えてみる。「あーまたこのネタか」と作品を知っていても、シェイクスピアでもそうだろうけど、表現方法は演者によって異なる。音楽とか料理で考えてみると、そうだな、と思ったことがる。楽譜も知ってるし、レシピも知っている。けど、同じマニュアルがあったとしても、だれが演奏するか、だれが料理するかで、完成するものが違う。同じネタをみるなら、その表現方法に目を配ると、すこし楽しくなる。

芸人の場合、そのネタ(作品)を演じるのは、そのネタをつくった本人たちだから、それ以外の人が表現するということはまずない。だからこそ「どこでそれを演じるのか」という場所は大きい。あとは、芸歴を重ねると、ネタにこなれてくるせいか、だいぶ違った作品に見えることも。漫才なんかそれが顕著にでる気がしている。同じアーティストでもあっても、今と昔じゃ唄い方が変わっていたりするけど、まさにそれの話。

ということで、同じネタを芸人がやったときに「えーまたそれー!」とあまり攻めないでほしい。同じネタだけど、違った見方で、ネタをみてあげておくれよ。だけどもちろん、新ネタつくってほしいよな、と思うことはあるよね。楽しみにしてるファンがいるんです。売れてたとしても、タレントじゃなくて、あくまで芸人であってほしい。

「嫌い」は自分に返ってくる

飲み会ですげーこすいやる気を出して取り皿をまわしはじめる女性が苦手だ。声がでかい人が苦手だ。お店をでるときに「ごちそうさまでした」と言えない彼氏を連れている女性が苦手だ。いや、苦手どころか、「嫌い」レベルの話をしている。ぼくは嫌いなものが多すぎる。だからか、毎日は楽しい。

苦手なもの、嫌いなものが多いから、ちっちゃい話ではあるけど、一日のなかでイライラする機会が多い。Facebookフィードを眺めていても、だれかの投稿にイライラするくらいぼくはちっちゃい。けど、ブチ切れたり、なにか物に当たったり、だれかに言葉をぶつけたり、と怒りが態度にでるわけではない。そして、分ってるんだ。そのだれかに対する「嫌い」は、そこから生まれるイライラは、結局自分に返ってくるんだというのは。

声がでかい人が苦手なのも、昔を振り返ってみると、体育会系だった自分は超うるさかったなぁ、と嫌いだった自分の姿を他人に見つけてしまうようでイライラする。飲み会などの席で相手から好かれようと、自分をよく見せようとする姿を見ると、やはりイヤになる。相手のなかに、作為的な自分の姿が見えちゃって。自分に対する“嫌い”が他人にすり替えられることが日常茶飯事だ。

「人の振り見て我が振り直せ」とはよく言ったもんだけど、それを痛感する。自分のまわりに嫌いなものが多いということは、結局、自分が嫌いなんだよ。自分に嫌いなところが多いんだよね。だから、自分が放つ「嫌い」はその跳ね返りがどこにあるのか、受け取り方は大切にしなくちゃ。

まとめ。「嫌い」という言葉は、自分に返ってくるブーメランみたいなもの。写し鏡とも言えるのか。「嫌い」という言葉を発言すると、それを耳にするまわりはたいてい嫌がることも分っている。だけど、自分の嫌いを抑えに抑えて、それを素直に言葉にできないと、自分にすら向き合えない。そんな性格なんです。嫌いなもんは嫌いと言う。どうせ自分でしょ。

 

アーカイブを考える人は、記録をする人、それを続ける人

なんでブログをやってるのか?続いてるのか?と自分に問いつめたとき、やっぱりブログで味をしめた経験ががあるから今だにやっていると答えるのかな。ブログをやってると、自分が「これ忘れたくないなぁ」「忘れたらもったいないなぁ」と思えることを、ひとつのアーカイブとして残しておける。自分の引き出しにしまえるものが増えた気がしてうれしくなる。その喜びがブログのモチベーションとして大きい。

ぼくは、忘れることが恐い。どこかに行ってだれかと話すなかで、自分が感じたこと、言葉にしたことが、その場では確実に生まれている。けど忘れてしまっては、自分で生んだ我が子をすぐに川流ししてしまっているようで虚しくなる。忘れないためにアーカイブとして残す、そのためにブログは頼りになる。

ただ全部を全部、覚えていたいわけではない。忘れたほうがいいこともある。ある会話のなかで、自分に取って“印象的だったこと”だけ取り出せればいい。印象的だったということは、その時の自分のアンテナにビビビッと引っ掛かるものがあるんだろうから。それは、言葉なのか、映像なのか、表情なのか、間なのか、いろんなフックがある。印象的だった記憶をアーカイブとして記録するなかで、そのヤケに引っ掛かったものの正体が見えてくるのが楽しい。

ひとつのできごとに対して、忘れること、忘れないこと、の仕分け作業を人間は自動的に/無意識的にしてるんだろう。だけど「なにを忘れて、なにを忘れていない」と把握することすらできない人もいる。それは、きっと自分の中にあるものを思い出す/引き出す運動をあまりしていないだけだ。自分の記憶をさぐる脳のストレッチをやっておかないと、自分自身にとても疎くて、鈍い人間になってしまうような気がしてしまう。

忘れることの恐さからはじまったブログも、忘れたこと/忘れてないことを喜べるツールへ変わってきた。それは自分が記録するアーカイブから読み取れる、自分のためになる情報が自分なりに掴まえてきたからだろう。アーカイブとは何だろう? アーカイブは何を教えてくれるんだろう? 誰のためのアーカイブなんだろう? アーカイブを残すことは、恐いことか、嬉しいことか? ブログを通してずっとこの先も考え続けることなんだろうな。あー、ほんと、予測不可能でゾクゾクするよ。

 

いやらしく目耳鼻口手をつかう

毎日あくせくして過ごしていると、忘れがちなことって多いよな。「おれ/わたし、五感をちゃんと使えてるのかな?」と自分に聞いてみることはその一つ。特に、都会にいる人ほどそうなのかも。いや、見えてる聞こえてるし匂いもするから問題ないよ、と言いたい人もいるだろうけど、そういう五感が使えてるかの話じゃない。

意識的に体のパーツを使えてるかどうかが大事。自分の感覚を研ぎすますというか。能動的に五感を使うって話をしたいのよ。なんとなく使ってるなら(使ってる自覚すら無いなら)、五感は受け身だ。そのうえで、自分に聞いてみるのよね、五感を“ちゃんと”使えてるか?って。そして、ちゃんと使うなら、ある程度の“いやらしさ”が必要になってくる。

いやらしい、は性的ないやらしさと捉えてもらって結構。好きな人といると、自分の感性っていつもより鋭くなると思う。それのせいか少しだけ、いやらしさが顔を出す。ひとつ指使いが変わるように、しっとり、そーっと五感を使おうとする。「見える」じゃなくて「視る」、「聞こえる」じゃなくて「聴く」、「匂いがする」じゃなくて「嗅ぐ」、「味がする」じゃなくて「味わう」、「触る」じゃなくて「触れる」。微妙なニュアンスだけど、いやらしさが積極性を持たせてくれる。

目耳鼻口手にもっと神経張って、もっと敏感になってみると、同じものが同じじゃなくなる。同じ日なのに同じ日じゃなくなる。ということがありえるかもな。自分の感覚をさぐりながら、情報を丁寧につかもうとする。そうやって、自分の五感をよろこばせられたら、どんなにいいだろう。

ちなみに、閉じていた五感は、不思議と自然の中に入りこむと開きやすいらしい。島や田舎でくらしてる人は、五感がきっと都会であくせくとする人よりもうん十倍研ぎすまされている。とぼくは思うんだ。その意味で、自然は少しだけ人を開放的に、いやらしさを高めるのか。ああ、五感が死んでるな、楽しそうじゃないな、と感じたときにぼくはなるべく公園に行く。井の頭公園にばっか行く。虫の音に耳を澄ます。

自分の体だもん、自分の目耳鼻口手でしょ。だから、守りに入らずに、いやらしく、攻めの五感運用を。というと、資産運用っぽくて表現が堅いか。いやいや、攻めようどこまでも。ただただ、不思議と恋は奥手になってしまうよね。

同世代のグラビアアイドルが減ってきたか、と嘆いている

昔から週刊誌が好きだ。欠かさずに読んでいるもの。少年マガジン、少年ジャンプ、少年サンデーから始まり、高校時代からはヤングジャンプ、ヤングマガジンが加わり、大学時代にスピリッツ、スーパージャンプ(現グランドジャンプ)がリーディングリストとして増えてきた。漫画が好きで、この娯楽が抜かれると1週間はしんどい。

最近週刊誌を手に取っててよく思うのが、「同年代のグラビアアイドルが少なくなったなぁ」ということ。少し説明を加えると、週刊誌にはおまけみたいなもので、グラビアページがある。誰が表紙で売上に左右するらしいから、簡単におまけと言っちゃいけないか……。ぼくはグラビアアイドルもここで小まめにチェックする。これも昔から欠かさずにやっている。

ぼくは26歳、1988年生まれだ。最近の週刊誌に登場するのは、それより下の子たち。特に言えば、20歳下の子が多いかもしれない。週刊誌のグラビア枠は、新人グラビアアイドルとAKBなどのアイドルグループの子の合戦場になっている(たまにモデルも)。AKBとしてよくグラビアに出ていた同年代は「大島優子」と「小島陽菜」で、アイドルとしては一時期は「重盛さと美」も出ていたか。新グラビア女王と言われる「吉木りさ」は歳がひとつ上。

あらためて、最近のグラビアページを飾る子たちの話を。グラビアページの最後には必ずプロフィール欄がある。生年月日、どこの所属か、出演中の番組は何か、スリーサイズ(グラビアアイドルなら)など。で、生年月日から計算してみると高校生に当たる年齢の子が多いわけ。おっさん世代がこれを眺めていると考えると、日本って自然とロリコンを促すような仕組みができてるんだな、と超ビビった。

あくまでぼくの雑感だから、統計データ的なところとか、業界の人が言えば、違うよ!とツッコミどころも多いだろう。ただただ思うのは、同世代のグラビアアイドルが減ったのはちょっぴり寂しい。着実に自分も歳は取ってるのだと週刊誌に教えられた気がしてね。ちなみに、同じアイドルの登場でも少年系と青年系雑誌でのグラビアページのエロさは違う。編集のチカラってすごいわ。

ネタに困ったら

ネタといっても、ここで触れるのはブログのネタについて。ライターとして記事を書くときは、クライアントがいて、最初の段階でネタが決まっていたり、大枠のテーマに合わせて自分でリサーチしたりする。基本的にネタに困るということはない。それに対して、ブログとなると何書こうかな?と悩むことがある。いや、悩むことがブログはじめた時は多かった。今はネタなんていくらでもある。ブログ歴はまだ約3年。

ブログはじめたての人にありがちなのが、というかぼくもそうだったけど、パソコンを目の前にうんうん…と記事を書こうとする。頭を抱えていてもネタは中々でてこない。もちろん、ひねり出すことで生まれるタイプの記事もあるけどさ。ぼくは、“ながら作業中”にネタがフッと浮かぶことがある。それをスマホにメモしておく。後でノートに書き写しておく。

ながら作業の作業だけど、いくつかある。「①散歩/移動」:町を歩いていると聞こえてくる会話や目に映り込んでくる人から影響されて。「②会話」:誰かと会って話したとき心に引っかかったもの。「③SNS」:FacebookやTwitterタイムラインでの誰かのやり取り、リンク記事や動画を眺めてて思うこと。「④執筆」:記事を書いていると副産物的に思い付くこと。あとは、最初のシンプルにうんうんと「⑤捻り出す」の5パターンだろうか。

みんながブログにしたい内容って「非日常的」なことが多い。もちろん、非日常的というのは書く人にとっての話。サラリーマン/OLなら「どっかに美味しいものを食べにいったよ!」とか「こんなイベントに参加してきた!」と「旅行に行ってきました!」とか。だから勤務後や週末にネタづくりは限られるみたい。だけど、本当は、ネタはもっと「日常」に転がっているよね。書きたいかどうかは別にして。日常で自分がふと感じることのほうが、自分にとっても大事なネタになる気がするし。

ブログは、自分の教科書づくりみたいなもの。自分のキャラがどんなものかを、自分が書き溜めるログで確かめるもの。Facebookみたいにリア充をアピールするツールとして使うのは続かないよ。あと、後から読み返してみるとどこか虚しくなる。むしろ、日常のなかに非日常的ななにかを発見できたら儲けもん。

だから非日常もいいけど、もっと日常の部分をブログネタにできたら楽しいんじゃないかなぁ、とブツブツ。ネタに困ったら、自分の朝起きてから寝るまでを振り返って(「ん?」と)強く感じたことを言葉にすればいい。という考えで、ブログを書いてる人もいると知ってもらえたらな。ちなみにぼくが書くネタは、これ忘れないようにしとこー、とボケ防止の意味合いもある。この記事もそう。

文章の設計図づくり

「この建てもの、設計図なしでつくったんだ」。なんて言われるとちょっと心配だ。いや、自分がくらす場所であれば、ちょっとどころか、すごくこわい。設計図って大事だな、と思えるのは信頼を担保できるからではないだろうか。あのー、同じようにですね、文章を書くことを建築と捉えるなら、文章にも設計図をひいておけると心づよい。

だけど、ぼくは設計図を描けるほどの能力はない。まだ自分なりの手法ができあがるほどの文量をこなせていない。だからフォーマットが頼りになる。基本ものごとは「守破離」の過程で進歩してゆく、と思う。だからまずは「守」の部分を、誰かのルールに従って書き進めればいいはずなのだ。ぼくは「cakes」加藤貞顕さんの文章の設計図を模倣している。

加藤さんは以前「note」で原稿の書き方について触れていた。【文字数はだいたい600字程度】【段落の数は、だいたい5個か6個くらい】【一段落の長さは、最大でも1ツイート(140字)】【最初の段落には「導入」】【2段落目がとても重要で、なにか「おもしろいこと」】【3段落目は、その説明】【4段落目は、さらにハードルが高くて、なにか「新しい視点」】【5段落目に、さわやかにさらっとまとめ】

1段から5段目までをよくよく見てみると、ちゃんと文章を書くときに意識しなさい!と散々言われ続けてきた「起承転結」がギュッと詰まっている。ぼくはとにかく「1~5段目までの構成」を最近は特に意識している。パソコンを開く前にまずはノートを開く。仮タイトルを入れて、数字を1から5まで書き出し、一文ずつ加えていく。この一文×5だけで意味が成り立つように整えて、あとはタイピングしながら肉付けをしていくイメージ。

これを始めたのが、ブログを毎日書くと決めた8月初旬なので、まだ1ヶ月は経ってない。だけど、やってみるとスイスイとタイピングが進む。これまで「考える」系ネタには悩まされてたから、とても助かっている。よく「準備8割」と言うけれど、この文章の設計図がしっかりしてれば何もこわくはない。それでいて、もし書く手がジッとしてしまうようなら、設計図自体に問題があるのでもう一度設計図を見直せばいい。問題発見のフローもわかりやすい。

ということで、最近のぼくは加藤さんの文章の設計図を参考に書いている。「守破離」の「守」の段階を終えて、「破」「離」と自分なりの書き方が見つかるまでは、やはりひたすら書くしかないのかもね。“職人技10年”を指標にするとして、少なくとも後8年くらいでものにできるようにしたいな。そのくらい長丁場で構えながら、ゆるりと書き続けよう。そういえば、書くだけでもグーグーお腹は空く。

飽きるまでやる、ということ

自分のなかで「これは好きだなぁ」「こ、これはおもしろいぞ!」というものが見つかったとき、ひとつ疑問も生まれる。「一体これをどこまで続けていいのか?」。いい大人だし、仕事もあるし、好きなことばかり追ってるのはどうだろう?と自分の興味に歯止めをかけたり、かけるタイミングを計ったりする。大人のいけないところ。

ただ答えはシンプルだと思う。「飽きるまでやればいいじゃん」。一度自分の興味に火がついたものをあえて消す必要ってあるのだろうか。ない。どこかで飽きるかもしれないし、もしかしたらずっと飽きないかもしれない。それを知る為にも、自分の好きとか、おもしろいをとことん突き詰めてみるといい。続けるといいのではないかと。

ぼくは親に感謝していることがある。ぼくは昔から“飽き性”で、熱しやすく冷めやすいの典型。そんな子どもだったぼくは、習い事も始めては辞めて、趣味のRPGゲームですら全クリする前に辞めて、を繰り返していた。何かを始めようとしたら「またすぐ飽きるじゃないか?」と母の頭をよぎらしたに違いない。

ただぼくの母は毎度毎度「興味あるならやってみれば?」と後押しをしてくれ、続くか続かないかは別としてぼくが“飽きるまで”は挑戦させてくれた。最初の芽の段階では決してつぶすようなことはしなかった。今振り返ると、かなりの数の「飽きたなぁ」をぼくは大量生産してきた。

ただ飽きることなく続いたものもあった。ぼくは小5で語学に興味を持ち始めた。はじめてみると火が勢いをつけて、巡り巡って外国語系大学へ入学するまでいたり、語学メインの仕事にも携わった。ライター / バーテンダー職に転向してからもリサーチ/コミュニケーションに活きてるし、プライベートでの人間関係にも役立っている。飽き性なぼくの新しい芽を刈り取ることなく、じっくりと育てる機会をもらえた。母よ、ありがとう。

性格的にすぐ飽きやすいなら、飽きないものを見つければいい。きっとぼくは「トライ&エラー」の精神を知らず知らずに学んでいたのだろう。自分の「飽きる」という失敗から、自分が何が好きで、反対に何が嫌いで、どういうものが続くことなのか、そのエッセンスを教えられている。今も変わらずで、まだまだ自分については分らないことだらけだけど。ひとつ言えるのは、飽きるまでやるからこそわかることがある。

そういえば「夢中になれるものを探せ」と先輩方はよく若者に偉そうに言うけれど、夢中になれるものってなかなか見つかりくい。ぼくにとって「夢中=ずっと飽きない」で、自分の熱意があれよあれよと続いている状態で、何かひとつを深く深く掘りさげているかどうかにある。夢中になれるものが見つからない人は、そもそも何かを飽きるまでやったのか。のめりこんだのか。飽きるまえに誰かの気を遣って辞めていないだろうか。挑戦すらしていないのかも。

そして、どんなに情熱を注いでいたものであっても、ある日ふと「あ、飽きたかも」と感じてしまったら、いさぎよく辞めてしまえばいい。意固地にならず。たとえ辞めてしまっても、飽きるまでに費やしてきた過程で、知らず知らずに蓄積されたものがある。そこには、何かを深く深く掘りさげるためのハウツーが詰っている。そのハウツーを次の「好きだ」「おもしろい」に活かせばいい。熱を注ぎこむ対象が変わるだけの話だ。

自分の好きなことなら、おもしろいと思うことなら、まずはとことん飽きるまでやってみようよ。飽き尽くそうよ。いつかの話だけど、自分の子どもが興味を持ったものを、「どうせ続かないでしょ」とヨコヤリを入れずに、「まずはやってみ」と言えるようなおとうちゃんになりたい。あと、何かひとつ飽きずに続けている姿を子どもにみせれたらいいな、と思う。今彼女すらいないけど。

 

 

 

日本なんだから日本語つかおうよ

今日もぼくは、いらいらしている(いつもだけど)。沖縄の国際通りを歩いていると、通り過ぎるたくさんの外国人。最近はアジア、特に中国や台湾、韓国からの観光客が多いみたい。過去に京都で9ヶ月ほどゲストハウス滞在してたけど、そこでも同じくアジア系が多かった。ただ京都のほうが南米、ヨーロッパからの訪問者が多い印象を受けたなあ。実はここからが本題。沖縄でも京都でも気持ちは同じで、いらいらの原因は彼らの日本語に対する姿勢。

日本にきたのに日本語を使おうとしない外国人の態度にうんざりしちゃう。はっきり言おう、そういうのは気に食わない。「〇〇まで行きたいのですが、どうやって行けばいいでしょうか?」みたいな丁寧で流暢な日本語を求めているわけではない。「ありがとう」「ごめんなさい」「よろしくお願いします」せめてこの3つくらいはフレーズ覚えようよ。言葉がつっかえてもいいから、喋ろうとする意志くらい感じさせてよ、と。

日本の文化に触れようと日本に訪れているのに言葉は無視する、という感覚が不思議でならない。特に英語話者に関して言えば、“英語が通じて当たり前”というスタンスでくる横柄な外国人もいる。郷に入っては郷に従えで「ここは日本ですよ」と言いたくなってしまうのはぼくだけなのか。しかも、英語で喋りかけられて英語が喋れないとオロオロする日本人はなんなんだろう。必要以上に、英語を使う無駄に積極的な日本人もいるけど、それは彼らを甘えさせることになる。本当の意味でコミュニケーションの壁をつくってるのは一体だれか。

もちろん、日本人だって海外に行くときに注意したいこと。現地で日本語のサービスを受けられることが当たり前だと思って、その国の言葉をひとつも口にしない人はいるだろう。そういうのほんと許せない。いらいらしちゃう。「相手が何かしてくれる」のを当たり前と思い込むと、相手への理解は少しずつ遠のく。「はい、ぼくは××人なんだから、××語で喋ってよ」という横柄な態度をとるのであれば、その人はその国の恥さらし。他国で悪いイメージをつくる元凶にもなる。

迎え入れる側の気持ちを少し想像してみてほしい。遠い国からやって来た人が、自分たちの言葉を使ってくれる。これってめちゃくちゃ嬉しいことだ。 例えぎこちないものであったとしても。自分たちの文化を知ろうと、自分のことを知ろうとしてくれる外国人に対しての好感度は高い。差別するわけじゃないけど、気持ちちょっぴり親切にしたくなるのが人の情じゃないだろうか。観光業に携わる人はどんどん語学力を磨くべしだけどね。

ということで、日本にくる外国人の方、なるべく日本語を喋ってください。喋ろうとしてください。そして、もう既に日本に住んでいる外国人の方、母国から日本にくる友達がいたらそれを教えてあげてください。最後に日本人の方、ビビらず、親切に、日本語を使ってもらえる空気づくりをしてください。あとできれば、簡単な日本語でいいから教えてあげてください。京都滞在してた時のゲストハウスオーナーは骨折りながらもそれしてたなあ。

そうやって、日本から自国に持ち帰るものが少しでも増えたら素敵だ。それがぼくの願いです。あ、 英語とフランス語の勉強もっとがんばらなくちゃ。

うかつあやまれない大人たちへ

感情的に、理不尽に、上司が部下の失敗を責めるシーンをみると、ぼくは心がいたくなる。「なぜ失敗した?私はこうしてって言ったでしょ?」みたいな。そういう上司はきっと気付いていない。自分にも非があることを。「言った」で完結させるのではなく、「伝わった」かを意識していない。伝わるということは、相手の動きにつながる。動きができれば結果につながる。つまり、伝え方や、そもそもの上司と部下の関係性に問題があったのではないか。マネジメントする立場で考えると、非を感じるべきは上司のはずだ。

「う〜〜〜ん、伝え方が良くなかったのかなぁ、このタイプの人には何と伝えればいいんだろう?」と頭の中で汗をかいてないことが多い。事実として部下ができたからと言って、急に上司になれるわけではない。最初は“上司見習い”として始まる。そうやって部下とうまくために汗をかかない人は、上司見習いのまま“いい上司”にはなれない。こういう人たちをさまざまな場面でみてると感じるのは、うかつあやまれない大人って多いんだな、ということ。

「うかつあやまり」をご存知だろうか。江戸しぐさと言われるのが、うかつあやまり。意味はいたってかんたん。例えば、電車内で自分が足を踏まれたとする。このときに自分から謝れるのが、うかつやまり。そう、踏まれた方があやまる。文脈としては「人込みの中で足を出していれば、踏まれるのは当然。なのに、足を出していた自分が悪い。うかつだった」というもの。これって粋だなぁと思う。昔の日本人はほんとかっこいいし、品がある

本来なら謝られる立場にも関わらず、一歩引いて、自分の非にできる。この部分が冒頭で書いた上司には足りないように見える。粋じゃない、野暮な人ね、と思う。この「一歩引く、自分の非にできる」大人が減っているじゃないだろうか。自分のことだけで頭が一杯になっている大人が。何が一番不幸かって考えると、それは子どもだよ。そういう大人だらけの中で育った子どもは、やはり毒を抱えて育つことになる。

うかつあやまれる大人が増えれば、お互いにもっと気持ちよく、冗談も言えるような関係性が生まれる。人と人が一緒になって、何かをつくるんだから、相手のせいにしてばっかでは何も動かない。うかつあやまるは、相手との関係性と、相手への伝え方をまず考えはじめることじゃないか。ああ、自分がうかつあまれてるか心配だ。そして、偉そうに書いてすみません。うかつでした。

 

違和感のない君に違和感

何をしててもしてなくても違和感だらけの毎日だ。自分自身に対しても、自分をとりまく環境についても。「なんでぼくは今ここにいるんだろう」「なんでぼくはそんな言葉を使うのか」「ぼくは仕事に踊らされていないか」「それが普通だよ、と言うけれど、それは、どこでの普通で、何が普通なのか」。少し立ち止まって考えると、なにかがぼくの大切ななにかをすべて覆い隠そうとしてんじゃないか、と怪しく思える。

違和感はつきまとう。ぼくだけじゃなくて、ぼくの家族も友達も先輩も後輩もみんな違和感のそばでくらしている。違和感は「ん?(なんかおかしいぞ)」というちっちゃな感覚でしかない。違和感なんてないよ、って言いきる人は自分の「ん?」に気付いてないか、気付いていても無視してるかのどちらかじゃないか。

なんで今そこにいるの? なんでその仕事をしてるの? 楽しいの? それをしなくちゃいけない理由って何? それは好きなこと? ほんとにやりたいこと? 嘘ついてない? やってるつもりになってない? どこかで満足してない?  ほんとにそれでいいの?ちゃんと視てる? 自分を、相手を。

違和感は、気付かない振りをしたほうが楽に決まっている。うんと考えたり、悩んだりしなくて済むから。誰かが言ったこと、やったことに対してどんなに「ん?」と思っても、まあいいやと見過ごしちゃえば事は荒立たないし、手間だってない。でもそれで何が変わるんだろう。明日の自分の何が変わっているんだろう。「ん?」の違和感は何かが変わるチャンスなのに。

敏感になろうよ、素直になろうよ、自分の違和感に。受け入れなきゃその感覚の正体も見えてこない。だから、どう太刀打ちしていいか分らないまま。「ん?」には違和感とは別にもうひとつあって、「ん?(なんかおもしろいかも)」という期待感がある。それは、違和感を自分の中に認めた人にしか掴めない感覚かもね。あ、あの娘、もしかして髪切った?

とりあえずからの卒業、ゲゲゲに入学

少しでもこのブログを読んでくれてる方には、お知らせです。その以外の方は、はじめまして。この度ブログをリニューアルしました。といってもタイトルだけですが。『とりあえずあえず』から『ゲゲゲの記太郎』に変わりました。“とりあえず”の気持ちから始めたらいつの間にか目的地が見つかったので。

「とりあえず書く、撮る」をテーマに、頭でっかちに考えずまず手を動かせ、と自分に言い聞かせながら書いてきたこのブログですが、欲張りはじめます。ただなんとなく書き続けることより、意識を持って書き続けることが、新しくめざすところです。文章の設計図をひく意識へ。その図面についてはまたどこかで触れます。

新しいブログタイトルですが、とにかく「書くよ」ということ意識したくて「記」の漢字を採用いたしました。他人のためでなく、自分のために記すことはこれまでと変わりません。ついでに、妖怪が好きなぼくにとってはちょうどいいパロる対象があったわけです。ググってみたところ、パロ枠がまだ空いていてホッとしてます。もちろん、水木しげるさんに敬意を込めて。

このブログでは一応の更新ルールはつくっておきます。「テキストのみ(本音→画像選びに手間をかけたくない)」「毎日更新(本音→正直しんどい、だから楽しく楽になる工夫を)」のふたつ。後から自分で読んだらきっとゲゲゲ…と思うこともあるでしょうが。

種蒔きをするように、一記事一記事がどこかで実るように、文章をこさえます。今パソコン画面に書き出していることが、未来の自分にどう影響を及ぼすのか?と想像しながら。そして、今抱える違和感を消し去るようなタイピングを。

とりあえず手を動かすよ、というどこか気軽な気持ちは忘れずにブログを続けます。明日のおれ、よろしくお願いいたします。まずは1ヶ月続けられるように、なまけて書けるように頭を使おう。そういえば、久しぶりにデスマス調で書いたけど、文字数稼げるよなぁ。

 

ぼくはライターに向いていない(かもしれない)

文章を書いてお金をもらう、そんな世界に足を踏み入れてから約2年ほど。まだまだまだまだ駆け出しのもの書きだ。もっともろもろ巧くなりたい。さてと、ここから本題に。世間一般でいう「ライター」という職業をかじらせてもらってから初めて気付けたことは多い。

ライターは一括りにできない。これが一番大きな発見だ。例えば、同じライターでも「紙」と「Web」どちらの媒体で書いてるかで違いがある。おそらくスポーツで言えば、ソフトボールと野球ほどに違う。基本動作は似てるけど、微妙にフィールドとルールが異なる。

紙はページ制限もあり書くスペースに限られるけど、Webは際限なく文章を書ける。この文字数制限があるかないかが「短く伝える」意識に差を生む。基本的に、紙の人のほうが文書が巧い(とぼくは思う)。ただWebの人は、情報収集から記事化までの「スピード感」や、スマホ等のユーザーデバイスまで意識した「文章構成力」などはやはりWebの人の方がわりかし強い。どっちが偉いとか良いよとかの話ではなく、どちらも「より多くのひとに自分の記事が正しく広く届け」という共通した気持ちがある。ただ紙媒体の方が原稿料は高いという事実はある……。

あとは、同じ書く仕事でも「ライター」と「作家」も違う。ライターは基本的にクライアントがいて、商業的に自分が好きじゃないもの、違和感あるものに対してでも、記事の提出を求められる。クライアントが心地よくなるツボをつつけることが大前提で書く。自分のキャラを出すとか出さないかの話でいえば、クライアント次第では出せない。「文章書くのは好きです」とライターを始めて、心が折れそうになるのはこの「書きたくないもの書く」という局面にぶつかったときだろう。反対に、作家は自分色を出せる“作品”を書きつくる。

もうひとつ言うと、ライターと「エディター」は違うし、さらにはディレクターとも違う。この媒体ではこんなコンテンツづくりしよう!と指揮をとるディレクターがいて、そのコンセプトを理解したうえで文章校正にあたるのがエディターで、基本的に(リサーチも含め)ひたすら文章を書く役割がライター。ディレクター・エディター・ライターをまとめて兼ねて活躍している人がいるから、混乱しがちだけど。特にWebの場合は。

と「一括りにライターと言うけど、いろいろあるよ」と主張しつつ、ぼくが2年間ほどやってみてジワジワ押し寄せてくるのは「ぼくはライターに向いていない」という感覚。書きたくないものは書きたくない、とかぼくは我が侭だ。ただ、あくまでまだ仮説として捉えている。だって、骨の髄まで響くほど経験を積めてないから、やりながら検証したいきたい。とにかく締切だけは守る!

実はもともと僕がめざしてるのは、ライターじゃなくて作家。これは中学校くらいから変わらない。じゃあ、なんでライターなのか? それはライターも作家も、書くための“基礎体力”は同じだと思うから。だから必要とあらば、自分の壁にもチャンスにもなる記事には挑戦してゆたい。それ以外に書くきっかけは、自分の専門領域(ぼくはカクテル)を深めるためのブログでいいんじゃないか。そんな気がする。それは、2年間やりながら解ってきたこと。始める前にはひとつも想像できなかったなぁ。こんなぼくですが、ライターのおしごと、お待ちしています。

沖縄についてぼくが学ぶべき3つのこと

那覇観光スポットでもやたら人が集まる国際通り周辺には、大型書店のジュンク堂がある。ぼくは書店のなかでもジュンク堂が好きだ。だから新宿店が閉店してビックロに変わるとなった時には、すこし哀しい思いをしたのを覚えている。池袋は遠いしなぁ……とビックロ後はジュンク堂に全然行けてなかった。

前置きが毎度のように長くなっちゃたけど、その愛すべきジュンク堂に最近はちょくちょく足を運んでいる。それはどうしても吸収したいことが本棚にあるから。沖縄に約7年振りに戻ってきて、素直に思ったのは「あれ? おれ、沖縄のこと全然しらねぇぞ」ということ。そう、今は沖縄について学びたいことだらけ。さいわい、沖縄カテゴリ棚がどどんとジュンク堂には設置されている。

あ、「沖縄について」と言っても、それだけだとテーマがざっくりしてて広すぎるので、言葉をみっつ補う。「沖縄の歴史」「沖縄の野草」「沖縄の離島」について特に学ぼうかと思う。沖縄で自分で動き始めようと思ったとき、松浦さん(すみだ青空市ヤッチャバ事務局長)に「歴史の“縦軸”は何をするのにも抑えておいたほうがいいよ」と言われたのをふと思い出した。あとは、沖縄の生活には欠かせない薬草はご当地カクテルのために把握したいし、離島出身としては他の島色も知っておきたい。

歴史と野草と離島、このみっつを深めていくことで沖縄にある「くらし」を見つめてゆく。歴史上のイベントがどのように今残る(あるいは廃れてしまった)くらしに影響があったのか、くらしのなかで薬草はどのような存在として食卓に並べられたのか、島にあるくらしは都会のそれとは何が決定的に違うのか。くらしこそ、ぼくの大きな大きな関心事だ。

ということで、沖縄について無知すぎるぼくは、沖縄についてもっともっと学びたい。気になった情報は、自分の五感で確かめるべく、なるべく足軽に現場にすっ飛んでいこうと思う。新しいことをこんなにも一気に頭に詰め込むのはいつ以来だろう……。大学受験のとき? とにかくフレッシュな気持ちでいこう。いやいや、気持ちはいつもフレッシュで! 何歳になっても若造気分で学びたい。

あ、そういえば、モノレールの牧志駅すぐ近くに図書館も見つけた。さすが沖縄にある図書館だなぁ、と思わんばかりの史料もある。沖縄の食や手しごとに関する本も予想以上にあった。これは、いやはや楽しみだ。余裕できたら、沖縄の妖怪についても漁ってみようかな。

25日までは25歳、26日から26歳

だいぶ前の話だけど、26歳になった。百年生き存えるとして、四半世紀を終え、二巡目にやっと入った。おもしろくなってくるのはここからだ。7月26日が生まれた日だけど「25日までは25歳、26日から26歳」なんて年は考えてみると、一生のうち今年だけなんだな、と意外なところで自分にロマンチシズムを認めた26歳の夏。

ぼくは設計図をつくるのが好きだ。でも、建築物の設計図が描けるわけじゃない。そういう設計図でなはく、企画などの全体の骨組み(構成)を考えるのが楽しいだけ。26歳を過ごすための設計図を描く。何が自分の「柱」になるだろうか? パッと思い付いたものをあげると「真面目になまける」「違和感をへらす」「からだをよく使う」の三本支柱だろうか。これで一年はゆこう。肉付けをこれからしていく。

基本ね、その設計図に沿ってつくるんだけど、うまいぐあいに完成すれば、自分が心地よい空間を世界の片隅につくれる。ぼくは「くらす」という言葉についてよく考えるんだけど、くらすの意味は「自分らしく、自分のキャラを活かして、のびのびと人と物事と向き合う」ことなんじゃないかと思っている。心地よいあり方。無駄な萎縮や、体温を感じない人や物事との関わりは、くらすとは反対の行為。違和感だらけなのでやめたい。

ひねくれたことを言えば、元も子もないけど「26歳になったからなんだ?何も変わりゃしない」と、歳なんて実はどうでもいい。歳ひとつ変わったところで変わるもんなんて何もない。物事に対する姿勢をあらためるきっかけとして「歳をとる」というライフイベントが一般的にあるだけだ。さっき言った三本柱も別に誕生日を迎えたから決めたわけでもない。

何歳になってもしょうもない人はしょうもないし、すげぇ人はすげぇなと素直に感じるから、歳に重きはおきたくない。絶対に目を逸らせないのは、自分がやっていること/できること/かたちにしていること、の今と昔の違い。何かひとつでも進歩したか、あるいは退化したのか、その変化を事実として受け止め、自分のくらしを想いながら、ずーっと調整し続けることができるか。25歳の一年間での収穫は、自分がなまけものだと認められたこと、そして天邪鬼だけど悪いのか?と開き直れたこと。

とりあえず四半世紀おつかれ、次の四半世紀どうにかやれよ、おれ。みなさま、よろしくお願いいたします。

 

 

ファシリテーターとはなんだろう?

ファシリーテーターとは何だろう? ここ最近1~2年にイベント/ワークショップに参加する機会がめちゃくちゃ増えた。すると、よく耳にするようになった言葉が「ファシリテーター」。あるイベントでは「ファシリテーターやってね」と頼まれて参加したこともある。けども、未だにファシリテーターなるものがわからない。今回はちょっとその存在について考えてみようかと思う。

わからんものはまず調べる。これは当然なので、まずは英語訳から考えてみる。「facilitate」は「(物事を)促進する、容易にする/楽にする」と意味を持つ。ということは、単純に考えると「物事を楽にする人」となる。

さらにググってみて、ファシリテーターについて説明されているサイトでは次のように。「成果をあげるよう、人と人との効果的なコミュニケーションの場を作り、ひとりひとりのパワーを最大限に引き出し、多様な考えをまとめつつ、対立から合意形成に導き、実行に向けたモチベーションを高める」ですって。難しいというか複雑だな。わかりずらい!

もうこうなったら、自分でファシリテーターが何かを考えてみよう。直近で参加したワークショップがひとつあった。複数の学生が約15分間を使って、企業から提示される議題についてブレストする。そのファシリテーターを務めるのも学生。この一連を傍観するつもりが一緒に混ぜてもらえたので、その感想と一緒にファシリテーターとは?を僕なりにまとめてみる。

彼らと一緒に進めているなかで感じたのは、ファシリテーターを務める子自身が議題の意図が掴めていなかったり、気にしてもしょうがない言葉の定義に捉われてしまったり、メンバーの子の話を引き出す役目なのに自分が前のめりになっちゃったり、そんなところ。

もしかしたら、ファシリテーターが話を一緒に進めるメンバーとの「関係性」を無視しちゃったり、「笑い」の場面をつくれなかったり、何を発言してもよい「空気感」が欠けてたのかな。萎縮ではなく、ゆるーいのびのびとできる場ではなかったかもしれない。

ぼくがこれまで巧いよなぁと感嘆したファシリテーションは、「京都移住計画」の田村さんと田中さん。彼らは基本的に一歩引くスタンス。誰かに話を振るときは、とにかく喋ってもらえるように、ヒントになる言葉を巧く選びぬく。一人ひとりの表情を気にしながら、むやみやたらに話を振らない。自分が喋るタイミングでは、メンバーがハッ!とするような、気付きのマグナムショットを撃てる。いじったりいじられたり、笑いも大事にしてるし。その場の温度をすごく気にしてて、ほんと超繊細。

うーん、自分でも結局わちゃわちゃと書いてるなぁ……。きっとファシリテーターは一言でいえば「潤滑剤」なのかもしれない。その場の人同士の関係性も、議論の進行も、なめらかに事が運ぶように。元々の英語訳になぞって考えても、「楽にできる」ときって、おそらく緊張がほぐれてるとき。ピーンと張られたり、ぎごちないものを、ゆるませて、なめらかな動きをつくれる人。その意味で潤滑剤としていこう。でもまだ(仮)ともしておこう。

TV観てると思うのは、くりぃむしちゅー上田さんはきっとファシリテーション巧いだろうなと。共演者とのスムーズな絡みはすごい。本気出したらバラエティ番組でファシリテーターの心得学べそうだ。

にしても、まだまだわかっておりません「ファシリテーター」というやつ。ただ正直なところ、潤滑剤になる人はファシリテーターじゃなくてもいい。その場と時間が参加メンバーにとって心地よくて、彼らの結束にもつながり、問題解決に向けたアイデアがポンポン出るのであれば、誰がその役目を担ってもいいわけで。「おれ/わたしファシリテーターだから」と意気込まなくてもいいしね。とりあえず、ファシリテーターは今の学生にとってイケてる言葉らしい。

地域づくりなどに積極的に関わりたいと思う身としては、ファシリテーターとは?(その言葉よりも、その役割)をもっともっと考えんとね。

おじぃ、おばぁ、とできること

沖縄でしごとづくりを、と今考えている。考えているだけでなく、少しずつ動いている。テック系は少しずつ沖縄の地に参入しているらしいけど、土地活かしのために使われないテクノロジーはあまり興味が無い。Wifi回線と追ってればどこでもつくれるものを、人件費削減という見え透いた目的のために沖縄で盛んにつくろう、という考えには共感もしにくい。

土地活かしとはなんだろう。その土地の資源をうまく使うこと。資源には、そこで育てられた農作物もあれば、つくられた工芸品、人が集まれる施設、単純にうつくしい景観がある。そして、それをつくり上げる(つくり上げてきた)人こそ、最たるものだと思う。“人材”という言葉がここで活きてくる。

ぼくは、沖縄でやれたらおもしろいよな、と思うことのひとつに「おじぃとおばぁとのコラボ」を前々から挙げている。若い人のエネルギーをどうにかする、という動きはあちこちで起こっているようにも見えるから、そういうのはそういう人たちに任せるとして。

沖縄のおじぃおばぁは、とてつもなくエネルギーに溢れている。リタイア後の、畑仕事だけでは手持ち無沙汰なんじゃないかってくらいに。僕の出身でもある伊平屋島のおじぃおばぁを見てるだけでいつもそう思わされる。彼らはエネルギーだけでなく、やはり年の功もあり、若いぼくらが知らないことをよく知っている。おばぁちゃんの知恵袋とはよく言ったもんだけど、彼らの「知恵袋」「レシピ(料理)」「手しごと」「ゆんたく」は沖縄を伝えるためにきっと役立つだろうな。

なにより思うのが、核家族社会もあってなのか、やはりおじぃおばぁ世代の人と触れあう時間が圧倒的に少ない。地元の人はもちろん、観光でくる人だって、この地でくらすおじぃおばぁとの接点はあったほうがいい。昔からある沖縄のくらしを知る彼らはほんとうに貴重な存在。以前『永遠の0』という映画を観て強く感じたのは「そろそろ戦争体験をしてきた世代も少しずつ減っている。だからこそ、下の世代へつなぐ人も必要だな」ということ。これは戦争の話に限らず、カルチャー部分にも通ずること。

だらだら書いちゃったけど、ぼくは、おじぃおばぁという大きな存在が、沖縄を深く知るための必要不可欠だと思う。くらしの文化を次の世代につないでいくためにも。だからこそ、おじぃおばぁにスポットをあてて、彼らとの接点をどうにかしてつくりたい。そこにうまくテクノロジーを駆使できればいい。その動きがあわよくば自分たちのしごとにもなり、彼らの雇用にもつながったらいいよね、と思いながら準備を進めてゆく。うまくいくかどうかを考えるよりも、とにかく動く! という感覚を大事にしながら。

 

 

 

 

 

ぼくが未来のわが子に残せるもの

当たり前と言えば当たり前だけど、沖縄に戻ってきてからは母親と祖母と過ごす時間が増えた。すると、数ヶ月前に会ったばかりだけど、この間にも体調は変わってるんだなぁ、とかを細かい所い気付いてしまう。それとは別に、やっぱり血が争えないなぁ、と似てるとこにハッとしたり。

家族と話せば話すほどに、自分の一族について発見がある。例えば、大見謝(ぼくの姓)家にはちゃんと家系図が残っていたこと。これは3月に6年半振りくらいに帰省したときに知ったことだけど、正直驚いた。だって、大見謝は農民漁民の末裔だと思ってたから。首里城に家系図が保存されているらしく、そのコピーを親兄妹がそれぞれ持っていた。

ぼくは長崎に生まれて、横浜で8年程過ごし、それから親の出身である沖縄-伊平屋島で住み始めた。大学からは東京で、生きた年数を合計すると本土のほうが長い。だから、なんというか、沖縄にルーツを感じきれないでいた。姓は大見謝だから沖縄なんだろうけど、証拠がないし。だけど、家系図の事実は沖縄への親近感をグッと寄せられる話だった。

家系図のなかで、ぼくは、大見謝家でいえば分家で14世にあたると知った。その上に、母親がいて、もっと辿っていくと祖父がいて……と枝葉から根っこに向かっていく。大見謝家が長い長い間くらしてきた「脈」を感じるわけ。そうやって考えたとき、親がどんなくらしを体験してきたか、祖父は何を考えて過ごしていたか、どんな馴れ初めがあったとか(恥ずかしいけどね)、もっと上はどうだったんだろうか?と好奇心に火がつく。燃え上がる。

だって、自分のことだから。母親や祖父に祖母、家族を知ることが自分にすべて返ってくる。だから、もっと家族とは話をする時間を持ちたい。大見謝家の話に限らず、沖縄の昔の風景だったり、当時は何が常識で、どんな人が沖縄に行き来してたのかも。あと何回くらい、自分の顔を見せれるのか、そして話を聞けるのかと考えると正直ゾッとしてしまう。だけど、それは仕方の無いこと。いなくなってから、無い、と気付くよりも、ずっと残るものを胸にしまい込む。

ぼくに子どもができたときに、伝えられるものをひとつでも多く、と願って。

歩く、歩く、歩く。

沖縄にいる間は何やってるのか、というと、最近のぼくはもっぱら歩いています。

沖縄にがっつりといたのは、高校卒業前まで。

大学以降は東京にいて、大学1年の夏に帰省して以来、今年の3月まで戻ってもいなかった。

となると、沖縄のことをちっとも知らないわけですよ。

 

沖縄出身だからといって「沖縄のおすすめの場所教えてー!」と聞かれても分かるわけがない。

よくも考えてみろよ、ほぼ高校までしかいなかったヤツが、沖縄で遊んでこなかったヤツが、

沖縄のスポットを知るわけねぇだろうが!!!と思う気持ちをいつも抑えて、

「ごめん、知らないんだ〜」と申し訳なく謝っていました。

もしくは、旅行本に載っていたとこをあたかも知っていたかのように教えてました。

 

でも今は「ここに行くといいよー、〇〇さんなら好きだと思うよ」と言えるようにしたいです。

小豆島に3ヶ月ほど滞在して、やっぱり“地元の人が案内できる地元”がいいな、と思ったからです。

そういうのもあって、ローカルメディアもつくろうと準備に取りかかってます。

 

で、やっぱり知らないところは、歩いてみて、自分の目で確かめたいんですよね。

だから、ひたすら歩いています。この夏の時期もあって、汗だらっだらですけど。。

 

歩くことで高校卒業以降の空白の時間を埋めれるに違いない、と必死なんでしょう。

その分、入ってくる情報ひとつひとつが新鮮ですし、身に残ってる感覚があります。

 

数日前に書きましたが、特には国際通り周辺を歩いてます。

あとは、高校時代によくうろうろしていた那覇新都心近辺ですかね。

 

沖縄旅行でくる友人に勧めれるようなお店も、何軒か見つかってます。

もろ観光!みたく消費的じゃない、くらしに沿った生産的な場所を、もっと発掘できたらと思います。

 

とにかく、歩く、歩く、歩く。歩きまくります。

おもしろいこと、おもしろい場所、おもしろい人は、

自転車や車やモノレールのスピードでは見過ごしてしまいそうなので。

 

自分の足と目でと耳とは鼻と口をつかって、よい縁がありますように。

 

言えないよ 好きだなんて が好きだなんて

好きな子に、好きと言えないままに、去ってゆく。

そんな気持ちを想像してみた。

 

いや、何か特別なことがあったわけじゃなくて、

朝からコーヒーを啜っていたら突発的に思い付いただけなんだけど。

 

言えないよ 好きだなんて

 

という歌詞の、『言えないよ』というMR.ひろみ郷さんの名曲があるけど、

あれをまず思い付いちゃう。

 

はじめて、じっくと歌詞をみてみる。

途中にあるんだけど、

 

ひとつ前の恋の話

いつか僕に話したね

安心して頼られるたびに

弱気になる

ああ きみをだれかにね

さらわれたら 耐えられないくせに

 

解釈はさまざまだと思うけど、

ぼくとしてはここだけ切り取ってみると、

“相手を知れば知るほどに、相手との距離が遠ざかるような気持ちに。自分じゃだめかも、と弱気になる。それでも好きでしかたない、けど好きとは言えない”

みたいな印象を受ける。

 

いやぁ、とても複雑な大人の恋だなこれは。

 

好きな子に、好きと言えないままに、去ってゆく。

これで、ぼくがパッと浮かんだイメージは、

“時間と場所のすれ違いが原因で、好きだと言えず終いになる”

みたいなやつ。よく転校とか引っ越しでありそうなやつ。

郷さんを聴くと、浅はかだなおれ、とお恥ずかしい。

 

リンク貼るのは野暮なので、「郷ひろみ 言えないよ」でググってみてください。

あらためて、名曲だ。

 

歌詞と照らし合わしながら、じっくりと曲を聴く、

ものがたりを想像して、自分と擦り合わせてみる、

実はこれってゆたかな時間だよなあ。

耳と脳をちゃんと使えてるもん。

国際通り、おもしろすぎるよ。#沖縄

ここ数日、毎日のように那覇の国際通り(周辺含む)に行って、歩いて回って、見て聞いて食べて撮って、どんな人がここでくらしていて、どんな人がはたらいていて、どんな人がどんな目的で訪れているのかを考えてた。

そこで感じたのが「観光地としての国際通り」よりも「地元として国際通り」の楽しみ方がもっとあるんじゃないか、ということ。観光向けの煽りばかりの商売も情報発信も、ぼくとしては正直つまらない。消費的な気がしちゃって。

昨日いったタコライス屋さんは、プレイルームを設置してて子どもも遊べるし、親子で時間を過ごす人が多かった。地元に根ざしているかんじで、観光臭はなくて、あったかい空気感。心地よかった。そういうくらしの一部となっている場所は注意しながら探せばかなりありそう。路地裏とかディープな匂いするし、ほんとおもしろいよ。

昔からここに残るもの、少しずつ変わるものを届けるローカルメディアをつくろうと半年程前から考えてたけど、ひとつヒントを掴めたなぁ。

ちょうど今から拠点にしようと準備してるのが、渡嘉敷島や久米島などの離島とむすぶフェリー乗場「とまりん」近辺(モノレールでいうと最寄りは美栄橋駅かな)。距離もほどよく近いし、「たそかれ珈琲」さんや「RENEMIA」さんなど、何度も通いたい場所も見つけたし、うまく条件が整ってきている気がする。

とりあえず、文字か写真かでかたちにしていく。それが、曲がりなりにもぼくができることだから。ひとりじゃ大変だから、チームを組もう。探さなきゃな。

「続ける」から「毎日続ける」へ

ブログは約2年半程やってるけど、毎日続けて更新したことがない。

それは、お気楽にであっても、ブログが「続くこと」に重点を置いてたから。

基本的な性質として、熱しやすく冷めやすく、三日坊主であるぼくにとって、何よりも「続くこと」の意味は大きかった。

 

振り返ってみると、「あれは続かないけど、これなら続くなぁ」とか、

「続くのは、自分が好きなこと、熱狂的におもしろいと感じること」など、

自分を楽しませるための法則が、ブログの継続によって掘り起されてきたような感覚。

 

続ければ続ける程に、自分という人間の性質、ざっくりというと“キャラ”が見えてくる。

おまけに、続けていれば、知らず知らずに少しずつ、書くスキルもましにはなってくる。

ここでいう「ましになる」というのは、

自分の書いた過去記事を見て「下手だなぁ」という感覚を持てるようになることと、

書くことに対してストレスが減ってきて、記事更新するまでのスパンが短くなること、

のふたつ。

 

最初はボールを投げるのすらままならなかったけど、キャッチボールを定期的にやることで、投げるぎこちなさを無くせるような状態に。

あくまで、キャッチボールレベルだから、試合に活きるほどのレベルかは別のはなしだけど、気持ち良くは投げられるようになる。

キャッチボール程度ならブロガー、試合でも通用するくらいならライター、みたいな個人的分類。

自分の思ってることを、ストレス無く、言葉にできるだけでもかなり心地よい体験だと思う。

それだけで、くらしも少しは充実する気がしてならない。

だから、ブログは楽しいもの、とぼくは思い込んでいる。

 

そして、今は新たな境地に立っていて、

とにかく続けてればいいよ、から、毎日続けてみよう、にフェーズが変わるとき。

ここ1ヶ月ほど、気持ちがフワフワとしてて、妙なしこりとモヤモヤを感じまくっている、むしろこのときこそ!

自分のキャラの大枠を掴みたいので。

 

毎日続けている、という若干の自信もほしいし(ちゃんとできる気がするし)、

あとは「書く」練習頻度を上げることで、もっともっと上手く(あるいは、ましには)なりたい。

一定の量を超えることでしか辿り着けない領域に足を踏み入れたい、という気持ちがある。

 

なので、ブログをただ「続ける」だけなく「毎日続ける」とする。

いくつかブログ運営をしてるので、同じ媒体で毎日じゃなく、どっかしらで1日最低1記事としようかな。

 

一緒に始めてもいいよって人、いると心強かったりもします。誰か。