初心忘るべからず、的な

10月前半を駆け抜け、大小はあるけど、仕掛けた&登壇させてもらったイベントが5つくらいあって、それが終えたもんで、一瞬ちょっとだけ緩んでいる。反省点だらけで、やればやるほど、自分のポンコツ性とか、へたれであることに気づけて、ほんといい機会にはなった。

巻き込んでしまった人、巻き込まれてくれた人にはまず感謝。ありがとうございます。

というのと、地域や暮らしにまつまる内容を扱いつづけるなかで、参加者に問いを投げていたようで、一番ぶつけたかった相手は自分自身だったみたい。ってことにも気づく。

なんとなく、”東京”のあまりよくない磁場に引っ張られ、やろうとしていた方向を見失うまではいかないけど、ちょっとブレかけてたから、ふわっと浮きかけてたから、足場の再確認ができて、ちゃんと着地はできたのかなぁという感じ。

結局、他人に向けてやってることは自分に返ってきてるし、根本を言えば、自分のためにやってる感はあるわけで、その自己中心性からはじまってるのだとある程度の自覚もしている。自分が弱っちいタイプの人間だからこそ、精神性/身体性を保つために、なにかしらをアウトプット/表現しているということ。

「初心忘るべからず」

とはよく言ったもんで、「忘れる」とかのレベルでなく(「忘れた」という意識はあるのはまだまし)、自分のなかで大切にしていることをそもそも考える暇を与えずに、意識することすらできない、隙間のない暮らしというのはこわい。

この「初心〜」の文句が名句としてあり続けるのは、きっと「そんなもんわかっとるわ」と一個人の頭(内部)では拾えるものの、社会のなかで活動するとき環境(外部要因)に邪魔されることがほとんどで、「頭ではわかるのに実践は難しい」てのと、「自分一人だけでどうにかしてうんぬん、ということでもない」ジレンマで苦しむ人が多いからなんだろう。ようは、分類すれば「あるある(つらい編)」の名句というか。

なにはともあれ、「自分の居心地のよいサイズ感で、動く、あそぶ、ふざける」というのが、ぼくのなかで初心のようなので、ここをなるべく見つめておきたい。そのための目印としても、「カクテル」「妖怪」、そして「ブログ」というのはあるのだなあ(と勝手に納得したわけです)。

あと、初心とはべつの心をもうちょっと持ってみようかな。下心も忘るべからず、で。

主役は一体だれか – 福祉や教育における上から目線

学生時代は、外国系の大学にいたんだけど、教授とのご縁だけで、国際比較教育ゼミにまんまに入ってしまった。

ぼくの研究は、オランダのオルタナティブ教育(特にはイエナプラン)だった。まあ本題は次なんだけど、そのときに、先輩後輩含めてゼミ生はかなりいて、発展途上国の「開発教育」「教育開発」なんかをテーマにしてる人もそこそこいて、その人たちの基本的な研究をはじめるときの言い分って「(もろもろ)恵まれなくて、かわいそうだから」というのだった。

それって、感動ポルノの話に通じるものがあるよなぁ、と感じていて、「自分は恵まれた国に生まれたから」=「自分は五体満足だから」という一つ上から目線で、各対象を見ていて、物事を語っていて、そもそもズレてるよね、という気がしてならない。

だから、「与えてあげる」という傲慢なスタンスなんだろうし、それによって、「満足しているのは一体だれか?」という問いすら持っていないのだろう。そうやって自慰的行為を多産して、”やってる感”ばかりが生まれるけど、実質、動いたものは少ない、という状況になりかねない。

どういったかたちであれ、相手の個性や文化を尊重したうえで、「魚を与える」でなく、情報不足な知人に「魚の釣り方を共有する」というようなスタンスにならなければ、福祉も教育も、本質的には変えられないのかもしれない。

結局、一人ひとりが持つ人生であって、環境や周りの人が変わるきっかけはつくれるかもしれないけど、変わるためには本人の意思と、行動でしかないと思う。そして、その人の意思や行動力というものはあなどっちゃいけなくて、「すべてをこっちがしてあげなきゃいけない」というエゴは捨てたほうがいい。

「主役は一体だれなのか」

そんな意識を持って人と付き合っていくことは、どんな対人関係であっても、大切なんだよなきっと。

「離れ方」ないし「委ね方」というのは、ここ数年の一つのテーマだけど、たまたまFacebookで流れてきた記事を読んで、メモをば、と思って書いていたら、「これって、場づくりに通じることやな」と気づき、すべてのことには通じるエッセンスというものはあるのだなぁ、と改めて実感する。

(となれば、どんな人、物、事に関われど、それは自分の視点の置き方、切り取り方次第なのだろう)

振り幅はあるか、緩急はあるか

「振り幅ある人がいいよね」

最近は、お酒を飲むときには、そんな話をすることが多い。ぼくがよく口にする「振り幅」というのは、「バランスがとれているか」という意味を含むし、特には「都会と田舎(の価値観)の振り幅」という文脈で使うことが多いかもしれない。

全国各地を見渡してみれば、都会の仕事を軸にしたオンタイムで動くような価値観もあるし、田舎のように時間がゆったりとすぎ口約束でだらだらっと物事が進んでいくような価値観もある。個人のパーソナリティと進んでいきたい方向性との相性でしかないはずなので、どっちが絶対的に良いというのはない。

ただ片一方の価値観しか知らずに過ごしていくのと、両方を知って(どちらかを選択しているという感覚で)過ごしていくのでは雲泥の差はあると思う。(もちろん、その価値観が「頭でわかる」というのと「体に馴染んでいる」というのも雲泥の差でもある)。

それは自分の暮らしに対する見方が変わるだけじゃなく、他人に対する寛容さにも影響していくだろう。一つの価値観に縛られて、それでしか他人を評価できない人はたくさんいるけど、そういう人を見ていると、少し寂しくなるときが正直ある。

これは「都会〜田舎」の振り幅で考えるだけでなく、仕事の分野の振り幅として考えてもいいはずだ。例えば、IT畑だけにしかいない人の価値観は、若干偏ってるなぁと感じるときもある。それは、デザイン、法律、バーテンダー、農業、役人、ライターなど、どの分野にいたとしても、一つの畑のなかだけにしかいない人は「振り幅がない人かも」と感じられてもしょうがない。

他の分野の人はどんなことを考えているのか、目の前に同じ現象が起こったときにどんな視点で捉えるのか、その振り幅が多ければ多いほど、多角的に物事を見ることができるはずだ。だから、業種における振り幅がある人(例えば、哲学科出身のデザイナーとか農家出身のライター、エンジニア兼広報)というのは、ある意味、頭の中に2人分の人格が入っているような感じがする。

最近では「H型人材」や「越境者」がこれからのイノベーションを起こす、という話はあるが、これらは”思考(立場)の振れ幅”に通ずることだと思う。「あっちにも行けて、こっちに行ける、だけど中立も保てる」というコーディネーター的な存在は大きく、そういった立場の人が絡まないと、生み出せないものはきっとある。

(都会であれば余計にだが)専門性を掘り下げることに価値が生まれやすいからこそ、その二つ(以上)の専門性を重ねる技術は好まれるのではないだろうか。

ぼくは昔野球をやっていて、マウンドに立たせてもらうこともあったのだが、「ピッチングフォームが硬い」と言われることがよくあった。ボールを握って、投げ切る最後まで、全身に力が入りすぎていた。「力を入れるところ、抜くところ、この二つがバランスよくあるからこそ、いい球が投げられる」ということをここで学んだ。配球においても、ストレートだけじゃなくスローボールや変化球を混ぜることも含めて、「緩急」が必要ということだろう。

都会だけ、一つの職業だけ、というのは「力が入りすぎている」状態に近いとぼくは感じていて、そこの田舎や他の職業の価値観を取り入れ「力を抜くこと」で、伸びのある暮らし、明日に向かってのよい球が投げられるのではないか。そういう、振り幅、緩急というのは、いつもいつも社会(そして自分)の課題でもあるかもなぁー。

居候のすすめ

変わった仕事をしてる人と、いっしょに生活をすることについて。

ぼくは1年半ほど居候生活をしていたときがあって、そのときに学んだものが本当に多かった。例えば、2年前の小豆島滞在時には、「四国食べる通信」編集長のポン真鍋さんの家に居させてもらっていたのだけど、彼は毎朝5時台に起き、寝起きと同時にすぐに仕事をし始める。おそらく、FBで更新しているポン真鍋新聞はこのときに書いている。

一先ずの作業が終えると、そそくさと着替えはじめランニングに出かけるというお決まりがあった。ぼくは、朝強くないので丁度ポンさんがランニングから戻る手前くらいに起き始め、ゴミ捨てなどを行うというなあんばいだった。ポンさんが起きてカタカタやっていることは、部屋は違えど、完全に起きれないぼくでも気付くのはたやすくて、彼を目覚ましにぼくも何度か作業をしようとしたが、なかなかできない。そういう意味で、習慣ってすごいよなぁ、と思ったわけで。

それ以外にも、暮らしと仕事の境界線があるようでないポンさんの生活をみていると、そして、これまでの仕事の話について聞く機会も多いなか、なんとなく見えてくるエッセンスみたいなものはあって、それが今の自分の動き方につながっているものもあると思う。小豆島を出てからも、ライターとして先輩のおうちでお世話になったりもしたけど、おなじ職種であっても、仕事の仕方は全く違うのから、こうやってるんだなぁ、と盗めたものも多かった気がする。

少し観点は違うけど、トキワ荘みたく漫画家の卵が集まっていた場の熱量はすごかっただろうし、互いが互いに、切磋琢磨にしれっと(ここ大事)技を盗み合っていったんだろうなぁ。そういう寝泊まりできる場があるというのは、正直うらやましいかぎりで。

結局のところ、ここでなにが言いたいかというと、そんな具合に、話を聞いてみるだけではなかなか想像もしにくい、変わった仕事をしている人がいれば、いっしょに住んでみるといい。そうすると、人物像だけじゃなくて、その人の仕事の表面の部分だけじゃなくて、裏側も見えてくるので、すごくおすすめ。

会社でインターンするとか、仕事旅行社のようなサービスで、仕事人と触れ合うのっては、仕事のやり方・価値観のような「裏側をのぞく」という意味合いも少なからずあるだろうし。もしかしたら、そこに尽きるのかもしれない。

お金はいらないから、丁稚奉公をさせてくれ、という働き方の根本には、そういった、教えてもらうのではなく盗み取る、という経験を積むためにもあるんじゃないだろうか。ぼくは、恥ずかしながら25歳のときにそんな学べるような居候をさせてもらっていたのだけど、それよりも若い人、特に大学生や新社会人になってみたはいいけど早くして退職ちゃった人などは、そういう経験しておくと、なんか変わってくるのかもな。たまに、そう思う。

確信より勇気を

なにか行動を起こしてみようと思うとき、「確信」と「勇気」のどちらが大切だろうか。すでに動き回っている人、これから動こうとする人を、遠目・近目で見たり、実際にその想いの変遷について話を聞いてみると、ぼくなりの答えがでた。勇気、だ。

その「勇気」とは、こわいと思ってても、しっかりと足を踏み入れる(まずはスタートしてみる)勇気。また、自分の知識・経験・技術的に、できるかできないかわからないけど、試してみる勇気。もしかしたら、それは、自分でもできるかもしれない、という可能性への時間とエネルギーの投資とも言える。

反対に、これは100%できる、という想定内・案パイの「確信」だけで動こうとしている人は、どこか動きが鈍い。あれができたらこれをする、というような順序ばかりを気にしてて、その100%の確信がくるのを待っている間に時間だけが過ぎていくことは少なくない。一歩踏み出せとは言わないから、半歩でも踏み出して、背伸びしてみる勇気がこういった類の人には必要なのではないか。

そもそもの話、人間がなにか物事をやれるかどうかは「慣れ」の部分に起因していることが多い、とぼくは思っている。それにも関わらず、手を出してみたこともなく、その感覚も分からない状態で、他人からもらった理論だけで確信に迫ろうとするもんだから、たちが悪いの。精神論のように聞こえるかもしれないけど、「やってみないとわからないことばかりだから、まずはやってみろ」という一言は的を得ているはずなのだ。

例えば、よくいるタイプで「ライターになりたい」という人が「何も書いていない」という状態だったらどうだろうか。作文用紙でも、ブログであっても、SNSでも、なにかしら書く鍛錬をしている、そうして、他人に見せられるかたちがある人とない人では、段階に雲泥の差があることは明白だ。童貞のセックス論ほど、聞き耳を持たない(いや、視点を変えて、ほじくりはじめると、これはこれはおもしろいのだけど)。

ぼくのまわりにも「ライティングをやってみたい」と口にする輩が何人もいた。その言葉を放ったほとんどが、一年以上経ったいまになっても、何もやっていない。理由を聞くと「もうちょい人に見せられるようになるまでこそこそとやるんだ」とか「他のことが忙しくて」とか、「そうか、ここは無心を心得よう」と感じる返答ばかり。

そして、そうではない、ごく一部の人たちが、なにかしらをなにかしらの媒体で書きはじめた。その一人は、自分でブログをはじめて、自分の文章の気持ち悪さに気付いて、おえつしそうになりながらも、定期的に、少しずつ少しずつ更新していた。そのなかで、Webの性質もあって、わりと反応のもらえる記事を書くことがあったようだ。

そこで、はじめて、自分のつくったものに対しての、他人の反応・声を肌感覚で得ることができた。ここで大事なことは、“肌感覚”で掴めたことであり、やっている人にしかわからいことをやり続けることで、自分の手でつかみ取ったことである。童貞を卒業したからこそ、少し、あか抜けたというか、一皮むけたというか、表情がひとつ変わったというか、そんなところだ。

その彼を見ていて、ぼくが思ったのは、最初にものべたように、これは確信でなく、彼の「やってみる」という勇気の勝利であるな、ということ。自分にできるかできないか分からないけど、やってみることで「なにができるのかできないのか/なにが得意で、なにが苦手か/輪郭のある課題や感想」がごっそりと出てきたようだ。

そんな偉そうにいえる立場ではないけど(これから彼がライバルになるかもしれないし)、素直に彼を賞賛したい、やるじゃん、と思った。そして、同じように「やろうと思ってるのに、なかなかはじめられない人」は、確信を待つのではなく、ただすでにあるはずだけど隠れている勇気を振りしぼってみるといいのではないかとも思った。

半年後、一年後くらいに、その勇気が、いま自分の周辺にある物・事・場所、あるいは、すぐ近くにいる人に対する目線を変えてくれるかもしれない。

 

売れる(任される)準備ができているか

好きな劇作家として、小林賢太郎がいる。彼の著書『僕がコントや演劇のために考えていること』を読んでみると、「つくり方をつくる」など舞台に関わることのない人にも参考になるフレーズが散りばめられている。その中でもわりと気になったフレーズが次のもの。

売れる準備ができているか

芸人として売れたときに、いまだかつて挑戦したことのないような新しいチャンスが増える。その段になってから挑戦するのではなく、売れる前から準備をしていれば、慌てることもない。だからこそ、売れる準備を意識したうえ日頃を過ごしている人は強いのだ。

下積みは、売れるための蓄積だけでなく、売れたあとまでの貯金をつくっておくためにあるものだと言えるかもしれない。

とはいえ、ぼくらは芸人ではないので、「売れる」という感覚はなかなか親しみを持ちにくい。そこで少し言葉を変換してみて、「売れる」を「任される」として考えると、一般化できるのではないかと思う。

「任される」はいろんな受け取り方ができる。今までやれなかった仕事を任される、先輩として後輩の指導を任される、子守りを任される、あるい、会社を任される、など、(信頼ありきで)人から人へと任すようなやり取りは日常茶飯事でないだろうか。

ここで小林賢太郎の「売れる準備」をぼくなりに転用してみると、「なにかを任されてから、そのやり方を考える」のではなく、「それを任されることを見据えたうえで、イメージトレーニングしておくこと、今まさにそれをやっている人のやり方を観察すること・盗むこと」をやっておけるとよいことになる。

センスの塊でないかぎりは、時間がかかる。例えば、会社の中で(役職として)上司になったとしても、いきなり上司になりきれるわけでない。立場が変わることによって、どのように振る舞うかどうかは変わる。言ってみれば、最初は上司見習いから始めるわけだ。そうなったときに、その見習い期間を早めるためにも、部下時代からしっかりとよい上司の振る舞いを観察しておくことはよい準備なのだろう。

つねに“当事者意識”を持って、「あの立場・状況になったら自分ならこうする」というケーススタディができている人は、今でなく未来を見ている。実は、スタートを切る前の準備で、ある程度の結果は見えちゃうのかもなぁ。目先のことばかりに捕われてしまうのではなく、ちょっと先を見据えて、虎視眈々と、せっせと準備をしていくこと、それこそ必要なんじゃあないか。

バーテンダー時代に「準備8割」と師匠にこっぴどく言われていたことが脳内に響きわたる、今日この頃です。

“有る”時代に生まれてきた子どもたち

ぼくが育った場所は、沖縄の端っこにある離島だった。島には集落が5つあって、人口は1300人ほど、ほとんどが高齢者で、それでも当時の同級生は20人はいた。島の面積の半分以上が山と畑で、そのまわりは透明度の高く、青のグラデーションをこれでもかってくらいに見せてつけてくる海、海、海。そんな場所で、ぼくが島から出るまでに触ったパソコンは、中学校の情報かなんかの授業くらいなもんだった。

高校は那覇だった。進学校と呼ばれるようなところだったけど、ただやはりここでも情報うんぬんの授業でパソコンは触れる程度で、その頃は、ほとんどの近い学生がケータイは持っていたけど、ガラケーだった。家にパソコンがあって、当たり前のようにネットに繋げるような家庭環境になかったぼくがインターネットというのを日常的に使える段になるまでは、まだ時間がかかった。

大学から上京した。いや、その前にあった大学受験の話をしておこうかな。英文読解のテーマが「Wikipedia」だったのを覚えている。よくパソコンをいじっているような学生からすれば(同じく受験していたぼくの友達はそうだった)、身近な内容だったのだろうけど、ぼくからすればトンチンカンな言葉が並んでいて、イメージなど到底できない内容であって、目に見えないようなヒエラルキーを大学受験で感じた経験だったのをよく覚えている。

そのこともあってか、まんまと不合格となったぼくは、懲りずに後期もその大学を受け、どうにか入学できることになった。あれは意地だったな。ほんとに。話を戻すと、入学後は、大学図書館に行き、興味持ったものをひたすらパソコンを使って調べるというのが毎日のように続いた。こんな便利なものがあったのか、と乾ききったスポンジがぎゅいぎゅいと水を吸うかのように、調べまくった。本なんててんで読まずに……。

スマホが出てきたのは、ぼくが大学3回生くらいのときだったか。いやちょうどiPhoneがどこのキャリアから出るんだ?という時期が過ぎたばかりで、それがSoftBankになったもんだからdocomoユーザーのぼくはえらくガッカリして、だけどちょっと待っていたら「Xperia」が出るぞとなって、国内初のiPhone以外のスマホにぼくはすぐに飛びついた。今考えると、びっくりするほどモッサリとした画面で、タッチ反応も遅かったけど、当時からすれば、あれはほとんど神器だった。

いつでもどこでもインターネットを持ち運べる、調べたいことを調べられる。元々、超田舎で育った、超アナログだったぼくが、その環境を得るというのは、まさに人類の進化の過程をたどるかのようで、やっと現代人らしくなれた瞬間ではなかったか、と大袈裟かもしれないけど、そう思うのだ。ちょっと前に遡ると、ずっと紙の辞書を使って英単語調べていたのが、電子辞書を使いはじめ、驚愕したような体験があったけど、それのもっともっと上を行くような衝撃、とでも言っておこうか。

こんだけ自分の過去を並べてみて、何が言いたいのかというと、ぼくは27年という短い人生の中で、インターネット環境が“無い”ときから“有る”時代を体感してきた。ぼくの上の世代もきっとそうだろうし、それがぼくのようなあまり裕福でない家だったり、田舎出身だとすれば余計だろうな、とも思う。だからこそ、その“有る”ありがたみは沁みるように感じてる。

だけど、デジタルネイティブという言葉あるように、生まれてきて自我が芽生えてきた頃には、既に“有る”環境に放り投げられた子どもは、“無い”ことを知らないし、それを知るための機会すら得にくいだろう。彼らにとっては、不足があって得たツールではなく、それが不足もないままに当然のようにあるツールなのだ。その構造によって奪われている想像力はどれだけあるだろう?

今の子どもたちも成長し、いずれは、アナログ時代を知っているぼくら以上の世代とも一緒に仕事をすることになるだろう。そのときに、“無かった”世代への想像力が働きにくいのはもったいない。「分からないなら、調べればいいじゃん」という今風の発想とは別に、「まずは自分で体験してみろ」という非効率にも聴こえるが実は的を得ているような発想を、妙に賢くなってしまった頭では、すぐに、素直には受け取れないだろうから。

「便利に時代に生まれたよね」とある人は言うかもしれないけど、もしかしたら、今の子どもたちは、昔の子どもたちよりもずっと不幸なのかもしれない。それは文明利器に頼りすぎて、思考力や生命力が低下してきた人間の最たるは現代人だろうし、その最たるは時代が過ぎていくとともに更新され続けるに違いない。現代人は、原始人よりも、ずっとずっと弱い生き物だよな、とふと感じてしまう瞬間すらある。

“無い”時代を経験してきたぼくらが、“有る“時代に生まれてきた子どもたちにできることは、きっと“不足”を与える機会をつくること。押しつけるかたちでなく、一緒に楽しむようなかたちで。“無い”なら無いなりにできるやり方を考える、その過程と実践を楽しむことはできるはずだ。チャッカマンを忘れたキャンプでも、きっと生き残る術も楽しむ術も残っている。

不足が足りない今だからこそ、不足への意識を持って、大人は責任を持って子どもと接していかなければとならない。そして、ぼくが思うのは、インターネットとは違ったぼくの知らない不足を、上の世代から聞き、体験できることは体験し、次の世代へと繋げていくこと。“足りない”概念こそ、人を逞しくするものだと信じて。

東西のファシリテーションの違い(水上学舎を終えてみて)

いま、ぼくは「商店街」に熱狂していて、これをテーマにしたメディアづくりと場づくりを進めている。場づくりでいうと、那覇・牧志公設市場のある商店街のなかで、「水上家」というスペースを運営している。なぜこの名前なのかというと、ガープ川の上に建った「水上店舗」に入っていて、家のようにだれでも来れて、県内外のどんな人もくつろげる場所にしたいとの想いからだった。

そんな場所で、定期的に「水上学舎」というイベントをやっている。商店街のなかに学び舎を、子どもから大人まで、学び続けたい人、新しく始めたいなにかを持つ人が集まる場所をつくりたいとはじめた取り組み。カフェやしまくとぅば、エネルギーに写真をテーマに、これまでに9授業を行ってきた。

最近やったばかりの授業が「ファシグラ(ファシリテーション・グラフィック)」をテーマにしたもの。京都からはるばるハルくんに来てもらって、ファシグラの実演、座学、実践を3時間に込めて「情報整理」のコツを参加者のみんなで共有しましょう、という趣旨のもと今回は進めてみた。その会の前後も含めて感じたことを取りまとめておくことにする。

 

ハルくんと一緒に打合せをしていたときに、思わず聞いてしまったのは「どの地域がファシグラ盛り上がってるの?」という質問。関東と関西はやはりその地域に当てはまるのだけど、驚いたのが「新潟」という単語も聞こえたこと。学校教育のなかにファシグラを取り入れていれようとしてるのってのは楽しそうだな、と単純に思った。

少しツッコんで、元々違和感に思っていたことをハル君に再び訊ねてみる。「関東と関西のファシリテーションの色って違う気がするんだけど、どう思う?」ぼくは、ざっくりと言葉を選ばずに言えば、強者に重きをおいたファシリテーションをするのが東、弱者に重きをおいたファシリテーションをするのが西、という印象を持っていた。そのあたりについての確認の意味を込めての質問だった。

これまた簡単に省略させてもらうけども、ハルくんは「西、というか京都のほうが、掬い上げるような場づくりをする傾向がある」と答えてくれた。感度が高くて何かを自ら進んでやっていくタイプは積極的に場に参加してくれるからいいのだけど、そうでない、ある種、すぐにそういったギラギラタイプについていけないような人が居心地よく、そして、参加しやすい場をつくっていくのが京都式なんだ、とぼくの頭では納得したし、勝手に確信を得た気持ちになった。

だから余計に、ぼくみたいな弱者、ポンコツのような人間は、京都の場に参加すると心地よいのだと思うし、そういった体験があるからこそ、動きたいけど動けていない人たちへよく目がいくみたい。バーテンダーとしてカウンターを立っていたとき、飲み慣れて楽しそうに過ごしている人よりも、初めてかのように、ぽつんと一人でそわそわとグラスを手にとる人のほうが気になっていたのはそれだった。きっとそうだ。

沖縄における場づくり、そして、ファシリテーションのあり方は、きっと京都から学びを得たほうがいい気がするし、相性がよいとぼくは思う。なぜなら、いろいろな理由で抑圧され、自己肯定感の少ない人が多いように感じるから、(ぼくも含めて)その人たちを掬い上げる、というか、(言葉はおかしいけども)一緒に掬い上がっていくような場が必要だからだ。

 

まあ、そんなことを事前に感じながら、開催したファシグラの授業だったんだけど、うれしかったことは、「ファシグラ」という言葉を知らずに場に参加してくれた人が大半であったこと。未知との遭遇ではないけど、未知ってこわいものにも関わらず、思い切ってこの場に参加してくれた人たちには、本当にありがたいなぁ、と思ったし、運営側としては驚くばかりだった。

ハルくんが授業を進めていくと、これまた勉強になったのが、その会の進め方だ。アイスブレイクから、参加者が手を動かしてアウトプットするときのテーマの設定の仕方、話題の振り方が絶妙だなぁ、とただただ進行に関心させられた。沖縄全体的に言うと、偉い人が一方的に話して、インプットだけで終える形になりがちだから、インプットとアウトプットが交差し、ゲストと参加者が双方向にやり取りできる安心・安全の場づくりはさすがだったなぁ、と。

ファシグラの技術的な話をしてくれたときに、「ペンの持ち方」から教えてくれたんだけど、そこからこだわるのか!とその説明が入らないと気付きにくいけど実は大切なことが、ハルくんの口からポンポンと出てきてなるほどの連続で楽しかった。

会の最後に、参加者みんなから感想をもったんだけど、「字に個性が滲み出るかんじがいいですよね」と言ってくれた人がいて、その“お手製”感そのものが、場をあたたかくするなぁ、と共感させてもらったよ。

 

人と人、人ともの、人と場所、いろんな繋がりがあるけど、その関係性を整理して、ちゃんと可視化することによって、その場の議論をよりよい方向に持っていくためのファシグラ。

ライターとしても情報整理の仕方は似ているなぁ、とも思ったのと、どっかのイベントレポートを書くときに、ファシグラもやりつつ、その場で描きあげた成果物を使って記事を書くような“ファシグラ的ライター”がいてもいいのかもしれない、これは重宝されるぞ、と一瞬思ったので、少しずつファシグラについて学び、実践する場をつくっていこうと熱く思った。水上学舎のファシグラ部ができる予感……。

(や、このエントリ、実は1000字以内でまとめようと思ったのに、その倍以上も書いてしまい、本当にファシグラから情報整理のコツを学んだのかおまえは、というツッコミがありそうなのだけど、そこはソッと伏せておいてください、ね)

 

熱狂するものはあるか?

1988年生まれは、ゆとり世代と言われてて、諸先輩方は「考えてることが、よくわからない」と感じる人も多いかもしれない。そんな年に生まれたぼくでもさらに「よくわからない」があって、それは、今のU–25の世代に対してだ。大きく括っちゃえば、平成生まれにあたる彼ら。現役学生さんとよく話をさせてもらう機会があるんだけど、彼らのなかに「熱狂」を感じることが少ない。それは大きな疑問なのだ。

熱狂するのはなんでもいい。スポーツでも音楽でもマンガでも、バイトでもフィギュア集めでも、DIYでも山登りでも、ファッションでも寺巡りでも、研究でもインターンでも、描くことでも書くことでも、だれかと飲むことであっても、YouTubeを徘徊しまくっていたって、ブログであってもいいし、〇〇の追っかけ(ファン)だとか、もはやAV観賞でもいいし、単純に彼氏彼女にお熱すぎてもいい。

そういう一辺倒になれる対象がある下の世代と会う機会がなかなかないな、というのが言いたいことで、言い方をちょっと変えると、“中途半端”な人が多いよなーさえ感じてしまう。彼らと「これ好きなんです」「これ興味あるんですよ」という話になったときに、話を掘り下げてきこうとすると、スコップがすぐにカキンと底をついてしまう。

おそらく、その「好き」とか「興味」がもはやファッション的な感覚なのかもしれない。そう言っておくとウケがよい、という世間体を気にする視点が根底にある。だから、それに対して造詣を深めようともしないし、しようとしても結局は、周りへの承認欲求がはじまりというか。そして、だれかが教えてくれる、という条件がなければ、学ぶ姿勢も薄い、そんな気がしてならない。

だれの目も気にせずに、だれに言われなくても、反応もらえようがもらえまいが、勝手にやっていくし、どんどんどんどん掘り下げていけるもの。それが「熱狂」とぼくは思っている。そういった、オタク気質がない。だれのためでもなく、自分のために没頭できるようなものを持つ、「我」がほとばしってくるような人が減ってきたのだろうか。

TV番組『アウトデラックス』を見ていると、ああ、こういう人が熱狂のある人だよな、と笑いながら感じるんだけど、そんな人が身近な世代に少ない事実には、ちょっと寂しくなったりもする。アウトデラックスに出演する人たちは、とびきりの偏愛を持っている。もう熱狂というか「狂気」とも言えるほどに。それがいいのだ。

最近の2ヶ月間、「アパートメント」というウェブマガジンで、加藤志異さんの書くコラムのレビューを担当させてもらった。彼は「妖怪になるのが夢」というぶっとんだ発想を持っているのだけど、その「妖怪」への熱狂ぶりがとてつもなくおもしろい。ぼくも妖怪が好きということはあるのだけど、それをさっ引いても、おもしろい。もう、くだらない、と通り越してしまったような、突抜け感がある。

 

もう一度、ずけずけと言っておく。どんな熱狂を持ったっていいのだ。他の人の関心と重なるような熱狂でなくてもいい。そんなことを気にしてるようじゃ、そもそも自分に嘘をついている。熱狂する「対象」ではなくて、熱狂している「その姿そのもの」が人を奮いたたせ、あ、おもしろいな、と思わせてくれるし、感動が生まれるエネルギーはそこに眠っている。

ー 熱狂するものはあるか?

どんなものでもいい。おそろしいほどに狂気を感じるような人たちに触れてみたい、話してみたい、一緒にやってみたい、そんな気持ちで、平成生まれの、これからの新しい世代の子たちが熱を帯びまくる雰囲気が日常に醸されれば、世の中はもっとおもしろくなる。ついつい、そう思ってしまうし、そうあることを願ってもしまう。

狂え、尖れ、貫け、の時代だ。

かわいい子が多い都道府県はどこなのか

タイトルからして、アホなことを書くような気がしてしまうのだけど、真面目に考えてみたいことなんですよ、これ。「秋田美人」はよく耳にするわりかし響きのよい四字熟語で、たしか佐々木希は秋田出身だったから、それそうやな、と反射的には頷いてしまう。

けども、あくまで話をしたいのは、そういったかわいい子がどれだけいるのか、その人口比率的なものがとても気になるのだ。統計的なものを調べるつもりもないし(そもそもそんなの調べられるのか?って感じだし)、自分自身の数少ない現地体験と、憶測を持って話を進めてみることにしよう。そうしよう。

秋田は行ったことないからわからないけど、これまで会ってきた秋田出身の女性は、みんなかわいかったという印象がある(もしかしたら、忘れてるだけかもしれなけど)。ただなんとなく、この県が一番だとは思ってないので、他の都道府県の可能性を探ってみたい。

昔からそうだし、最近の移住の流れを追っていてもよく聞くのが、福岡はかわいい子が多い、という話。これは実際に博多・天神に足を運んでみると、確かにそうかも、と思ってしまう。ただそこについては、若干のからくりがあるようで、やっぱり、九州全域のかわいい子たちが身近なところで目指す都会が福岡だからだそうだ。

いや、東京も都会ではあるんだけど、その何人中何人みたいな%で考えると、東京よりも福岡に軍配はあがる気はする。横浜や名古屋、大阪、京都もそうかもしれないけど、都会的な場所は「あくまでかわいい子が集まりやすい」という前提があるのを見逃しちゃいけないということか。

つまり、単純に、福岡の人にかわいい子が多い、という話ではなく、福岡にはかわいい子が集まっている、というほうが正しい気がする。そうなると、「九州のどこからかわいい子はやってくるのか?」という源流を辿らなければならない。

熊本に行ってみた。上通・下通のような賑わいのある、地元の人から「街」と呼ばれるような場所にいくと、かわいいのレベルに驚かされたのを覚えている。そうか、鮭はここで生まれるのか、と思ったほどだ。夜のお店なんかは熊本は全国的にも人気なのだと他の意見も聞いた。ただここで天邪鬼なぼくは、ほんとにそうか?、と猜疑心を抱いてしまった。

たしかに、目の前を歩く女性たちを眺めると、かわいい子ばかり。自分の目が嘘をつくわけがない。ただ気になったことは、熊本人にとって遊びに繰りだす場所がその「街」だけだとしたら、集中度が高いだけで、県全体でみたときの様子が分からないのではないか、ということ。そういった「かわいい子が集まりやすい場所が、都道府県内に何ヶ所あるか」という視点を持つと、東京なんてたくさんあり過ぎて、判定が難しいぞ、とほとほと困り果てる。

ちょっと路頭に迷い始めたので、現時点でのまとめをすると、いろいろと割愛するけど、長崎と岐阜がかわいい子が多いのではないかと思う。長崎は佐世保に行ったときに、岐阜は飛騨高山に行ったときに、そう感じた。佐世保も飛騨高山エリアもそれほどの都心部とは言えない場所、かつ、いうほど「街」感がないにも関わらずに、その印象があったので、そうなのかもなぁ、と。

もちろん地元の人にとっての「街」の感覚は違うだろうから、間違ってるよ、というのであればむしろ教えてもらいたいくらいで、長崎と岐阜という話も、あくまで“暫定”でしかないとも思っている。「かわいい」の定義によって個人差がズレるから、世間一般的に「かわいい子が多い都道府県」を決めるのもぶっちゃけ難しいだろうし、自分なりのNo.1を探すのはこりゃ苦労するなぁ。

まだまだ足を踏み入れていない都道府県はあるので、そういった観点での楽しみにしつつ、巡れるだけ巡って、仮説を検証していこう。そうしよう。とはいえ、かわいい、というのが重要なのではなく、そんな固執してもどうせ廃れてしまうようなものよりも、変わらずに魅了を磨き続けられるものを、女性のなかにも、地域のなかにも見つけられたいいなとは思うんです(必死に守りに入ろうとして、恥ずかしいことをいってしまってるな、と感じてはいるんです)。

だれにとっての「新しい」なのか?

時代の流れのなかで、「地方創世」と大きな言葉が持ち上げられ、一極集中型の東京からの解放されたいと願う人が増えてきたように思う。都会で仕事に消費され、忙殺され、自分の思いのままのくらしが実現できていない人たちは、ライフスタイルや働き方をより見つめるようになった。その中でよく耳にするようになったのは「新しい働き方」。

「TokyoWorkDesignWeek」というイベントが近年出てきたのもその流れあってだろうし、「働き方」に関する書籍も頻繁に目にするようになった。が、そういう話題になったときに、疑問に思うことがぼくにはある。よく「新しい働き方」という言葉を口にする人が増えたのだけど、それって、一体だれにとっての「新しい」なのだろうか?

まず「今までなかったのだから、新しいから、良いやり方に違いない」という先入観がきてしまっていて、その言葉に感化されまくっている人たちを見たときに、少しばかり胸焼けがしちゃう。そしてこれが肝心なことだけど、「新しい働き方」とされるものは、実は昔からあるじゃん、というものもあったりする。

例えば、副業ではなく「複業」として考える「パラレルキャリア」という概念も、とうの昔から「百姓」という人たちが形にしてきたこと。農家のイメージがあるかもしれないけど、彼らは農業だけでなく、家をつくったり、物を売ったり、と現代で言うさまざまな職業を同時にこなしていたそうだ。百の性を持つから、百姓なわけで、パラレルキャリアの根っことも言えるのでないだろうか。

というのもあって、系譜を辿れば「新しい」とされるものが新しくはなかった、と考えると、言葉に対して疑り深くなってしまう。もちろん、リネームされることで認知が広がることは大事だし、それによって選択肢が増えることはいいことに違いないだろうけど。

つくづく思うのは、「そのやり方/考え方が自分にとって新しいかどうか、そして、自分が進もうとする道のために必要なものか」を意識しながら、「新しい」と名の付いたものを咀嚼するクセがないと、その言葉にいちいち反応して、むやみやたらに踊らされ続けるのじゃないかということ。心の隙につけいってくる人もわんさかいるわけだしね。

世の中にとって新しいことなのか、自分にとって新しいことなのか、混同しないように、注意して観察してみる。「新しい」と表現される言葉に出会ったら、一歩引いてみて、ちょっと疑ってみて、自分と言葉の関係性を探るくらいがいいのかよいのかもしれない。どうでもいいことですが、今、ぼくが欲しいのは作業専門の「新しい」パソコンで、ChromeBookを検討中でございます。

試行錯誤してる?

生まれながらにしてインターネットの恩恵を受けられる時代だ。教科書の問題にあるような、(形式的な)不明点はググってしまえば、たいてい解を求めることができる。そうなってくると、その解を調べるための力と、調べあげた解を用いて自分はなにをするのか、ということに焦点が当たり易くなったのではないか。

そういった時代背景のなか、ネットで調べられることがあまりにも増えてしまったから、それが“世界のすべて”だと思い込んでしまう人がいる。デジタルネイティブと言われる若者はその類だろう。自分が実際に体験したことでないのに、体験したかのように信じ込む。その純粋すぎるがゆえの信仰は、ある種、インタネーット教ともGoogle教とも呼べるかもしれない。

それは、自分の身体で感じたこと、頭の中で捻り出したことよりも、先人が体験し体系化してきたことのみに重きをおき、その枠組みからは一歩を出ようともせずに、自分という存在を放棄していることと同じだ。かつて、幼少時代、世の中のすべてが真新しく、自分の手触りだけを信じてやまず、「なんで?」の連続だったあの頃を忘却しちゃってる。

「なんでだろう?」「こういうことなのかなぁ?」「試してみよう」「やっぱそうだった/違うや」「もっかいやってみるか」というような自分の奥底から湧き出てくる疑問を「仮説→実験→検証」という流れにごくごく自然に変えていた頃の自分がいなくなっている。

自分で考えるというのは、うんと悩むし、答えがすぐに見つからずいらいらするし、失敗もいっぱいいるし、当然だけど、お腹も減る。大変なことだから、逆に言っちゃえば、考えることをやめたら、すっごく楽になるんだよね。だけど、その楽は“苦の種”であって、考えることを止めるということは、これまでの体系化された知識とルールのしもべになることを意味する。本当の意味で、どっちのほうが苦しいんだろう?

自分の頭で考え、手足をしっかりと動かして、五感で記憶していく。その体験を糧に、先人の知恵(解)を手法として用いて、自分だけの、自分だけしかできない、新たな答え探しをしていく。そりゃ、きついよ。あーでもない、こーでもない、と日々分からないことだらけだから。手探りだから。だけど、そうやって試行錯誤しながら、出会えたものは、きっと自分のこれからをパッと照らしてくれる。

頭の中で汗をかき、実際にもあくせく動き回って汗をかく。仮説、実験、検証を繰り返す。試行錯誤している人を目の当たりにすると、なんだかうれしくなるし、ぼくはそういう人が好きみたいだ。きっと同じ方向、同じような灯りを目指しているのだな、と思えるし、自分がそこから逸れかけているときに、ハッとさせられることもあるから。

試行錯誤していないなんて、もうつまんないよ。このブログは、殴り書いたようにタイピングした文章は、その自分のもがいた証そのもの。1年後、3年後、5年後、10年後、どんなタイミングになるか分からないけどさ、振り返ってみて、「おうおう、ちゃんと苦しんでるな、よくやった」と自分で自分で思わず褒めれるかんじになれたらいいな。実験しよう。

400字執筆は、ジョギングみたいなもん

ブログをいつものごとくサボっていました。ですが、手書きは変わらずに続けています。月末までに、400字原稿用紙×50枚をぜんぶ埋めると決めてから、25枚ほどを書けた。といっても、1万字ほどなので、数字だけでみれば、いたって、大したことはない。

1枚1テーマと決めているので、記すなかで、25個ほどのネタの卵が見つかったかんじかな。ただ埋めるだけでは筋トレにもならないので、以前書いたように文章構成にルールを置いている。5段構成の設計図。それなりに制限つけなきゃ、意識はどっかに必要だよね。

もっかいルールを確認しとく。【段落の数は、だいたい5個か6個くらい】【最初の段落には「導入」】【2段落目がとても重要で、なにか「おもしろいこと」】【3段落目は、その説明】【4段落目は、さらにハードルが高くて、なにか「新しい視点」】【5段落目に、さわやかにさらっとまとめ】。

それを400字詰めで考えてみると、文字のバランスとして、ぼくが考えのは【1段目:60字】【2段目:100字】【3段目:100字】【4段目:100字】【5段目:40字】というひとつの指標。単純計算で、各段落80字だと書きたいことが書きにくいと気付いたので。

懲りずにずっと思ってることは、文章はトレーニング次第で、ある程度の力量までは上達できるってこと。そのためには、量をこなすことだと思う。絶対的な量(時間)が圧倒的な質を生む、と信じながら。津田大介さんもそんなこと言ってたしなぁ。だけど、ただ量をこなすだけだと、伸びるスピードは遅いと思うので、その中でも意識が大切だと思う。ぼくは、そこに、文章構成を今のフェーズで取り入れてみてる。

きれいに整った升目を、滑稽な字で、黒く書き染める。実は、残り20枚分は「2枚、3枚、5枚、10枚でひとテーマについて書く」決めていて、ちょっとずつ筆の走行距離を増やしてみようと思っている。いきなり42.195キロは無理でも、数キロであれば、どうにかなる。その積み重ねってことなんじゃないか。それを試したい。

とにもかくも、時期が時期なので、夏バテには気をつけようっと。へばるなよ、おれ(心配すぎる)。

 

400字詰の原稿用紙、はじめました

もろもろのブログを再開するにあたって、最近から、手書きの作業にも力を入れはじめた。何をはじめたかといえば、400字の原稿用紙に、ひとつの切口で1枚をまとめてみること。サラサラッと、後から、自分でも、読めるか読めないかわからないような文字を書きなぐって、400字を埋めていく。

意外にもこの作業が楽しい。むちゃくちゃ楽しい。中学校とか高校のときに、読書感想文だとか、意見発表文だとかを書けと言われていたあの頃は、どうしても原稿用紙というのが、ただの白い、だけども大きな大きな壁であったのを覚えている。特に、書き出しが苦手だったけなぁ。

それが今となると、楽しくなるのは、なんぞこれ。多分だけど、手書きという昔の感覚を思い出せているノスタルジーと、どんなに不格好とはいえども、自分にしか生めないような、統一感のない文字に対する生々しさが、要因なんじゃないかってね。それと、過去のトラウマというか、壁を乗り越えたという、技術の変化に自分自身がときめく。

「とにかく、筋トレなのよ」と誰かが言った気がするし、いつからか、呪文のように、ぼく自身もそう自分に言い聞かせている。整った文章を書くのは、メディアという神聖な場所で、ライターとして書かせてもらっているのだから、裏舞台として、手書きとブログはどろんこまみれの遊びのある文章を書けたらいいな。

そんなこんなで、原稿用紙は「400字×50枚」ある。現在、10枚ほどを黒く汚した。7月中、ちょうど沖縄を離れての、九州遠征中にでも、この50枚にすべて吐き出せるように、手を動かしてみようかと思う。とにかく、立ち止らず、まずは量を、書く。ペンの握り方が変なもんだから、インクでむちゃくちゃ手が汚れることよ。

言いわけからの、場づくりの余白など

「ほぼ日で、書きます」宣言から、はや数日で、更新が止まるというのが、いつもと同じだよな、と反省しつつも、ここ数日を振り返ってみると、確かに書き留める時間はなかったかも、と言い訳の余地もちょっと探してみる。

4日は「水上学舎」で、5日は「すいすい市」、6日〜7日は伊平屋(いへや)島までのアテンド。ご無沙汰の人も、初めての人も、たくさんの人と会える機会となり、濃密で、次の動き方も見えた気がするし、ギュッと詰めてやったことへの意味も感じてはいる。誰かと一緒にいると、目の前の人に全部気持ちを持っていかれるから、作業をやろうなんて気持ちになれないのは、飲食(サービス)経験で詰み重ねてしまった感覚なのかも、と気付いた。

この数日、同じ「ぺとぺと」として活動するコバヤシさんをはじめ、ナースじゃないけど病院勤めのツバサさん、まちライブラリーの館長のゴウくん、そして、その奥さんのミシオさん、神主のゴリさん、大宜味のミゾくん、いつもお手伝いもらってる学生のナオユキには、(日頃からお世話になってるけど)いろんなサポートをもらい、ほんとに、感謝、感謝です。

ぼくはレス下手なので、あまりちゃんと言葉にできていない部分もあるけど、一緒に進めさせてもらう上で「自分のできないこと」「一人じゃできないこと」を、まざまざと痛感させられる。とういうか「おれ、できないこと多過ぎでしょ」と思うことばっかだったなぁ(苦笑)

「場づくり」については、毎度毎度どうなるかわからない、むしろ、「どうなるかわからない余白をどう残しておくのか」ということは考えるんだけど、こうやって自分以外の人が、ある意味、勝手にやってくれるから、安心できるから余白づくりをやろうと思えるのだろう。

どうやって人が集まったのかは、振り返ってみると、計算できたものは一つももなく、どっちかというと“偶然”に近いものばかりだったし、なにかしらの波長が合ったから、なにか大きな取り決めをしたわけでもなく、自然とまた来てもらえるようになったのかな、としみじみ感じるわけで。

今回の件で、ぼくのズボラさとか、弱みとかは、かなり公開された気はするので、できないところをどう乗り越えるのかとか、できることをより尖らせるためにどうしようとか、今後の動くときの規模を狭めるとか広げるとか、はもっかい考え直したいし、次どうしたいかは他の人たちに委ねられたらとも思う。

今ぼくのすぐ側にある場は、“プライベート”から“パブリック”の領域へ変わってきている。プライベートだからできることは自己完結で終わらせられるようにちっちゃく仕掛けながら、パブリックだからこそできることは、この場に集まってくれる人の意志に委ね、その意志が混ざり合うことの化学反応を楽しみにしながら、しばらくは、そのまま進んでいこうと思う。

大事なことは、続くこと。その場があり続けることで、だれかが(ちょっとした背伸びではなく)ひどく無理するような場は続かないし、そういうのは、おもしろくも、楽しくもないので、場の空気、温度には過敏なくらい敏感でありたいです。

すいすい市、打ち上げのホルモン焼きは楽しかったし、うれしかったので、あれがまたできたらいいなぁ。それとかも、続くように。

南城 × しごと × トライアルステイ

今朝のこと、家からバス停に向かっていると、目の前を先行くおばあちゃん。小さくまるっとした後ろ姿が、ほのほのとした雰囲気があった。杖をついてて、ゆっくりゆっくりと歩いてるので、当たりまえだけど、すたすたと歩くぼくが途中で抜いてしまう。追い抜いたあたりで、おばあちゃんの顔を見る。そしたら、目が合い、にっこりとした表情で「おはようございます」と声かけてくれた。ぼくも「おはようございます」とできるかぎりの、だけど不自然かもしれない笑顔で返す。

これって、ちょうど昨日まとめてみた「あいさつ」の話だよなぁ、と思って、こうやって作業場所についてからメモしている。知らないおばあちゃんだし、言っても、それほど近所なわけでもなく、今後会うのかわからないよね、っていう関係性であったとしても、こんな感じで「おはようございます」の一言がある地域というか、コミュニティに住めているのは、正直うれしいことです。

というのが、ひとつあっての今。ついでに、一昨日足を運んだ南城市のメモをしておこうかな。「なんじょう地域デザインセンター」で活動する秋本さんと、「沖縄移住ライフハック」のご夫婦と一緒にお茶をしてきた。南城という場所で「コミュニティスペース、コワーキングスペースづくりができないもんかなぁ?」と話に出たのがあって、それについて。個人的に「移住」に関する話も聞きたかったもあったかな。

南城は、沖縄本島の南部にあって、那覇よりもずっと下、自然に恵まれていて、ゆったりとした地域だ。「斎場御嶽」とか世界遺産もあったりするけど、あまり観光に特化してるわけでないので、というか、「そもそも観光系のプレーヤーがいない」という話を聞いてて驚いた。交通網も、バスなども通ってなくて、裏技的に乗り合いバスが南城市内なら300円で乗れるというのがあるくらいで、車がないとしんどい場所。

となると、観光客も南城市でゆっくりして〜というのは考えにくいわけかぁ。「浜辺の茶屋」のような絶景のロケーションにあるカフェも多くて、ちょっと立ち寄るくらいはできても、そこで1泊するって選択肢はやりにくて(数と価格の宿泊先問題で)レンタカーを借りた人なら、たいてい那覇に戻って、そこで夜を過ごすことになるのは分かりやすい。

夜の話をすると、やっぱり遅くまでやってるお店は少なく、特に、地元の高校生や大学生などの若者が集まるようなスペースがないとのこと。クリエーターンのような作業場所が欲しい人からしても、やっぱり電源あってWi-Fiあって、みたいな場所は皆無みたい。個人的には、観光という視点ではなく、ゆったりとした環境のなかで仕事できる場所としての開拓&提案ができないかなぁと想いを馳せた。

千葉の「KANAYA BASE」とか福岡の「SALT」のような、海辺あるいは海が見える場所で、作業をする。それによって、生産性が上がればいいだろうし、どこでも仕事ができるようなタイプの人にとっては、いつもとは違う場所で作業ができるのは、結構いい気分転換にもなるし、新しいアイデアが生まれるきっかけにもなりやすい。

関西、関東、九州あたりのクリエーターが一定期間、南城に滞在しながら、ゆったりしつつも仕事もするという環境づくりの可能性を感じた。だけども、そこで作業場所だけじゃなくて、同時に宿泊施設をどうするかという問題も出てくるよなぁ。それは、ワークスペースと宿泊スペースが併設タイプなのか、あるいは、提携できすスペースを見つけるのか。やっぱり問題はある。

とはいえね、なんとなくではあるけど、それをやれる土壌はあるんじゃないかと具体的な話は聞けたので、なんだかよい南城でのひと時でしたよ。カフェの名前は忘れちゃったけど、ちょっと高台にあって、海を見下ろせるお店があったんだよね。あの景色は、沖縄でもなかなか見れない気がしてて、内湾と山と雲がふぁーっと広がる海は、南城らしさなのかなと思った。

ぼくの個人テーマに「移住」があって、そのなかでも「試住」というトライアルステイがあるんだけど、仕事という入口で、きっかけで、移住ということを考えるフィールドが増えたらおもろいよな。あくまで大切なのは「くらし」なんだけど、その一部としての仕事を切りとって、自分のあり方を考えるかどうかはさー。ちょっと長くなったけど、メモはここらへんで終了。

あ、南城市はよく「♡」を使っているけどこれなんなの? と思っていたんだけど、南城市のかたちがハートに近いとのことらしい。やっと腹オチしました。ただ「♡」の記号が苦手である。これを多用する女性とか超苦手なんだよなあ…トラウマが……ね。

メガネと、まちライブラリー

昨日のこと。早朝からの怒濤のライティングが終わったと思ったら、夜はイベント。主催したメガネのイベント。メガネをかけた人だけが参加できる(伊達メガネもOK)やつで、メガネゲスト(通称メガゲス)を呼んで、その人がお熱なものについて話をしてもらう企画。昨日は「まちライブラリー」を沖縄で展開しはじめた友人をゲストに開催。

元々、本がそんなに好きでもなかった彼は、まちライブラリーと出会い、もっというと、その取り組みをはじめた磯井さんとの出会いから、本を読むようになったとか。そして、本という媒体(メディア)を通して、人がつながっていく感覚が好きみたい。「マイクロライブラリーサミット」とかそういった動きなんかも教えてもらって楽しかったなぁ。

イベントの雰囲気としては、大学生からリタイア移住をされた方まで、年齢幅も職業幅もあって、だいたい10人くらい。場所は、ぼくが管理させてもらっている「水上家」。実は実は、ここにまちライブラリーを置かせてもらってたりする。そんな縁もあっての今回の会だった。

ぼく自身は、文章でお仕事をもらってるにも関わらず、本を読むことが少ない(活字はかなり目を通すほうだと思うけど)。だいたい本を読むのは、リサーチで必要なときがほとんど。それ以外には、自分が気になっている人、信頼している人が本を紹介してくれるとき。その人が「ここが、こんなんで、こうこうおもしろいよ」と教えてくれたり、何も言わなくともスッと紹介してくれる本は、なにかしら心に染み入り、自分の価値観がグッと広がったことも多かった。

そういう意味では、本自体がそれほど好きとは言えないのだけど、本でつながる関係というのはいいなぁと思う。そして、水上家という場を持たせてもらう身としては、なにか人がつながる“きっかけ”というか“共通項”というか、そういうのは敏感で、ある種、日本語がわかれば伝え合える、コミュニケーションツールとしても意味合いは大きいよなぁ。

ちなみに「酒(食)」と「音楽」と「スポーツ」、それと「映像」「デザイン」は、世界共通言語だと思っていて、人が引き寄せ合うひとつの媒体としてのポテンシャルは高いよなぁ。と思ったり。なので振り返ってみると、昨日は「本」を真正面から向きあったというよりは、「本のある場」という切口で、あの場に参加していたのかな。興味関心性格が出るところだ。

ちょっと話を戻ってみて、そのゲスト友人、まちライブラリー@水上家の館長がさらっと言ってたのだけど、「本を通して、友達でも仲間でもない、家族のような関係性が生まれた」という発言は、けっこー響いた。かなり響いた。そういう場が生まれるってほんとにすごいよね。なんかこれからも一緒に、水上家のにぎやかしをお願いします、ってかんじ。

あと、本棚というものがあったとして、そこに本がむっちゃ並んでいたとしても、やっぱりそこに誰かのストーリーがないとおもしろくない。そして、そこを繋ぐというか、紡ぐというか、そんな立ち位置の人がいることの意味って大きい。家族のようなあたたかな関係性は、人が間にあってこそ生まれる。これから、どうやって本を通じて、だれかの想いが他のだれかへリレーされていくのか楽しみだ。ちなみに、ぼくは本棚にしれっとピーチジョンを置いている(怒られるまで置いとくよ)。

ライティングの専門領域をどうしよう

胃もたれだ。東京からアワモリカクテルコンペで来ている知人と飲んだ飲んだ。那覇の水上店舗にてまずかるく1杯ほど。それから、桜坂のお店を3軒、最後に久茂地のお店で〆というかんじ。ひさしぶりに、ぼくもこんなに飲んだ、というかハシゴしたかも…..という反省まじりの現状報告。

朝起きたら、酒はあまり残ってない、けど胃がすこしだけ重い。まあこの状態で、シャキリと、締切原稿に手を付けはじめている。あと、手づくり市をやるための準備も進めなくちゃなぁ。あ、明日の夜はイベントだったや、と(準備が悪いもんだから)いつもバタバタ。いっしょにやってくれてるメンバーには、ほんと感謝だ。

ということで、仕事しなくちゃね。と思っている最中のブログ(はよ、やれよ)。さっき原稿を書くといったけど、自分のライティング領域について確認してみようかな。ライターに専門性がある(必要だ)と思うんですよ。

一口にライターといっても、いろんな人がいて、紙かウェブか、専門領域はどうかなんて違いがある。とはいえ、ぼくみたいな3年目の若手ライターは、いうほどの専門性はなく、「ここらへんが自分の領域なのかなぁ」程度を探り探り、相性と将来を確かめるかのように記事を書かせてもらっている。

自分の領域以外のもの(ちょっと自分っぽくないやつ)を書くときだって、もちろんある。それはそれで、どんなジャンルでも、どんな記事形態(レポート、インタビューなど)でも書けるようにと、できるだけの仕事もさせてもらって、やり方を探ってきたとも思う。眼中になかった領域から、学べる知識・経験も多いから、やって損はないしね。そうやって、広げてきたからこそ、いったん狭めていってみようか、と領域を定める1年間として2015年を絶賛取り組み中だ。

長ったらしくなったけど「自分がここらへんを待ってるぜ」という領域(切口とも言えるのかな)は、「地域」「カクテル」「職人」「くらし」らへん。そのキーワードに引っ掛かりそうなメディアでやらせてもらえるように、奔走している。

もっとキーワードを切り分けてみると、「地域」は「商店街」「場づくり」「シビックテック」「離島」、「カクテル」は「ハーブ」「モクテル」「ご当地」「ルートビア」、「職人」は「手しごと」「伝統産業」「テクノロジー」「継承」、「くらし」は「田舎と都会」「働き方」「二拠点/多拠点」「移住」「民俗」「おばあちゃん」とか。

思い当たるものをバッと並べてみたけど、「くらし」比率が若干高いのかなぁ。というのと、なんだかんだ「地域」「カクテル」「職人」も自分の中では「くらし」にどう落とし込めるか、っていう課題に取り組んでいるみたい。

あと、どの領域でも「編集」とか「デザイン」って言葉がどう絡むのか、ということが気になるな。こうやってまとめていると、いろいろ気付かされちゃうから、“とにかく書く”って作業は大事やね。

今関わらせてもらっている「マチノコト」は、自分の中で大事にしているキーワードをかなり拾えるメディアだと感じていてて、もっとしっかりとやれたらな、とへたれな自分に喝を入れなきゃとも思う。ちょっと止まっちゃてるけど「おうち菜園」は、カクテルとかけ算できる可能性も高くて、余力がでてきたら、文章提案できるように。

とにかく、ひたすら書け、書いて書きまくれ、頭だけ考えている暇あれば、紙とペンを持って1枚まとめてみるとか、ワードを開いてみて構成などひとまず気にせずダッと書いてみるとか、指を動かせ、指で考えろ、ってことなんでしょうね。自分で自分をうまく叱れたっぽいので、仕事に戻ります。

 

書起こしで変わる「取材」と「価値観」

文字の「書起こし」は苦手だ、ということもあって、そういった作業には自分からはなるべく触れないようにしている。とはいえ、お世話になっている人から(ありがたいことに)依頼される仕事では、書起こしをすることはしばしば。ぼくの場合、苦手との戦いは、たいていご縁によって幕を開ける。

耳に集中して、同時に、手を動かす。たったこれだけのことなんだけど、慣れてないと当然てこずるし、そこそこ奥が深い。たしか、一番最初に引き受けたのは、約3時間ほどの音源だったんだけど、これが地獄だった……。コツが分かってないもんだから、非効率でスピードもかなり遅かったのを覚えている。もうやらねぇーー!と思うくらい。

けど、結局は、同じように引き受けちゃう。そうすると、苦手だ苦手だと思ってやっていても、前回よりはスルッとやれるようになる。量をこなすと、ましにはなっていくもんだねぇ。それでも、苦手意識というのはすぐには拭えないのだ。

そうやって、何度も書起こしの仕事を繰り返していると、自分なりのこなし方が確立されてきて、ある程度の時間の段取りもできるようになってくる。そして、ふとした瞬間に「あれ、なんか書起こしも楽しいかもな」と錯覚に陥る。あくまで錯覚なので、苦手は苦手ということ。

でもね、錯覚を起こせるようになれば、こっちもんだよ。だから今はちょっとだけ書起こしの仕事を増やせたらいいなぁ、と思っている。自分に足りないスキルも補える気もするしね。

書起こしの良い点は、自分以外のインタビュアーの「取材方法を学べる」ってことがある。どのように、相手と距離を縮めて話を引き出すのか、話がブレたときに本題に引き戻すのか、自分の話をどう織り交ぜるのか、など勉強できることは多い。

また、他人の声を文字化する作業のなかで、その人の「価値観を疑似体験できる」おもしろさもある。以前、都会から田舎へ移住した人の取材音源を書起したときに、自分がひとつも想像もできなった暮らしを語る話者の言葉一つひとつが、体に染み入ってくるような感覚があった。自分のなかで、ここぞと使える引用フレーズが増えていくみたいな。

書起こしについての雑感がざっくりし過ぎてるし、「書起しやると、これ身に付くよ(身に付いたよ)」ということはまだまだあるので、またどっかでまとめ直したいなぁ。

とりあえずね、自分の知らない世界にいるだれかの体験と言葉に触れることができるのは、楽しい。そして、指を動かしながら、少しずつ自分の中にも蓄積するものが増えていくのは、うれしい。まあ、苦手っちゃ苦手だけども……もっとやろう。書起こし協力隊になろう。

そして、ライターでなくとも、ライティングに興味あったり、ある分野についてのただならない関心があるなら、まずは気になる人の音源探して書起おこしてみるといいかもよ。おすすめです。

汚ない文章でいこうぜーーブログという生活実験

汚さなければ、晒さなければいけない、そんな気がしている。

どこまで続くはわからないし、何度も何度もくじけたことだけど、またブログを書き続けてみようか思う。とはいえ、そもそもブログを止めてたわけではなく、その頻度が1ヶ月に1回更新できるかできないかという、いわゆる中途半端なかんじだった。気が向いたときだけ書くスタイルというか。

恥ずかしながら、仕事でぱつぱつになって、そのときは書くのを伏せておこう……と書きたいのに書かないことも多かった。けど、今度にかぎっては、ほぼ日で更新できるようにしよう。そうだ、しよう。

仕事でウワーーーーっとなっているときほど、自分の頭の中がちゃんと整理できていないんだよなぁ。自分が今まさに取り組むことに対する想いとか、そこで得た情報とか、どこに向かっているのか、なにをその瞬間に感じているのか、ここらへんはきれいにまとまっていたほうがいい。

それができないと更に効率が悪くなって、余計にブログの投稿画面に手をつけれないという負のスパイラルになるってことは、何回も痛い程に経験している。「きついときほど書け」と自分に言い聞かせなくちゃ。

「これが終わったらこうする」という準備ばかりを待っていたら何も始まらない。無理くりにでも、こじ開けちゃって、始めちゃわないと、次には進みにくい。きっとそうだと思う。だから、もっと書かなければ、とね。

実は、このブログ以外にもいくつかブログをやっている。「ハチナナハチハチ」と「OTTO」。このふたつも更新頻度は高くない。とはいえ、ちょっとしたテーマを持って、だれかに見られることを想定して書いてはいるようで(振り返るって気付いたけど)少しだけ“メディア”を意識している。

「自分のためだけに書く」のがブログだ、という解釈を持って、このゲゲゲについては、書き進めていこうと思う。自分が気持ちよくなるために、スムーズに仕事も捗るように。変にテーマを意識せずに、思ったままのこと、自分の中にある感情の変化や、物事に対する考えを殴り書いていく。

テーマや文章量など、なにか枠組みを決めすぎると、きれいに書かなきゃいけないと自分で自分で苦しめることになる。汚くていいんだ。どうせきれいに書こうとしても、そもそも汚い文章しか書けないのだから。

「書く」って、できる人がやるとか、高尚でもなんでもなくて、自分のためにあるはずだ。自分の頭にあることを言語化して、文字にして、鏡のように自分自身と向きあうための作業。

そうやって自分のためにある文章で、白紙のような投稿フォームを汚しまくる。頭の中に棲みつく生き物のように、激しく動きまわる思考と感情を文字にして晒してみる。それを毎日のように続けたならどうなるのか。

たかがブログなんだけど、自分にとっては新鮮なチャレンジ。そして、ワクワクもドキドキもヒヤヒヤもする実験だ。結果はどうなるかわからないけど、されどブログ、となるように楽しみたいなぁ。自分をもっとおもしろがれるように、のせられるように。

 

闇と向きあい、光をみつける

勝手ながらに思うのは、みんな、どっかしらに闇を抱えて日々を過ごしているんじゃないかってこと。どんなに見栄えがよくて、何かできたり、目立つようだったり、順風満帆であっても、やっぱりどこかに黒々としたものはあるのかもしれない。

それを「ダメだ」とか「最悪」とか言うつもりは毛頭なくて、闇があるのが常であって、それとの向きあい方が大切なことなんだろう。

闇には、コンプレックスだとか、トラウマとかがある。そういったものは、辿りに辿ってみると、自分の昔の経験が基になっていて、今の自分をつくっているわけだから、過去をじっくりと振り返ることをまずやれたらいい。

そして、過去にあったことを整理して、自分の今の闇がどうつくられてきたのかを観察すること、否定せずにちゃんと受け入れ、肯定すること。この“肯定”がなければ次には進みにくい。

肯定してみて、闇を生みだす根源がわかるとする。そういうのは、結局、ある「人」が関わっている。その人との対話を避けていると、本当の意味での闇と向きあうことにはならない。そんな気がする。

ぼく自身のことに置き換えてみる。闇はあっていいと思っているし、その闇も活かしようっては昇華できるとも思っていて、負のエネルギーというのもそんなに悪くないと信じている。

ここ1年程で、自分の闇とかネガティブ感情をどのように扱うかを考えてきたし、やっと扱い方も見えてきたなぁと思う。だけど、それは少し違ったのかもしれない。

それは、あくまで、小手先の闇との向きあい方で、本質的には、解決にはつながりにくい、と直近で気付かされた。ダイエットも、リバウンドしやすい痩せ方と、体質改善ができるやり方とがあるが、それで言うと、前者の向きあい方をしてきたのかもしれない。

ぼくの場合、やっぱりコンプレックスがあるようで、それが妬みひがみ、あまのじゃくといった、基本的にはやべぇやつの性格を持ち合わせている。おそらく、その原因は、家族との関係性にあったのかもしれないと思うのだ。

だからこそ、もう少しだけ、家族との時間をより深く持てるようにしたい。話すことが億劫なことを、ちゃんと伝えてみようかな、とね。

自分が前に進んでいく、ある種、明るい光差すほうに進んでいくには、過去を振り返り、闇を見つめることにある。そうやって暗いところと対峙することによって、閃光が見えるのだろう。

光のあるところだけを見つめていると、痛い目に合う。自分のどうしようもないってくらいの弱さを認め、弱さを全うし、強くなる。それが自分にとっては大事なんだなぁ、とあらためて実感。

すんごく抽象的なことをまとめているのだけど、気持ちと自分のなかでのライフアクシデントを整理する意味での備忘録として。バァーーっと書いてみたけど、これでちょっとスッキリ。自分の“便秘感”が見えてきた。言語化してみるって大事やね。

とにもかくも、「うへー、こじらせんなぁ、こいつ」という自分に対しての感情がわかった分、こじらせ男子であることを楽しみたいなあ。どんなことにもビシッと向きあって、おもしろがって、ネタにできる、そんな大人になろうと、アラサーっぽさの出てくる27歳に考えたよー。

いい大人はきっと闇を呑みこむんだ、きっと。いや、おそらく……。

「いじめだ」「それは間違っている」「侮辱だ」「民意がまるでない」ー「で、なにやるの?」

ある物事について、議論されることは好ましいことだ。良いことでも、悪いことでも、話題にならなければ、広く知ってもらうことも、改善されることもないだろうから。

そして、議論になっていれば、必ずといっていいほど「批判」を耳にする。注意深く言わせてもらうけど、批判自体は悪いことではない。その“姿勢”が問われる。

 

なにか批判するときには、ルールを設けたい。批判したいことに対する物事の「よい(とされる)面」はまず押さえておくこと。だれかの短所を言うなら、長所も言えるようにしておこうよ、みたいな。

 

そのルールに、もうひとつ付け加えるとしよう。批判したうえで「じゃあなにやるの?」という次のアクションを考えること。それを考えるためのヒントを共有すること。

批判するだけで、口だけで終わるのってなんか寂しい。ダサい。そんな気がしてしまうのは、ぼくだけではないだろう。批判するってことは、変えたいこと、変わってほしいことが根底にはあるはずだよね。

それに対して、だれかが変えてくれるのを待つのじゃなくて、自分から(自分のできる範囲で)アプロ—チしているのかが重要じゃあないか。地に足がつくような形で、できることをやる。言葉よりも行動として。

 

基地批判、原発批判、安倍首相批判、数えあげたらキリがないってくらい、批判の声があがっている今日この頃。とっても偏っているなぁ、とも、言いたい放題言ってるよなぁ(しかも匿名かよ)とも、思うことばかり。

特に、沖縄にいる身としては、辺野古のことが知人のFacebookにもすんげーあがってくる。その賛否はおいといて、とりあえず批判が偏り過ぎてて、気持ちがわるい。ほんとフォロー外すこと増えたよ最近。

 

言いたいことはわかるし、事実もあるのだろうけど、被害者意識ばかりを主張してたら、主張したいことの質が下がるということに気付いていない。あちらとこちらの立場を理解したうえで、批判するというバランス感覚がない。

そして、いろいろとSNSやメディアでは論じてはいるけども、実際に行動として「なにをしてるんだ?」という話だとも思える。言いたいことだけ投げ捨てて、なにもしないって相手に響くわけがないよ。

 

沖縄についての注意点を言えば、あーやって、人がわんさか集まってデモやって、抗議すればいいってもんじゃない。あれは行動(アクション)のうちに、ぼくは入れていない。あんなのその日だけの“祭り”でしかない。洗脳めいたものにも見える。

「〜万人集まって抗議した」とかそんなことはどうでもいいのよ。もっと身近なことで、小さく、ポジティブに変えていける行動がなんなのか考えたほうがいい。そういった思考を拒否してるってことが、そもそも問題なんだよ。と同時に、そういうことを“考えない”ですぐに他人にのっかる恐さもある。

 

一応、自分の立場を言っておくと、基地とか原発とか安倍さんのこととかをね、すんなり許容してるわけでもなんでもない。なければないほうがいいに決まっている。

そういった問題に対する意見はたくさんあっていい。あったほうがいい。さまざま視点が考える材料にもなるから。ただ、その主張の仕方をもっと考えたほうがいいんじゃないの、と思うわけ。偏りすぎないように。

それと、言うだけじゃなくて、なにやるの、という話で。みんなで集まって、声を大きくしただけじゃ、行動したことにならないでしょ、とぼくは言いたい。

 

うんうん、君が言いたいことも、熱意もわかった。それができたら、世の中変わるよね。おもしろくなるよね。でも、最後にひとつだけ質問してもいいだろうか。

「で、なにやるの?」「なにやってるの?」これらは自分に対して、いつなんどきでも問うべきことだ。口だけでなく、手足を動かせ、きれいな汗をかけ。どんなに小さくても、形をつくれよ。“個”として。

 

誰のためのボトルか

バーという場所で、そこそこ働いていると分かることがある。お客さんからよく注文される、人気のカクテルがなんなのか。反対に、あまり頼まれないものがなんなのか。

そして、カクテルには、当たり前だけど、いろんなお酒のボトルが使われれる。お酒となんかを混ぜるのが、カクテルだから。

 

よく注文されるカクテルに必要なボトルは、発注管理も気をつけなくてはいけない。モヒートがよく出るならハバナラムとか、ジントニックがよく出るならモンキー47とか、お店に寄ってもここの管理内容はちょっと違う。

ただバーというところは(もちろんお店のタイプにも寄るんだけど)、なかなか出ないカクテルや、そのボトル自身を飲みたいと、いらっしゃるお客さんを待っていたりもする。

 

経営観点で考えれば、あまり出ないボトルを置いとくなんて、効率が悪いわけ。だって、場所をそもそも取るし、ボトルによっては一度開栓しちゃうと劣化しやすいものだってある。

だけど、それを求めてくる人がいて、そのお酒によって、なにかしらの癒しだったり、励ましになることがある。すごく大袈裟な言いようだけど、ほんとに、そういう時間を過ごしてもらえるときがある。

 

お酒には「味わい」だけでなくて、それがつくられてきた「ストーリー」がある。そして人は、自分の人生というストーリーと重ねながらお酒を飲むから、“ただ酔う”とは違った酔い方ができるのだとも思う。

そういった一段上の酔いを味わってほしい、そのために必要なボトルであれば、どんなに場所をとろうと、コスパが悪かろうと、バックバーに置いておきたいと思うバーテンダーは少なからずいる。

 

すこし振り返ってみる。わりかし幅広いカクテルに使えて、お客さんからのニーズがあるし、消費されやすいボトルをバックバーに並べておくのは、よく分かる。

そうじゃなきゃ、回らないものがあるよね。だけど、ごく一部の限られた人に向けて、ひっそりと待ち構えるようなボトルだってある。個人的な気持ちでいうと、それが並んでいてほしい。

 

他のバーにはなかったけど、ここで「やっと巡りあえた」というお酒と人が出会って、ひとつの空間のなかで混ざりあう時間があるのって、素直にうれしい。そんな瞬間のために、人とお酒の“あいだ”にうまく入れるのが、いいバーテンダーなんだろう。

 

そして、考える。よいメディアとはなにか。たくさんの人に読まれる記事ばかり並べておけばいいのか。いや、きっとそうじゃない。

それを心から(本人が気付いてなくても)求めている人に、ちゃんと寄り添えるボトルがあるように、体温を感じられる記事もあるはずだ。

 

対多数じゃなくて、対個人のために、ひっそりと並べられる記事が、ひとつやふたつあってもいい。

人と文章が化学反応的に混ざりあう、そんな場をつくるメディアはどこにあるのか。そんなカクテル的メディアは、だれがつくるのか。

 

さいごに、問う。そのボトルは誰のためにあるのか?

 

おんなじ顔、おんなじ言葉、おんなじ行動

場所は、那覇、国際通り。カフェにいる。道路沿い、窓際で、街行くひとたちを眺めながら、手を動かしている。なんか似てるんだよね。それぞれ、右から左からやってきては、通り過ぎていく人たちが。

厳密にいうと、みーんな、違うんだけども、なんか似ているんだよね。同じような顔をしていて、同じような言葉(単語)を使い、同じようなところを目指し、同じような場所から出てくる。ちょっとこわい。

 

個性というのは、どこに行ったのだろう。いや、他人のどうのこうの言っている場合ではなく、自分の個性とはどこにあるのだろう。なんて、ことをお昼過ぎから考えちゃってる。不思議なかんじ。

そんなことを考えながらも、原稿の下書きを進めていたり、メールを送っていたり、手はちゃんと動いているわけだ。手が動いているのはいいのだけど、この手が「同じ」という画一化された方向へと動いていたら、と思うとちょっとゾッとする。

 

同じだということには、ふたつの可能性がある。自分の好きなものを集めて集めて、たまたま、隣の人と似たようなもんだったということ。これは、趣味が合う、感覚が合ういうところだろうか。うれしいパターン。

もうひとつは、それが自分にとってよいのか、わるいのかも考えることなく、あるひとつの偶像に向かって、集団でマネっこするもんだから、同じようなあんばいになる。こちらには、嫌悪感。

 

なんだかんだ、ひとつの、いや、ふたつとか、みっつくらいの「型」にビュビュッと向かっていき、スポッとはまろうとしてしまうのだろう。それは、自分の型(おそらく「場」とか「コミュニティ」に近いもの)がないと、寂しいから。

型が、わるいわけじゃない。自然発生的に、他人が当てはめるときは、よい気がする。ただ、意図的に、自分から当てはまろうとすると、薄気味わるいし、いやらしい。

 

うまくまとめることはできないけど、自分が「いい」とか「おもしろい」とか思ったものを、そのまま身に纏える、カタチにできる、堂々とだれかに見せることができるのが、カッコいいよね。

だれかの「いい」とか「おもしろい」を借りているうちは、「おんなじ」ばかりが蔓延ってるうちは、そこに自分の存在はあるようでないかのかもね。

 

まあ、かわいらしい子は、おんなじような雰囲気でも、かわいらしいよね。ただ、それだけじゃ、チェンジされてもしょうがない状況もある。ぼくは「チェンジ」があるようなお店に行ったことがない(一度くらいは、、先輩がた、ぜひ)

 

おもしろくない人をみつけた

ふと気付いてしまうと、ちょっと哀しくなることがある。それは、「ああ、自分って、おもしろくないよな。」と自分で自分という人間について感じるとき。

あの人はおもしろいなぁ、反対に、あの人はおもしろくないよね、みたいなことを、だれかに対してとやかくは言うけれど(言葉にせずとも思うけれど)、何より自分がおもしろくないって感じると、心底、ビビる。そして、焦る。汗タラタラ。

 

なんで、おもしろくないのか。それは、最近の自分を振り返ってみて、よーく考えてみると、ちょっとわかった気がした。淡々としているから。平たんな道をスーッと進んでいる。

ほんとは、ジェットコースターのようなアップダウンだったり、右往左往するような振れ幅のある進み方をしたいのだろう。それが、ちょっとした冒険もせずにきてるのだから、ああ、こいつはつまらんな、と感じてしまう。

 

そもそもなんだけど、おもしろくない時期というのは、こうやってブログで文章にすることさえも忘れていることが多い。自分に対しての“面白味”というのは、ストレスのない表現にもあるように思える。ブログは、ストレスなく、のびのびとやれているし、ここでの吐き出し感はやっぱり大切みたいね。

ブログがあっての自分で、それがあって、ちょっとは自分に対してワクワクできる。もっとこうしたい、こうできたらいいのに、を普段の仕事や生活のなかで閉じ込めているときは、つらい。つらいのは、そういったブログ(のびのび表現)を禁止してるからで、自分のつまらなさに面と向きあわないといけなくなるから。

 

ぼくは、人にどうこう(超勝手ながら)思うことはあるけど、人にどうこう思われようが言われようが、そんなのは気にしない。気にしたくはない。自分で、自分を、おもしろいと思えるか。そこだけを気にしたい。それができないと、世間一般でいう「おもしろい」物事をつくれないだろうし。一番のお客さんは、自分そのもの。

 

とにもかくも、最近の自分はおもしろくない。つまらない。なんかまとまろうとしている。枠にはまろうとしている。予定調和だ。えらく真面目だ。真面目なのは悪いことではないけど、方向性がズレている。

自分で自分を泣かしてやるくらい、ボロクソに、グサグサ、スパスパと言葉を刺していくこともたやすい。ただ、それをすんなり受け入れるのもシャクなので、抵抗したいわけで。その抵抗は、おもしろくなること、つまること。

 

びっくりするほど、自分で言葉にすると恥ずかしいんだけど、おもしろい人でいたい。「なんか読めない、読めないけどおもしろい、読めないからおもしろい」と自分で、自分に、驚きつづけたい。

 

救いは、超おもしろくない、いまの道の進み方に気付いたからかもしれないな。気を抜くと、淡々と、まっすぐ進んでいこうとする。くねくね行こう。

どんな道を進んでいこうか。どこでどう寄り道しよう。最短距離はもういいや。とりあえず、もう進む進まないとかでなく、恋の落とし穴にはまるとかでもいい。だれかズボリと落としておくれ。