居候のすすめ

変わった仕事をしてる人と、いっしょに生活をすることについて。

ぼくは1年半ほど居候生活をしていたときがあって、そのときに学んだものが本当に多かった。例えば、2年前の小豆島滞在時には、「四国食べる通信」編集長のポン真鍋さんの家に居させてもらっていたのだけど、彼は毎朝5時台に起き、寝起きと同時にすぐに仕事をし始める。おそらく、FBで更新しているポン真鍋新聞はこのときに書いている。

一先ずの作業が終えると、そそくさと着替えはじめランニングに出かけるというお決まりがあった。ぼくは、朝強くないので丁度ポンさんがランニングから戻る手前くらいに起き始め、ゴミ捨てなどを行うというなあんばいだった。ポンさんが起きてカタカタやっていることは、部屋は違えど、完全に起きれないぼくでも気付くのはたやすくて、彼を目覚ましにぼくも何度か作業をしようとしたが、なかなかできない。そういう意味で、習慣ってすごいよなぁ、と思ったわけで。

それ以外にも、暮らしと仕事の境界線があるようでないポンさんの生活をみていると、そして、これまでの仕事の話について聞く機会も多いなか、なんとなく見えてくるエッセンスみたいなものはあって、それが今の自分の動き方につながっているものもあると思う。小豆島を出てからも、ライターとして先輩のおうちでお世話になったりもしたけど、おなじ職種であっても、仕事の仕方は全く違うのから、こうやってるんだなぁ、と盗めたものも多かった気がする。

少し観点は違うけど、トキワ荘みたく漫画家の卵が集まっていた場の熱量はすごかっただろうし、互いが互いに、切磋琢磨にしれっと(ここ大事)技を盗み合っていったんだろうなぁ。そういう寝泊まりできる場があるというのは、正直うらやましいかぎりで。

結局のところ、ここでなにが言いたいかというと、そんな具合に、話を聞いてみるだけではなかなか想像もしにくい、変わった仕事をしている人がいれば、いっしょに住んでみるといい。そうすると、人物像だけじゃなくて、その人の仕事の表面の部分だけじゃなくて、裏側も見えてくるので、すごくおすすめ。

会社でインターンするとか、仕事旅行社のようなサービスで、仕事人と触れ合うのっては、仕事のやり方・価値観のような「裏側をのぞく」という意味合いも少なからずあるだろうし。もしかしたら、そこに尽きるのかもしれない。

お金はいらないから、丁稚奉公をさせてくれ、という働き方の根本には、そういった、教えてもらうのではなく盗み取る、という経験を積むためにもあるんじゃないだろうか。ぼくは、恥ずかしながら25歳のときにそんな学べるような居候をさせてもらっていたのだけど、それよりも若い人、特に大学生や新社会人になってみたはいいけど早くして退職ちゃった人などは、そういう経験しておくと、なんか変わってくるのかもな。たまに、そう思う。

“有る”時代に生まれてきた子どもたち

ぼくが育った場所は、沖縄の端っこにある離島だった。島には集落が5つあって、人口は1300人ほど、ほとんどが高齢者で、それでも当時の同級生は20人はいた。島の面積の半分以上が山と畑で、そのまわりは透明度の高く、青のグラデーションをこれでもかってくらいに見せてつけてくる海、海、海。そんな場所で、ぼくが島から出るまでに触ったパソコンは、中学校の情報かなんかの授業くらいなもんだった。

高校は那覇だった。進学校と呼ばれるようなところだったけど、ただやはりここでも情報うんぬんの授業でパソコンは触れる程度で、その頃は、ほとんどの近い学生がケータイは持っていたけど、ガラケーだった。家にパソコンがあって、当たり前のようにネットに繋げるような家庭環境になかったぼくがインターネットというのを日常的に使える段になるまでは、まだ時間がかかった。

大学から上京した。いや、その前にあった大学受験の話をしておこうかな。英文読解のテーマが「Wikipedia」だったのを覚えている。よくパソコンをいじっているような学生からすれば(同じく受験していたぼくの友達はそうだった)、身近な内容だったのだろうけど、ぼくからすればトンチンカンな言葉が並んでいて、イメージなど到底できない内容であって、目に見えないようなヒエラルキーを大学受験で感じた経験だったのをよく覚えている。

そのこともあってか、まんまと不合格となったぼくは、懲りずに後期もその大学を受け、どうにか入学できることになった。あれは意地だったな。ほんとに。話を戻すと、入学後は、大学図書館に行き、興味持ったものをひたすらパソコンを使って調べるというのが毎日のように続いた。こんな便利なものがあったのか、と乾ききったスポンジがぎゅいぎゅいと水を吸うかのように、調べまくった。本なんててんで読まずに……。

スマホが出てきたのは、ぼくが大学3回生くらいのときだったか。いやちょうどiPhoneがどこのキャリアから出るんだ?という時期が過ぎたばかりで、それがSoftBankになったもんだからdocomoユーザーのぼくはえらくガッカリして、だけどちょっと待っていたら「Xperia」が出るぞとなって、国内初のiPhone以外のスマホにぼくはすぐに飛びついた。今考えると、びっくりするほどモッサリとした画面で、タッチ反応も遅かったけど、当時からすれば、あれはほとんど神器だった。

いつでもどこでもインターネットを持ち運べる、調べたいことを調べられる。元々、超田舎で育った、超アナログだったぼくが、その環境を得るというのは、まさに人類の進化の過程をたどるかのようで、やっと現代人らしくなれた瞬間ではなかったか、と大袈裟かもしれないけど、そう思うのだ。ちょっと前に遡ると、ずっと紙の辞書を使って英単語調べていたのが、電子辞書を使いはじめ、驚愕したような体験があったけど、それのもっともっと上を行くような衝撃、とでも言っておこうか。

こんだけ自分の過去を並べてみて、何が言いたいのかというと、ぼくは27年という短い人生の中で、インターネット環境が“無い”ときから“有る”時代を体感してきた。ぼくの上の世代もきっとそうだろうし、それがぼくのようなあまり裕福でない家だったり、田舎出身だとすれば余計だろうな、とも思う。だからこそ、その“有る”ありがたみは沁みるように感じてる。

だけど、デジタルネイティブという言葉あるように、生まれてきて自我が芽生えてきた頃には、既に“有る”環境に放り投げられた子どもは、“無い”ことを知らないし、それを知るための機会すら得にくいだろう。彼らにとっては、不足があって得たツールではなく、それが不足もないままに当然のようにあるツールなのだ。その構造によって奪われている想像力はどれだけあるだろう?

今の子どもたちも成長し、いずれは、アナログ時代を知っているぼくら以上の世代とも一緒に仕事をすることになるだろう。そのときに、“無かった”世代への想像力が働きにくいのはもったいない。「分からないなら、調べればいいじゃん」という今風の発想とは別に、「まずは自分で体験してみろ」という非効率にも聴こえるが実は的を得ているような発想を、妙に賢くなってしまった頭では、すぐに、素直には受け取れないだろうから。

「便利に時代に生まれたよね」とある人は言うかもしれないけど、もしかしたら、今の子どもたちは、昔の子どもたちよりもずっと不幸なのかもしれない。それは文明利器に頼りすぎて、思考力や生命力が低下してきた人間の最たるは現代人だろうし、その最たるは時代が過ぎていくとともに更新され続けるに違いない。現代人は、原始人よりも、ずっとずっと弱い生き物だよな、とふと感じてしまう瞬間すらある。

“無い”時代を経験してきたぼくらが、“有る“時代に生まれてきた子どもたちにできることは、きっと“不足”を与える機会をつくること。押しつけるかたちでなく、一緒に楽しむようなかたちで。“無い”なら無いなりにできるやり方を考える、その過程と実践を楽しむことはできるはずだ。チャッカマンを忘れたキャンプでも、きっと生き残る術も楽しむ術も残っている。

不足が足りない今だからこそ、不足への意識を持って、大人は責任を持って子どもと接していかなければとならない。そして、ぼくが思うのは、インターネットとは違ったぼくの知らない不足を、上の世代から聞き、体験できることは体験し、次の世代へと繋げていくこと。“足りない”概念こそ、人を逞しくするものだと信じて。

熱狂するものはあるか?

1988年生まれは、ゆとり世代と言われてて、諸先輩方は「考えてることが、よくわからない」と感じる人も多いかもしれない。そんな年に生まれたぼくでもさらに「よくわからない」があって、それは、今のU–25の世代に対してだ。大きく括っちゃえば、平成生まれにあたる彼ら。現役学生さんとよく話をさせてもらう機会があるんだけど、彼らのなかに「熱狂」を感じることが少ない。それは大きな疑問なのだ。

熱狂するのはなんでもいい。スポーツでも音楽でもマンガでも、バイトでもフィギュア集めでも、DIYでも山登りでも、ファッションでも寺巡りでも、研究でもインターンでも、描くことでも書くことでも、だれかと飲むことであっても、YouTubeを徘徊しまくっていたって、ブログであってもいいし、〇〇の追っかけ(ファン)だとか、もはやAV観賞でもいいし、単純に彼氏彼女にお熱すぎてもいい。

そういう一辺倒になれる対象がある下の世代と会う機会がなかなかないな、というのが言いたいことで、言い方をちょっと変えると、“中途半端”な人が多いよなーさえ感じてしまう。彼らと「これ好きなんです」「これ興味あるんですよ」という話になったときに、話を掘り下げてきこうとすると、スコップがすぐにカキンと底をついてしまう。

おそらく、その「好き」とか「興味」がもはやファッション的な感覚なのかもしれない。そう言っておくとウケがよい、という世間体を気にする視点が根底にある。だから、それに対して造詣を深めようともしないし、しようとしても結局は、周りへの承認欲求がはじまりというか。そして、だれかが教えてくれる、という条件がなければ、学ぶ姿勢も薄い、そんな気がしてならない。

だれの目も気にせずに、だれに言われなくても、反応もらえようがもらえまいが、勝手にやっていくし、どんどんどんどん掘り下げていけるもの。それが「熱狂」とぼくは思っている。そういった、オタク気質がない。だれのためでもなく、自分のために没頭できるようなものを持つ、「我」がほとばしってくるような人が減ってきたのだろうか。

TV番組『アウトデラックス』を見ていると、ああ、こういう人が熱狂のある人だよな、と笑いながら感じるんだけど、そんな人が身近な世代に少ない事実には、ちょっと寂しくなったりもする。アウトデラックスに出演する人たちは、とびきりの偏愛を持っている。もう熱狂というか「狂気」とも言えるほどに。それがいいのだ。

最近の2ヶ月間、「アパートメント」というウェブマガジンで、加藤志異さんの書くコラムのレビューを担当させてもらった。彼は「妖怪になるのが夢」というぶっとんだ発想を持っているのだけど、その「妖怪」への熱狂ぶりがとてつもなくおもしろい。ぼくも妖怪が好きということはあるのだけど、それをさっ引いても、おもしろい。もう、くだらない、と通り越してしまったような、突抜け感がある。

 

もう一度、ずけずけと言っておく。どんな熱狂を持ったっていいのだ。他の人の関心と重なるような熱狂でなくてもいい。そんなことを気にしてるようじゃ、そもそも自分に嘘をついている。熱狂する「対象」ではなくて、熱狂している「その姿そのもの」が人を奮いたたせ、あ、おもしろいな、と思わせてくれるし、感動が生まれるエネルギーはそこに眠っている。

ー 熱狂するものはあるか?

どんなものでもいい。おそろしいほどに狂気を感じるような人たちに触れてみたい、話してみたい、一緒にやってみたい、そんな気持ちで、平成生まれの、これからの新しい世代の子たちが熱を帯びまくる雰囲気が日常に醸されれば、世の中はもっとおもしろくなる。ついつい、そう思ってしまうし、そうあることを願ってもしまう。

狂え、尖れ、貫け、の時代だ。

かわいい子が多い都道府県はどこなのか

タイトルからして、アホなことを書くような気がしてしまうのだけど、真面目に考えてみたいことなんですよ、これ。「秋田美人」はよく耳にするわりかし響きのよい四字熟語で、たしか佐々木希は秋田出身だったから、それそうやな、と反射的には頷いてしまう。

けども、あくまで話をしたいのは、そういったかわいい子がどれだけいるのか、その人口比率的なものがとても気になるのだ。統計的なものを調べるつもりもないし(そもそもそんなの調べられるのか?って感じだし)、自分自身の数少ない現地体験と、憶測を持って話を進めてみることにしよう。そうしよう。

秋田は行ったことないからわからないけど、これまで会ってきた秋田出身の女性は、みんなかわいかったという印象がある(もしかしたら、忘れてるだけかもしれなけど)。ただなんとなく、この県が一番だとは思ってないので、他の都道府県の可能性を探ってみたい。

昔からそうだし、最近の移住の流れを追っていてもよく聞くのが、福岡はかわいい子が多い、という話。これは実際に博多・天神に足を運んでみると、確かにそうかも、と思ってしまう。ただそこについては、若干のからくりがあるようで、やっぱり、九州全域のかわいい子たちが身近なところで目指す都会が福岡だからだそうだ。

いや、東京も都会ではあるんだけど、その何人中何人みたいな%で考えると、東京よりも福岡に軍配はあがる気はする。横浜や名古屋、大阪、京都もそうかもしれないけど、都会的な場所は「あくまでかわいい子が集まりやすい」という前提があるのを見逃しちゃいけないということか。

つまり、単純に、福岡の人にかわいい子が多い、という話ではなく、福岡にはかわいい子が集まっている、というほうが正しい気がする。そうなると、「九州のどこからかわいい子はやってくるのか?」という源流を辿らなければならない。

熊本に行ってみた。上通・下通のような賑わいのある、地元の人から「街」と呼ばれるような場所にいくと、かわいいのレベルに驚かされたのを覚えている。そうか、鮭はここで生まれるのか、と思ったほどだ。夜のお店なんかは熊本は全国的にも人気なのだと他の意見も聞いた。ただここで天邪鬼なぼくは、ほんとにそうか?、と猜疑心を抱いてしまった。

たしかに、目の前を歩く女性たちを眺めると、かわいい子ばかり。自分の目が嘘をつくわけがない。ただ気になったことは、熊本人にとって遊びに繰りだす場所がその「街」だけだとしたら、集中度が高いだけで、県全体でみたときの様子が分からないのではないか、ということ。そういった「かわいい子が集まりやすい場所が、都道府県内に何ヶ所あるか」という視点を持つと、東京なんてたくさんあり過ぎて、判定が難しいぞ、とほとほと困り果てる。

ちょっと路頭に迷い始めたので、現時点でのまとめをすると、いろいろと割愛するけど、長崎と岐阜がかわいい子が多いのではないかと思う。長崎は佐世保に行ったときに、岐阜は飛騨高山に行ったときに、そう感じた。佐世保も飛騨高山エリアもそれほどの都心部とは言えない場所、かつ、いうほど「街」感がないにも関わらずに、その印象があったので、そうなのかもなぁ、と。

もちろん地元の人にとっての「街」の感覚は違うだろうから、間違ってるよ、というのであればむしろ教えてもらいたいくらいで、長崎と岐阜という話も、あくまで“暫定”でしかないとも思っている。「かわいい」の定義によって個人差がズレるから、世間一般的に「かわいい子が多い都道府県」を決めるのもぶっちゃけ難しいだろうし、自分なりのNo.1を探すのはこりゃ苦労するなぁ。

まだまだ足を踏み入れていない都道府県はあるので、そういった観点での楽しみにしつつ、巡れるだけ巡って、仮説を検証していこう。そうしよう。とはいえ、かわいい、というのが重要なのではなく、そんな固執してもどうせ廃れてしまうようなものよりも、変わらずに魅了を磨き続けられるものを、女性のなかにも、地域のなかにも見つけられたいいなとは思うんです(必死に守りに入ろうとして、恥ずかしいことをいってしまってるな、と感じてはいるんです)。

ぼくが「試住」をはじめたわけ

明日まで、宮古島(沖縄)にいます。というのを今更書いておこうかと思う。9月4日からの約3週間を宮古島に滞在している。初めての宮古島だ。なんでここに来たのか?というと、観光のかの字もなくて、ただいつもの仕事を場所を変えてやるため、もっというと、宮古島でくらす感覚を知りたかったのがある。

以前にも触れたように「地域」「移住」なんてのは、ぼくの領域にある言葉で、そのふたつが重なるところに「試住」という単語がある。英訳したトライアルステイのほうが意味は通りやすいかな。移住のお試し期間としての「試住」を自分の体験として積み重ねることを、最近「〇〇試住計画」というプロジェクトとして取り組み始めた。

ということで、宮古島に今いるわけなんですよ。ただ「なぜ試住をやるのか?」という話に触れてなかったので、(ひとつの理由として)7月にしばらくお世話になった長崎の話をまとめておこう。

27歳になった次の日から、長崎の平戸島ってところにいたんだけど、それはぼくの生まれがここって聞いてたこともあり、ルーツ巡りで足を運んでいた。そしたら何の縁なのか、たまたま漁師のおっちゃんに拾ってもらって、そのご家族にお世話になることに。

で、その一緒に過ごした時間というか、生活っぷりってのが、個人的には印象的だったんですよ。朝3時くらいから仕事して、違ったタイプの漁で2回くらい海に出て、お昼頃には切り上げる。午後は、ちょっと昼寝してから、事務関連の仕事したり、休んだり、遊んだりっていうあんばい。夕食は、5時半くらいには食べてしまう。

だから、夜はむちゃくちゃ長い。都内にいると、まあ18時くらいってまだまだこれからって時間で、街は明るくて、なんか落ち着かないけど、平戸島ではほんとしーんと静かで、ゆるやかな気持ちになる。(付き合いで飲んだり、結局その後、個人的に仕事はあるんだけど)。こういう1日のあり方が違う、ってのは頭の中だけにあるよりは、ちゃんと体験してみたほうがいい。どっちが絶対いいということはないけれど、自分にフィットするくらしの循環を考えることができるから。

「試住」と「定住」の間に「移住」があって、新しく移り住み、そこに根を張ってくらしをつくるにもやっぱり段階は必要だ。ということで、「試住」はもっとできたらいいし、ぼく自身、実際に試住してみて、その地域のレポートができればと思う。それによって、ぼく自身が移住するというよりは、その地域に移住するのがマッチしそうな人をつなげていきたい。自分のできることとして。

ひとつの場所にいても、ちょっとするとどっかに行きたくなる性格(地域の行き来の公私ともにバランスをとるタイプ)との相性も良さげで、移住という概念に関われるとも思うので。そうやってつなげることのできる地域を広げていきたい。実は、長崎の前後で、熊本-宇城と、岐阜-奥飛騨にも行ってきた。

来年3月までには、後2、3ヶ所お邪魔させてもらえればと思うので、そのための情報発信の体制も整えなくちゃなぁ。もっと地域毎の特色も(それによって、地域への入り方も変わってくるので)勉強しなくちゃだし。なので、試住とかトライアルステイ関連の情報があったら、教えてもらえるとうれしいな。もちろん、地域から直接声をかけてもらえるが一番ありがたいのだけど(欲張り)。

もの書きが『バケモノの子』から学べること

7月11日に公開された映画『バケモノの子』を、その3日後の7月14日に観た。その日であったことには、たいした意味はない。九州滞在中で、仕事が一段落して、移動までの時間を埋めたいなぁと思っていたら、映画館が近くにあったので、前々から気になっていた作品を観ることにした。 劇場での観賞中にもグッときたし、その後もしばらくまとわりつくような言葉があったので、それについてメモしておく。

なりきる。なったつもりで

そんな、やさしい女性の声が作品中に響いた。バケモノの熊鉄の弟子になった九太が、強くなる方法がわからずに苦心しているときに得たこの言葉。ぼくは文章を書く仕事をさせてもらっているのだけど、そこに通じるような考え方だなと、釣り針に掛かった魚のように、その言葉に強く引っ張られた。

 

「なるきる。なったつもりで」を、ぼくは、「真似することから学ぶことが始まる」という意味で捉えることにしたんだけど、もの書きにとって、この行為はとても大切なこと。文章がうまくなりたいなら、やはり文章がうまい人の真似をするとよい。じゃあ実際に何をするかというと、「書き写し」をやってみる。一字一句真似てみて、その文章を手書きかタイピングで白紙を埋めていくのだ。

小説やエッセイなどでは、作者ごとの表現方法を見つけられるし、そこで自分の書き癖も見えてくる。メディアの記事であれば、文章構成なども意味のかたまりを持って、分析することもできるから、やってみて損はない。

「なぜ書き写すのか?」という理由を考えるよりも前にまずは、やってみる。そして、やりながら、なぜこんな文章になっているのか、作者の気持ちと技術を追いながら、自分で意味を見いだすことがここでは重要かもしれない。

 

本や記事を読んでて偶然にも気になったフレーズを見つけたとき、思いがけず時間ができたとき、というサイクルではあるけど、ぼくは書写をするように心がけているのは、やっぱりそれも、先輩のもの書きがそうしていることを知ったからだった。

とはいえ、バーテンダー時代を振り返ってみると、業界的にはやはり職人気質の人たちが集まるところだったので、「見て盗め」という学び方を学べた経験を、文章に活かせばという発想とも言える。

バーテンダー見習いは、師匠が動きやすくなるように、カクテル作りをアシストする。お酒のオーダーが入った瞬間から、師匠が何をしようとしているのか、そのためには、どんなボトルやグラスが必要で、どのタイミングで氷を用意をすればいいのか、などを憶測しながら、見習いは手早く準備していく。

そのとき、ちょっとやそっとじゃ捌ききれないほどの注文が入る状況がある。となると、師匠になりきり、なったつもりで動かないと、どんぴしゃのタイミングを生むのは難しく、師匠とのシンクロも起こりえない。見習いはそういう経験を糧にしながら、師匠に近づいていく。

 

また、ぼくはお笑いが狂おしいほどに好きなのだけど、芸人も人によっては、他の芸人のネタを書起こしてみて、どこで笑いが起きるポイントなのかを研究する人もいるという。どんなジャンルであっても、「なりきる。なったつもりで」論は有効なんだろう。

当事者として、もの書きに必要な考え方だなぁーというのがひとつと、なにか学び始めたいことがある人は、同じ手法をとってみればいい。と思う。逆に言えば、「誰も教えてくれないから学べない」というのは多少の甘えがあって、なりたい像があるなら、まずは真似てみろ。とも思う。

 

そんなことを考えた『バケモノの子』だった。作品を通して感じたことはそれだけに留まらず、いろいろと彷彿とさせてくれる印象的な作品だった。実は、映画を観た後には文庫本も読んでみたけど、これがまた映像とテキストの違いを感じておもしろかったのだ。

ぼくの「なりきる」対象でもあるオバケの松倉さんが「同じ映画を3回くらい観るといい」と言っていたが、今まさにそれを実験している最中でもあり、ある意味、夏休みの自由研究として、細田守のものづくりを学ぶつもりでいる。残り2回、とりあえず後1回は劇場に足を運ぼう。よければ、みなさんもぜひ。

 

バランスのいい人がいい

世間の騒がしさを見ていたり、地域の動きについて観察をしていると、なんだか寂しい気持ちになるときがある。それは、偏った意見ばかりが主張されてて、たがいに衝突を繰り返してばっかりで、バランスのいい人ってほんと少ないよな、という現状に出くわすからだ。

バランスがいい、とはどういうことか。例えば、ある問題についてAとBという意見(考え方、領域)があるとしよう。そのとき、Aだけとか、Bだけのような一つの意見に縛られて、その主張しかしない人は、バランスがいいとは思いにくい。Aの考え方は〇〇の理由で分かるし、Bの考え方も△△の理由も分かる、というように、どちらにも歩み寄れて、“視点を切り替えるスイッチを持っている”人が、バランスのいい人。

だからこそ、AとBの真ん中になって、調和させるかのように、つなぐ役目を買えるのもこういった類の人になる。大事なことは、ただ真ん中にいれば良いわけでなくて、いったんAにも限りなくグググと寄れて、同じようにBにもいけること。その上で、真ん中がどこなんだろう?と探りながら、2つの間の架け橋になれること。AとBを越境でき、共通項を抱えることのできる“間的存在”になれる人こそ、バランスのいい人。

少しだけ、地域おこし的な話をすると、その地域を賑わせていくためには、やっぱり人の力が必要で、バランスのいい人材が求められる。根本的には、都会(A)と田舎(B)の感覚を持ち合わせているバランス性はあるに越したことはない。

また、地域の情報発信だったり、新たなことに挑戦するときには、あくまで地域にあるアナログな素材が大切とはいえ、Webなどのテクノロジーを道具として使いこなせることは、ますます求められる。その上で、地域づくり(A)とテクノロジー(B)に対する見識を両方持っていると、バランスのよさを感じる。地元の人はその部分が欠けてることが多いからこそ、テクノロジーを伝播するための架け橋になれる。

ちょっと他の領域にも触れておくと、「農業(A)とIT(B)」とか、編集における「紙(A)とウェブ(B)」とか、基地問題における「県内(A)と県外(B)の声」など、さまざまな場面において、越境できる人の存在は求められているように思える。そして、これから、どんどんその存在価値は高まっていくと、ぼくは思う。

今まで橋渡しされることなく、混ざり合うことのなかったふたつが、おたがいの領域を行き来できるようになる。これって、とてつもないクリエイティブだ。驚くアイデアがひょっこり顔を出す瞬間はこれ。そうやって新しい価値を生まれるには、そういった“間”に入って、つなげるバランスのいい人が必要不可欠だろうな。

だから、(みんながみんなバランスがいい必要はなくて、尖った人もいてしかりだとは思うけども)、世代、職業、国、地域、地位、性、に囚われることなく、その間を行き来できるバランスのいい人をもっと増やせる教育的な仕組みって必要なんじゃないかな。そもそも、それをつくれる人は、超絶にバランスいい人ではなかろうか。

まあ、なんでこんなことを書き留めたかと言うと、バランスのいい人っていいなぁ、とぼくは思うし、そういう人が好きだし、そういう人と一緒にものづくりをしていきたい、という単純な気持ちだけだったんだけど、自分なりの「バランスのいい」を文字化できて一先ずOKということにしておこう。一生、バランス主義でゆきたいところです。

試行錯誤してる?

生まれながらにしてインターネットの恩恵を受けられる時代だ。教科書の問題にあるような、(形式的な)不明点はググってしまえば、たいてい解を求めることができる。そうなってくると、その解を調べるための力と、調べあげた解を用いて自分はなにをするのか、ということに焦点が当たり易くなったのではないか。

そういった時代背景のなか、ネットで調べられることがあまりにも増えてしまったから、それが“世界のすべて”だと思い込んでしまう人がいる。デジタルネイティブと言われる若者はその類だろう。自分が実際に体験したことでないのに、体験したかのように信じ込む。その純粋すぎるがゆえの信仰は、ある種、インタネーット教ともGoogle教とも呼べるかもしれない。

それは、自分の身体で感じたこと、頭の中で捻り出したことよりも、先人が体験し体系化してきたことのみに重きをおき、その枠組みからは一歩を出ようともせずに、自分という存在を放棄していることと同じだ。かつて、幼少時代、世の中のすべてが真新しく、自分の手触りだけを信じてやまず、「なんで?」の連続だったあの頃を忘却しちゃってる。

「なんでだろう?」「こういうことなのかなぁ?」「試してみよう」「やっぱそうだった/違うや」「もっかいやってみるか」というような自分の奥底から湧き出てくる疑問を「仮説→実験→検証」という流れにごくごく自然に変えていた頃の自分がいなくなっている。

自分で考えるというのは、うんと悩むし、答えがすぐに見つからずいらいらするし、失敗もいっぱいいるし、当然だけど、お腹も減る。大変なことだから、逆に言っちゃえば、考えることをやめたら、すっごく楽になるんだよね。だけど、その楽は“苦の種”であって、考えることを止めるということは、これまでの体系化された知識とルールのしもべになることを意味する。本当の意味で、どっちのほうが苦しいんだろう?

自分の頭で考え、手足をしっかりと動かして、五感で記憶していく。その体験を糧に、先人の知恵(解)を手法として用いて、自分だけの、自分だけしかできない、新たな答え探しをしていく。そりゃ、きついよ。あーでもない、こーでもない、と日々分からないことだらけだから。手探りだから。だけど、そうやって試行錯誤しながら、出会えたものは、きっと自分のこれからをパッと照らしてくれる。

頭の中で汗をかき、実際にもあくせく動き回って汗をかく。仮説、実験、検証を繰り返す。試行錯誤している人を目の当たりにすると、なんだかうれしくなるし、ぼくはそういう人が好きみたいだ。きっと同じ方向、同じような灯りを目指しているのだな、と思えるし、自分がそこから逸れかけているときに、ハッとさせられることもあるから。

試行錯誤していないなんて、もうつまんないよ。このブログは、殴り書いたようにタイピングした文章は、その自分のもがいた証そのもの。1年後、3年後、5年後、10年後、どんなタイミングになるか分からないけどさ、振り返ってみて、「おうおう、ちゃんと苦しんでるな、よくやった」と自分で自分で思わず褒めれるかんじになれたらいいな。実験しよう。

恩をだだをこねて返す

チョンと立ち止ってみて、自分の足跡を一歩一歩たどってみる。そうやったときに、恩をひとつも感じずに歩んできた人なんているのか?

これまでの27年間を振り返ってみると、「あのときに、あの人の、あの言葉、あのやり取りがなかったら」と思うようなシーンは何個もあって、パァ〜っと目の前に浮かび上がってくる人たち一人ひとりにどんな恩返しができるのだろうと考えるときがある。もちろん、たまにだけど。強烈に燃え上がるようなかたちで。

親をはじめとして、先生、友人、先輩、上司、など恩を感じざるえない人はたくさんいて、どうやって自分はその人たちに恩返しできるのかと頭を抱えてしまう。頭を抱えている暇があれば、手を動かして仕事して、それなりに出世しろ、という話はあるかもしれないけど、それはちょっと待った、でそのままこの話題を進めていきたい。

仕事で返す、一緒にいる時間で返す、場合によっては、お金で返す、いろんな形の恩返しがある。例えば、親にフォーカスしてみて、どうやって親孝行をするのか、というのは20代後半で真剣に考えはじめる人は多いと思う。

一応ぼくもその一人で、4人兄弟のうち、すぐ近くにいながらすでに孫の顔をみせている姉、側におらずとも海外で活躍しはじめている兄、男兄弟でいち早く婚約して落ち着きはじめた弟、などを見ていると、そんな風にぼくは親孝行できないや、とちょっとした孝行コンプレックスを感じていたときがあった。

結局迷いに迷ったあげく、自分が思ったことは、十人十色ではないけど、兄弟にもそれぞれ親孝行の仕方は違うんじゃないかってこと。ぼくはぼくなりの恩返しができればと思えるようになったし、それができるように自分も動きはじめた。

残り数十年で一緒にいれる時間はごくごく限られているし、会う回数にしてみたら、ほんと少ない。だから、母と会話する時間、一緒に散歩する時間を増やせすことは大事なことは、痛いほどに分かっている。ただ、うちの母はよく「やりたいことをやりなさい」と口にする。それを小さな頃からずっと耳にしていることに気付くと、ぼくは「やりたいことをかたちにすること」こそが自分なりの親孝行だと思った。当たり前なんだけどさ、それがむつかしいわけよ。

フリーランスとして仕事をさせてもらってから、自分が今やっていることって、やろうと進めていることって、ぶっちゃけ説明しにくい。会社員のように簡単に説明できるものじゃないから。だからこそ、それをちゃんと“目に見える”かたちにすることが必要なわけで、分かりやすいのは、なんかしらのメディアに載っかるとか、賞をもらうとか、その仕事で人並み以上に稼ぐ、とかいろんな要素があるとは思う。

それ以上には、おそらくだけど、やっぱり、自分が生き生きと過ごしている姿を見せ続けれること(他人に迷惑をかけないかたちで)だろう。それは、親だけの話だけじゃなくて、(一方的にでも)自分に深く関わってもらった人たちに対するご恩は、自分のこれからのくらしを通して、その姿が目に耳に届くように、じたばたと、もがき続けることでしかしか返せないのかもしれない。死ぬまで、ずっと抱え続けるもの。

ここまでを読み返すと「で、お前さ、なにが言いたいの?」 と、自分でも思わずつっこんでしまう。てことで、ふらりとばらついた考えを整理してみると「恩をちゃんと感じている、ちゃんと恩返しがしたい」ということを、ただただ書きたかったみたいだ。記録したかったみたい。自分で自分の気持ちを確認するためにも。

とにかく返そうとは思ってはいるのだけど、性格が天邪鬼で、いやもう天邪鬼の化身なんじゃないかと思うくらいの、まっすぐなものでさえふにゃっと曲がった形に見えてしまう、他人がもっとも面倒と思うタイプの人間だろうし、なかなかに不器用なもんだから、返すまでに時間がかかる。困ったもんだ。自分でもそう思う。

一度もらったご恩は、しばらくぼくの腹の中にしまわせてもらって(ドラえもんの四次元ポケットのようなところにしまっておきます)、時間をかけて、駄駄をこねるように、ちょっとそっとわがままも言わせてもらいつつも、じっくりとどこかで返していければと思うております。そういう人間ではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

ブログを悪用してしまった感あるな……。

 

自己本位からはじまるブログが読みたい

なにも書くことが思い浮かばない。ってくらい、ぼーっとしてしまっているので、久しぶりに「ブログ」について考えてみようかな。なんのためにぼくはブログを更新し続けるのか、そしてそれは将来的に何に繋がっていくのか、について。

基本的には、ブログというのは“自分のため”にあるものだと認識している。自分の頭の中にある情報と、心の中にある感情を整理するため。そうやって、自分の今や過去をまとめておくことで、未来の自分に対する“手紙”を残しておける。10年後、20年後と考えてみると、今読めば、しょーもない文章も、宝もののように価値が生まれ、感慨深いものになるだろう。

ちなみに、「書く」ことは「しゃべる」ことと同じアウトプットではあるけれど、「書く=考える」で「しゃべる=動きながら考える」という感覚がある。しゃべるのは、口のほうが早く動くので、後から自分で自分にハッとすることが多い。書くほうがじっくりと言葉を選べる分、ピシャリと頭と心にはまる言葉が見つかるまで考えることができる。

そうやってできた一本の記事は、自分の引き出しにストックでき、しゃべるときのネタにもなる。話の引き合いに出してみて、自分の考えや想いをブラッシュアップもできる。それをまた書いてみてもいい。つまり、しゃべるために書く、書くためにしゃべる、という循環がそれで生まれてくる。ぼくの場合は、しゃべりたいから書く、という意識が強いかもしれない。〇〇についてしゃべれる人を体現するために、ウェブに履歴書的ななにかを蓄積している感覚に近い。

さっき、ブログは“自分のため”にあると書いたけど、それが“他人のため”になるときがある。自分のために書いていたり、限りなくごく一部の人に向けた“手紙”は、全くの赤の他人を巻き込むときがある。ぼくたちは、他人の見て「自分を見ているような気がする」という気持ちになれる。投影するのよね。逆に、初っ端から他人を意識して書かかれているものは、ブログというよりは「メディア」の性質を帯びているかもしれない。

“自分のため”にというある種、“自己本位”なところから始まる文章のほうが持つエネルギーは大きい。とぼくは思う。そこからはじまじって、公共性を身に纏い、他人を巻き込んでいく記事にこそ魅力がある。いきなり他人を意識してはじまったブログは、なぜか続きにくいし、途中で飽きてしまうことが多い。ぼく自身何度もブログを辞めては始めを繰り返してきたけど、結局は、自分のために更新できていなかったことが原因だったなぁ。

先日書いた「嫌い」の話にも通ずるかもしれないけど、自分を貫いて、するりと他人のいる場所までとどき、受け入れてもらえたほうがいい。その練習としても、ブログっていいもんだなぁ、と思う。だから、だらだらと5年近くもブログをぼくは続けているのだろう。ウェブの中にあるブログから生まれた、リアルなご縁が年々増えてきたし、今後もっと広がりが出てくる気もする。

まとまりはないけど、誰かのためじゃなくて、自分のためにブログをはじめたほうがいいよ、って話にしておこう。自分を掘り下げれば下げるほど、きっと他人との接点が見えてくるし、リアルな場でつながり始めるから。あと、昔の自分に、未来の自分が励まされることもあるから。まあそれは続けた人だけにわかるご褒美だろうし、とにかく続けなさい。と、ちょっぴり喝を自分に入れておきます。

躊躇なくFacebookでフォローを外すようになったら、タイムラインに残ったのは、結局、リアルで会いたい人たちだった

“切っても切れない”というほどに、ぼくたちとSNSとの関係性は熟してきた。SNSが日常に馴染みはじめたというべきか、SNSが日常を浸食しはじめたというべきか、は悩みどころだけど。朝目覚めたとき、電車を待っているとき、お昼ご飯を食べるとき、何気ない瞬間にそのアプリを立ち上げてしまっている人も少なくないだろう。

「Facebook」「Twitter」「LINE」「Instagram」「Google+」「Path」という複数のSNSを使い分ける人もいれば、1つのSNSに傾倒する人もいる。コミュニケーションツールとして、うまく活用すれば、便利なものであることをみんな皮膚感覚で分かっている。

もちろん、表があれば裏があるように、SNSにも悪い面もある。特にそれを感じるのはFacebook。どうでもいい人(と言ったら失礼かもしれなけど)なのに、友達としてつながってしまうと、タイムラインに上がってくる投稿にイライラしてしまう。子ども写真ばっかとか、オシャレカフェの写真とか、恋人と別れたうんぬんとか、基地や安倍さんに対する激しく偏った主張とか、そういうのすべてが目に入るとストレスになる。

だから、そういう投稿をする人がいたら、ぼくはすぐにフォローを外すようにしている。根本的に「SNSは悪」ということではなく、どう「うまく付き合っていくか」というツールとしての関わりを考えると、自分にとってよい機能を活かして必要な情報を残しながら、不要な情報を削っていくのはごくごく自然なことだ。

またSNSのようなウェブではなく、リアルにおいて考えてみると、そういうフォローを外してしまう人はそもそも「会いたいと思わない人」がほとんどだ。ぼくたちは、無意識的に人を選んでしまう。「この人と話したい」、逆に「この人の話は聞きたくない」とかね。そうやって情報を取捨選択しているわけで。SNSだからといって、無理くり、自ら嫌なものに触れることはしなくてもいいわけで。

そうなると、Facebookはリアルな関係性を可視化しはじめているかもしれない。リアルで会って、話してておもしろいなー、と思う人はフォローし続けるけど、そうでもない人はフォローを外す。つまり、Facebook上の“友達”と“フォロー相手“をしっかりと区別することで、ウェブのなかでも関係性を整理しているのだ。(たまに、むっちゃ嫌いなんだけど、ルサンチマン的に昇華できるネガティブエネルギーをくれるから、あえてフォローし続ける人も例外にいるけどね)

そうやって、居心地のよい(ある意味、閉じた)場をFacebookに求めてしまう。どこまでも届くSNSを自分の興味関心だけで閉じてしまうのは「外界の新しいことを遮断するようでもったいないよね」という声もあるけど、ぼくの場合は、広がりはTwitterで担保しているので、そこらへんは他SNSとの使い分けだと思っている。むしろ、全方位的なTwitterのほうが好きだしな。ほんと、便利な時代だ。

まあ、この感覚や変化については、ぼく自身のものなので、「他の人もそうなってきてる」とか「世の中の動きがこう」とかまで触れてる気はないけど、いろんなSNSとの付き合い方があるんだろう。依存しないレベルで、自分がリアルのなかで形にしたいことへ到達するためのひとつの手法として、“道具”として、ほどよい距離感を保てればいいよね。ほんと。

オバケの松倉さんが「monologue」というSNSを開発にむけて動いているけど、ぼくは絶対に使うなぁこれ、というような哲学を持っている。SNSとの関係性を考え直したい人にとって、待ちきれないやつだ。

何はともあれ、付き合う相手と、付き合い方は、たまには振り返って、もうちょいだけ考えてみましょう。というメッセージを、日々ウェブ漬けの自分に送りたいだけの備忘録でした。リアルのほうがむっちゃ大事よ。まじで。

(情報の“受信”について書いてたみたいだけど、“発信”についてはここに書いてたや:facebookをmixiにします

とりあえずビールより、とりあえずペン、か、ブログ

お店に行ったりすると、もう条件反射なのか、気遣いなのか、一種の法律なのかわからないけど、「とりあえずビール」という慣例がある。あれって、バカらしいと言えばバカらしいんだけど、楽っちゃ楽なんだよな。

と、別にそのことを愚痴愚痴言いたいわけじゃなくて、記すことについてメモりたかったので、こうやって“とりあえず”フォームを開いて、カタカタやっているわけなんだ。そうだ。「とりあえずビール」の要領で、「とりあえずペン(メモ帳にでも書き留める)」もしくは「とりあえずブログ」と、まずは手を動かしたらいい。

そっちのほうが、頭の中のことも、情報も整理できるし、インプットしたことをインプットできたつもりにもならない。そういう、文字に対して、止まらない姿勢は、今の自分には大切だよなぁ。と、こうやって書きながら思うわけで。書きながらのよきアクシデントを楽しまなくちゃいけない。

気持ち「60%」くらいのつもりで、「楽に楽しく」続けてみて、「自分>他人」にとって有益なものをつくっていく。そういえば、メモ帳の意味ってそもそもそうだったんじゃないかなぁ、とかなんとか思いながら、今日も明日も明後日も、言語化に挑む。

文章で食っていくかどうかはさて置いて、自分の中のモヤモヤをちゃんと整理できない大人になるのは、嫌なので(いい歳こいて、整理できていない大人を見るのもやっぱりつらいので)、ちょっとずつ積み重ねていく。この文字の層が、きっと後々の、だれかとの差を生んでくれることを願いながら。とりあえずペン、か、ブログを。それが終わったら、とりあえずビールで。

400字執筆は、ジョギングみたいなもん

ブログをいつものごとくサボっていました。ですが、手書きは変わらずに続けています。月末までに、400字原稿用紙×50枚をぜんぶ埋めると決めてから、25枚ほどを書けた。といっても、1万字ほどなので、数字だけでみれば、いたって、大したことはない。

1枚1テーマと決めているので、記すなかで、25個ほどのネタの卵が見つかったかんじかな。ただ埋めるだけでは筋トレにもならないので、以前書いたように文章構成にルールを置いている。5段構成の設計図。それなりに制限つけなきゃ、意識はどっかに必要だよね。

もっかいルールを確認しとく。【段落の数は、だいたい5個か6個くらい】【最初の段落には「導入」】【2段落目がとても重要で、なにか「おもしろいこと」】【3段落目は、その説明】【4段落目は、さらにハードルが高くて、なにか「新しい視点」】【5段落目に、さわやかにさらっとまとめ】。

それを400字詰めで考えてみると、文字のバランスとして、ぼくが考えのは【1段目:60字】【2段目:100字】【3段目:100字】【4段目:100字】【5段目:40字】というひとつの指標。単純計算で、各段落80字だと書きたいことが書きにくいと気付いたので。

懲りずにずっと思ってることは、文章はトレーニング次第で、ある程度の力量までは上達できるってこと。そのためには、量をこなすことだと思う。絶対的な量(時間)が圧倒的な質を生む、と信じながら。津田大介さんもそんなこと言ってたしなぁ。だけど、ただ量をこなすだけだと、伸びるスピードは遅いと思うので、その中でも意識が大切だと思う。ぼくは、そこに、文章構成を今のフェーズで取り入れてみてる。

きれいに整った升目を、滑稽な字で、黒く書き染める。実は、残り20枚分は「2枚、3枚、5枚、10枚でひとテーマについて書く」決めていて、ちょっとずつ筆の走行距離を増やしてみようと思っている。いきなり42.195キロは無理でも、数キロであれば、どうにかなる。その積み重ねってことなんじゃないか。それを試したい。

とにもかくも、時期が時期なので、夏バテには気をつけようっと。へばるなよ、おれ(心配すぎる)。

 

名桜大学のあたらしい奨学金制度は、どうなっていくのか

11日の夜から福岡にはいり、やがて5日目。いつまで九州にいるかわからないけど、とりあえず今は久留米にいる。河童が有名なんだってね。仕事の合間を縫って、ミイラかなんかを見れたらと思う。

そんなことを思いながら、福岡から沖縄の話をすこし。沖縄には、いくつか大学があるのだけど、奨学制度もいくつかある。そりゃ、各大学に奨学金があるのは、あたり前なんだけど、違和感を覚えたものついて。最近、新しい奨学制度がはじまったらしい。

「学生・教育支援等プロジェクト経費」というもので、学生が個人・団体でやりたいプロジェクトに対して、最大100万円が支援されるというもの。返済は不要だとか。いや、表向きで言えば、「こりゃいいねー、学生、いろいろとやれるね」とか思うんだけど、やっぱりこれは違和感がある。

そこらへんに触れるには、このFB投稿を見てもらわなくちゃ。この投稿者曰く、「何かをやりたい!」と思っていて、想いは持ってるけどお金が原因で何もできない学生は多いとか。そんな壁にぶつかっている(自分以外の)学生にぜひ使ってもらいたいそう。

そこそこシェアされてて、いいねも付いて、なんかイキってる感じがするのだけど、これ「ちょっとおかしくないか?」と、ぼくは感じる。だって、本当にやりたいことがあるなら、お金がなくても、できることからまず始めるよね。お金がなくちゃできないよ、という甘えの強い学生を、さらに甘やかすきっかえを与えちゃっていいもんだろうか。

そんな学生がポンポン承認されるようなら、あまりやらない方がいい気がする。すでに何かをやっていて、その活動を広げるために資金が必要ならわかるのよね。すでにアイデアのβ版が見えていて「そこが足りないんです、、」と理由が明確だから。「お金がないなら知恵を絞って」タイプの応援をまずできたらいいじゃん。

「なんでこんな奨学金ができたのか?」と思想の潮流的なものを自分なりに追ってみると、やっぱり大人がわるい。沖縄は、他県に比べると、かなり公費だの補助金だののお金が動いてて、それありきで物事をはじめようとする大人が多いから、そりゃそれ見てる若者まで、そういう考え方にはなるわな。スモールスタートでいいじゃんね。想いがあるなら余計にね。

そもそも、この奨学金をつくりたいと思って、実際に動かしたFB投稿者はすごいし、すでに形になっちゃってるものだから、あとは考え方、選び方、使い方次第。なにかを「やろうとしている」じゃなくて、すでに「やっている」学生を応援できるように、せっかくの制度だからなるといいな。ちっちゃく動き出してる人にみんな目を向けてあげてよ。

(まあ、ぼくは学生のときはバイト三昧で、特になにかを意識高く「やっていた」タイプでなかったから大口は叩けないけど・・・)

 

400字詰の原稿用紙、はじめました

もろもろのブログを再開するにあたって、最近から、手書きの作業にも力を入れはじめた。何をはじめたかといえば、400字の原稿用紙に、ひとつの切口で1枚をまとめてみること。サラサラッと、後から、自分でも、読めるか読めないかわからないような文字を書きなぐって、400字を埋めていく。

意外にもこの作業が楽しい。むちゃくちゃ楽しい。中学校とか高校のときに、読書感想文だとか、意見発表文だとかを書けと言われていたあの頃は、どうしても原稿用紙というのが、ただの白い、だけども大きな大きな壁であったのを覚えている。特に、書き出しが苦手だったけなぁ。

それが今となると、楽しくなるのは、なんぞこれ。多分だけど、手書きという昔の感覚を思い出せているノスタルジーと、どんなに不格好とはいえども、自分にしか生めないような、統一感のない文字に対する生々しさが、要因なんじゃないかってね。それと、過去のトラウマというか、壁を乗り越えたという、技術の変化に自分自身がときめく。

「とにかく、筋トレなのよ」と誰かが言った気がするし、いつからか、呪文のように、ぼく自身もそう自分に言い聞かせている。整った文章を書くのは、メディアという神聖な場所で、ライターとして書かせてもらっているのだから、裏舞台として、手書きとブログはどろんこまみれの遊びのある文章を書けたらいいな。

そんなこんなで、原稿用紙は「400字×50枚」ある。現在、10枚ほどを黒く汚した。7月中、ちょうど沖縄を離れての、九州遠征中にでも、この50枚にすべて吐き出せるように、手を動かしてみようかと思う。とにかく、立ち止らず、まずは量を、書く。ペンの握り方が変なもんだから、インクでむちゃくちゃ手が汚れることよ。

言いわけからの、場づくりの余白など

「ほぼ日で、書きます」宣言から、はや数日で、更新が止まるというのが、いつもと同じだよな、と反省しつつも、ここ数日を振り返ってみると、確かに書き留める時間はなかったかも、と言い訳の余地もちょっと探してみる。

4日は「水上学舎」で、5日は「すいすい市」、6日〜7日は伊平屋(いへや)島までのアテンド。ご無沙汰の人も、初めての人も、たくさんの人と会える機会となり、濃密で、次の動き方も見えた気がするし、ギュッと詰めてやったことへの意味も感じてはいる。誰かと一緒にいると、目の前の人に全部気持ちを持っていかれるから、作業をやろうなんて気持ちになれないのは、飲食(サービス)経験で詰み重ねてしまった感覚なのかも、と気付いた。

この数日、同じ「ぺとぺと」として活動するコバヤシさんをはじめ、ナースじゃないけど病院勤めのツバサさん、まちライブラリーの館長のゴウくん、そして、その奥さんのミシオさん、神主のゴリさん、大宜味のミゾくん、いつもお手伝いもらってる学生のナオユキには、(日頃からお世話になってるけど)いろんなサポートをもらい、ほんとに、感謝、感謝です。

ぼくはレス下手なので、あまりちゃんと言葉にできていない部分もあるけど、一緒に進めさせてもらう上で「自分のできないこと」「一人じゃできないこと」を、まざまざと痛感させられる。とういうか「おれ、できないこと多過ぎでしょ」と思うことばっかだったなぁ(苦笑)

「場づくり」については、毎度毎度どうなるかわからない、むしろ、「どうなるかわからない余白をどう残しておくのか」ということは考えるんだけど、こうやって自分以外の人が、ある意味、勝手にやってくれるから、安心できるから余白づくりをやろうと思えるのだろう。

どうやって人が集まったのかは、振り返ってみると、計算できたものは一つももなく、どっちかというと“偶然”に近いものばかりだったし、なにかしらの波長が合ったから、なにか大きな取り決めをしたわけでもなく、自然とまた来てもらえるようになったのかな、としみじみ感じるわけで。

今回の件で、ぼくのズボラさとか、弱みとかは、かなり公開された気はするので、できないところをどう乗り越えるのかとか、できることをより尖らせるためにどうしようとか、今後の動くときの規模を狭めるとか広げるとか、はもっかい考え直したいし、次どうしたいかは他の人たちに委ねられたらとも思う。

今ぼくのすぐ側にある場は、“プライベート”から“パブリック”の領域へ変わってきている。プライベートだからできることは自己完結で終わらせられるようにちっちゃく仕掛けながら、パブリックだからこそできることは、この場に集まってくれる人の意志に委ね、その意志が混ざり合うことの化学反応を楽しみにしながら、しばらくは、そのまま進んでいこうと思う。

大事なことは、続くこと。その場があり続けることで、だれかが(ちょっとした背伸びではなく)ひどく無理するような場は続かないし、そういうのは、おもしろくも、楽しくもないので、場の空気、温度には過敏なくらい敏感でありたいです。

すいすい市、打ち上げのホルモン焼きは楽しかったし、うれしかったので、あれがまたできたらいいなぁ。それとかも、続くように。

南城 × しごと × トライアルステイ

今朝のこと、家からバス停に向かっていると、目の前を先行くおばあちゃん。小さくまるっとした後ろ姿が、ほのほのとした雰囲気があった。杖をついてて、ゆっくりゆっくりと歩いてるので、当たりまえだけど、すたすたと歩くぼくが途中で抜いてしまう。追い抜いたあたりで、おばあちゃんの顔を見る。そしたら、目が合い、にっこりとした表情で「おはようございます」と声かけてくれた。ぼくも「おはようございます」とできるかぎりの、だけど不自然かもしれない笑顔で返す。

これって、ちょうど昨日まとめてみた「あいさつ」の話だよなぁ、と思って、こうやって作業場所についてからメモしている。知らないおばあちゃんだし、言っても、それほど近所なわけでもなく、今後会うのかわからないよね、っていう関係性であったとしても、こんな感じで「おはようございます」の一言がある地域というか、コミュニティに住めているのは、正直うれしいことです。

というのが、ひとつあっての今。ついでに、一昨日足を運んだ南城市のメモをしておこうかな。「なんじょう地域デザインセンター」で活動する秋本さんと、「沖縄移住ライフハック」のご夫婦と一緒にお茶をしてきた。南城という場所で「コミュニティスペース、コワーキングスペースづくりができないもんかなぁ?」と話に出たのがあって、それについて。個人的に「移住」に関する話も聞きたかったもあったかな。

南城は、沖縄本島の南部にあって、那覇よりもずっと下、自然に恵まれていて、ゆったりとした地域だ。「斎場御嶽」とか世界遺産もあったりするけど、あまり観光に特化してるわけでないので、というか、「そもそも観光系のプレーヤーがいない」という話を聞いてて驚いた。交通網も、バスなども通ってなくて、裏技的に乗り合いバスが南城市内なら300円で乗れるというのがあるくらいで、車がないとしんどい場所。

となると、観光客も南城市でゆっくりして〜というのは考えにくいわけかぁ。「浜辺の茶屋」のような絶景のロケーションにあるカフェも多くて、ちょっと立ち寄るくらいはできても、そこで1泊するって選択肢はやりにくて(数と価格の宿泊先問題で)レンタカーを借りた人なら、たいてい那覇に戻って、そこで夜を過ごすことになるのは分かりやすい。

夜の話をすると、やっぱり遅くまでやってるお店は少なく、特に、地元の高校生や大学生などの若者が集まるようなスペースがないとのこと。クリエーターンのような作業場所が欲しい人からしても、やっぱり電源あってWi-Fiあって、みたいな場所は皆無みたい。個人的には、観光という視点ではなく、ゆったりとした環境のなかで仕事できる場所としての開拓&提案ができないかなぁと想いを馳せた。

千葉の「KANAYA BASE」とか福岡の「SALT」のような、海辺あるいは海が見える場所で、作業をする。それによって、生産性が上がればいいだろうし、どこでも仕事ができるようなタイプの人にとっては、いつもとは違う場所で作業ができるのは、結構いい気分転換にもなるし、新しいアイデアが生まれるきっかけにもなりやすい。

関西、関東、九州あたりのクリエーターが一定期間、南城に滞在しながら、ゆったりしつつも仕事もするという環境づくりの可能性を感じた。だけども、そこで作業場所だけじゃなくて、同時に宿泊施設をどうするかという問題も出てくるよなぁ。それは、ワークスペースと宿泊スペースが併設タイプなのか、あるいは、提携できすスペースを見つけるのか。やっぱり問題はある。

とはいえね、なんとなくではあるけど、それをやれる土壌はあるんじゃないかと具体的な話は聞けたので、なんだかよい南城でのひと時でしたよ。カフェの名前は忘れちゃったけど、ちょっと高台にあって、海を見下ろせるお店があったんだよね。あの景色は、沖縄でもなかなか見れない気がしてて、内湾と山と雲がふぁーっと広がる海は、南城らしさなのかなと思った。

ぼくの個人テーマに「移住」があって、そのなかでも「試住」というトライアルステイがあるんだけど、仕事という入口で、きっかけで、移住ということを考えるフィールドが増えたらおもろいよな。あくまで大切なのは「くらし」なんだけど、その一部としての仕事を切りとって、自分のあり方を考えるかどうかはさー。ちょっと長くなったけど、メモはここらへんで終了。

あ、南城市はよく「♡」を使っているけどこれなんなの? と思っていたんだけど、南城市のかたちがハートに近いとのことらしい。やっと腹オチしました。ただ「♡」の記号が苦手である。これを多用する女性とか超苦手なんだよなあ…トラウマが……ね。

田舎にあって、都会にないもの

この前、自分の領域について考えてみたけど、その中の「地域」と「くらし」というテーマで、その2つになんとなく重なるのが「田舎と都会」。ざっくりとではあるけど、田舎は「生産」する場所、都会は「消費」する場所だ、という大きなイメージを持っている。1次産業から3次産業までの流れを意識してみるとそれがよくわかる。

とはいえ、別に田舎でも消費的にくらすことはできるし、都会でもより生産的にくらすことはできる。気持ちの持ち様とか、そのためのツールと関係性をどうやって築いていけるのかが大きいんだろう。だから、「田舎もしくは、都会が絶対的にいい」とかは無いんだよね。それは、ほんとに。自分という人間とその地域との相性でしかないと思う。そこらへんはここで書いた。

「そもそもなんで、いま、そこにいるの?」「何がいいとこ?わるいとこ?」「仕事があるから?」「地元だから?」みたいなことは考えられたらいいよね。惰性でその地域でいるんじゃなくて、積極的にその地域にいられたら、なんか動きもグググッと変わってくるだろうしさ。

と、ウダウダ書いてみたのだけど、今回はタイトルを先につけてみたのを思い出した。「田舎にあって、都会にないもの」。それについて言うと、かなりシンプルなことで「あいさつ」なんじゃないかなーと思う。あいさつなんてのは、気持ちひとつでどこでもだれでもできるもの。

だけど、都会だと、通りすぎる人みんなにはしてられないし、面と向かっても、「おはようございます」とか「こんにちは」とかが瞬時には出てきにくい。心ではつぶやけても、急に、口だけが金縛りに合うような変な空気が都会にはあるような気がする。あと、社交辞令的なあいさつが多いよなぁ。

それに比べると、田舎は、そもそも人が少なくて、町を歩いていると見かける人もあまりいない。という条件は基本的に違うなかではあるけど、たまたま会った人にさりげなくあいさつをする人は、都会に比べたら多い(だろうな)。赤の他人であっても、あいさつの姿勢は変わらないし、ある意味、区別的あいさつをする人は少ないようにも思える。

たかがあいさつ、されどあいさつで、その一言があるだけで、その場所にいる「気持ちよさ」って全然違う。一日まともに口をきかずに過ごすなんて人もいるような社会があるなかで、その一言って大きい。言葉のぬくもりってすごいよね。一言から関係性が生まれることだって大いにあるし。街並としてはパッとしない地域であっても、この一言に触れられるだけで、そこを好きになっちゃう可能性だってある。「また来ようかなぁ」って思うくらいに。

あいさつの存在によってある、密な関係性というか、カジュアルコミュニケーションというか、そういったものは田舎の魅力なんじゃないか。田舎暮らしすると「自然がきれいだ」とか「静かに過ごせるわ」とか「ご飯がおいしいよ」とかいろいろあるんだけど、そういったものをPRしがちなんだけど、意外と「あいさつが気持ちいい」というのはもっと出せるといいかもね。

最近の1週間でも、昨日の1日でも振り返ってみてほしい。家を出てから帰るまでに、どんな人とどんなあいさつをしたのか。最近、地元のいへや島に戻ったときに感じたのだけど、島の小中学生の「おはようございます」が気持ちよかったんだ。いいところで育ったなぁと思いつつも、それが今の自分はできてるのかなぁと考えると、ちょっぴり恥ずかしくもなった。

メガネと、まちライブラリー

昨日のこと。早朝からの怒濤のライティングが終わったと思ったら、夜はイベント。主催したメガネのイベント。メガネをかけた人だけが参加できる(伊達メガネもOK)やつで、メガネゲスト(通称メガゲス)を呼んで、その人がお熱なものについて話をしてもらう企画。昨日は「まちライブラリー」を沖縄で展開しはじめた友人をゲストに開催。

元々、本がそんなに好きでもなかった彼は、まちライブラリーと出会い、もっというと、その取り組みをはじめた磯井さんとの出会いから、本を読むようになったとか。そして、本という媒体(メディア)を通して、人がつながっていく感覚が好きみたい。「マイクロライブラリーサミット」とかそういった動きなんかも教えてもらって楽しかったなぁ。

イベントの雰囲気としては、大学生からリタイア移住をされた方まで、年齢幅も職業幅もあって、だいたい10人くらい。場所は、ぼくが管理させてもらっている「水上家」。実は実は、ここにまちライブラリーを置かせてもらってたりする。そんな縁もあっての今回の会だった。

ぼく自身は、文章でお仕事をもらってるにも関わらず、本を読むことが少ない(活字はかなり目を通すほうだと思うけど)。だいたい本を読むのは、リサーチで必要なときがほとんど。それ以外には、自分が気になっている人、信頼している人が本を紹介してくれるとき。その人が「ここが、こんなんで、こうこうおもしろいよ」と教えてくれたり、何も言わなくともスッと紹介してくれる本は、なにかしら心に染み入り、自分の価値観がグッと広がったことも多かった。

そういう意味では、本自体がそれほど好きとは言えないのだけど、本でつながる関係というのはいいなぁと思う。そして、水上家という場を持たせてもらう身としては、なにか人がつながる“きっかけ”というか“共通項”というか、そういうのは敏感で、ある種、日本語がわかれば伝え合える、コミュニケーションツールとしても意味合いは大きいよなぁ。

ちなみに「酒(食)」と「音楽」と「スポーツ」、それと「映像」「デザイン」は、世界共通言語だと思っていて、人が引き寄せ合うひとつの媒体としてのポテンシャルは高いよなぁ。と思ったり。なので振り返ってみると、昨日は「本」を真正面から向きあったというよりは、「本のある場」という切口で、あの場に参加していたのかな。興味関心性格が出るところだ。

ちょっと話を戻ってみて、そのゲスト友人、まちライブラリー@水上家の館長がさらっと言ってたのだけど、「本を通して、友達でも仲間でもない、家族のような関係性が生まれた」という発言は、けっこー響いた。かなり響いた。そういう場が生まれるってほんとにすごいよね。なんかこれからも一緒に、水上家のにぎやかしをお願いします、ってかんじ。

あと、本棚というものがあったとして、そこに本がむっちゃ並んでいたとしても、やっぱりそこに誰かのストーリーがないとおもしろくない。そして、そこを繋ぐというか、紡ぐというか、そんな立ち位置の人がいることの意味って大きい。家族のようなあたたかな関係性は、人が間にあってこそ生まれる。これから、どうやって本を通じて、だれかの想いが他のだれかへリレーされていくのか楽しみだ。ちなみに、ぼくは本棚にしれっとピーチジョンを置いている(怒られるまで置いとくよ)。

ライティングの専門領域をどうしよう

胃もたれだ。東京からアワモリカクテルコンペで来ている知人と飲んだ飲んだ。那覇の水上店舗にてまずかるく1杯ほど。それから、桜坂のお店を3軒、最後に久茂地のお店で〆というかんじ。ひさしぶりに、ぼくもこんなに飲んだ、というかハシゴしたかも…..という反省まじりの現状報告。

朝起きたら、酒はあまり残ってない、けど胃がすこしだけ重い。まあこの状態で、シャキリと、締切原稿に手を付けはじめている。あと、手づくり市をやるための準備も進めなくちゃなぁ。あ、明日の夜はイベントだったや、と(準備が悪いもんだから)いつもバタバタ。いっしょにやってくれてるメンバーには、ほんと感謝だ。

ということで、仕事しなくちゃね。と思っている最中のブログ(はよ、やれよ)。さっき原稿を書くといったけど、自分のライティング領域について確認してみようかな。ライターに専門性がある(必要だ)と思うんですよ。

一口にライターといっても、いろんな人がいて、紙かウェブか、専門領域はどうかなんて違いがある。とはいえ、ぼくみたいな3年目の若手ライターは、いうほどの専門性はなく、「ここらへんが自分の領域なのかなぁ」程度を探り探り、相性と将来を確かめるかのように記事を書かせてもらっている。

自分の領域以外のもの(ちょっと自分っぽくないやつ)を書くときだって、もちろんある。それはそれで、どんなジャンルでも、どんな記事形態(レポート、インタビューなど)でも書けるようにと、できるだけの仕事もさせてもらって、やり方を探ってきたとも思う。眼中になかった領域から、学べる知識・経験も多いから、やって損はないしね。そうやって、広げてきたからこそ、いったん狭めていってみようか、と領域を定める1年間として2015年を絶賛取り組み中だ。

長ったらしくなったけど「自分がここらへんを待ってるぜ」という領域(切口とも言えるのかな)は、「地域」「カクテル」「職人」「くらし」らへん。そのキーワードに引っ掛かりそうなメディアでやらせてもらえるように、奔走している。

もっとキーワードを切り分けてみると、「地域」は「商店街」「場づくり」「シビックテック」「離島」、「カクテル」は「ハーブ」「モクテル」「ご当地」「ルートビア」、「職人」は「手しごと」「伝統産業」「テクノロジー」「継承」、「くらし」は「田舎と都会」「働き方」「二拠点/多拠点」「移住」「民俗」「おばあちゃん」とか。

思い当たるものをバッと並べてみたけど、「くらし」比率が若干高いのかなぁ。というのと、なんだかんだ「地域」「カクテル」「職人」も自分の中では「くらし」にどう落とし込めるか、っていう課題に取り組んでいるみたい。

あと、どの領域でも「編集」とか「デザイン」って言葉がどう絡むのか、ということが気になるな。こうやってまとめていると、いろいろ気付かされちゃうから、“とにかく書く”って作業は大事やね。

今関わらせてもらっている「マチノコト」は、自分の中で大事にしているキーワードをかなり拾えるメディアだと感じていてて、もっとしっかりとやれたらな、とへたれな自分に喝を入れなきゃとも思う。ちょっと止まっちゃてるけど「おうち菜園」は、カクテルとかけ算できる可能性も高くて、余力がでてきたら、文章提案できるように。

とにかく、ひたすら書け、書いて書きまくれ、頭だけ考えている暇あれば、紙とペンを持って1枚まとめてみるとか、ワードを開いてみて構成などひとまず気にせずダッと書いてみるとか、指を動かせ、指で考えろ、ってことなんでしょうね。自分で自分をうまく叱れたっぽいので、仕事に戻ります。

 

書起こしで変わる「取材」と「価値観」

文字の「書起こし」は苦手だ、ということもあって、そういった作業には自分からはなるべく触れないようにしている。とはいえ、お世話になっている人から(ありがたいことに)依頼される仕事では、書起こしをすることはしばしば。ぼくの場合、苦手との戦いは、たいていご縁によって幕を開ける。

耳に集中して、同時に、手を動かす。たったこれだけのことなんだけど、慣れてないと当然てこずるし、そこそこ奥が深い。たしか、一番最初に引き受けたのは、約3時間ほどの音源だったんだけど、これが地獄だった……。コツが分かってないもんだから、非効率でスピードもかなり遅かったのを覚えている。もうやらねぇーー!と思うくらい。

けど、結局は、同じように引き受けちゃう。そうすると、苦手だ苦手だと思ってやっていても、前回よりはスルッとやれるようになる。量をこなすと、ましにはなっていくもんだねぇ。それでも、苦手意識というのはすぐには拭えないのだ。

そうやって、何度も書起こしの仕事を繰り返していると、自分なりのこなし方が確立されてきて、ある程度の時間の段取りもできるようになってくる。そして、ふとした瞬間に「あれ、なんか書起こしも楽しいかもな」と錯覚に陥る。あくまで錯覚なので、苦手は苦手ということ。

でもね、錯覚を起こせるようになれば、こっちもんだよ。だから今はちょっとだけ書起こしの仕事を増やせたらいいなぁ、と思っている。自分に足りないスキルも補える気もするしね。

書起こしの良い点は、自分以外のインタビュアーの「取材方法を学べる」ってことがある。どのように、相手と距離を縮めて話を引き出すのか、話がブレたときに本題に引き戻すのか、自分の話をどう織り交ぜるのか、など勉強できることは多い。

また、他人の声を文字化する作業のなかで、その人の「価値観を疑似体験できる」おもしろさもある。以前、都会から田舎へ移住した人の取材音源を書起したときに、自分がひとつも想像もできなった暮らしを語る話者の言葉一つひとつが、体に染み入ってくるような感覚があった。自分のなかで、ここぞと使える引用フレーズが増えていくみたいな。

書起こしについての雑感がざっくりし過ぎてるし、「書起しやると、これ身に付くよ(身に付いたよ)」ということはまだまだあるので、またどっかでまとめ直したいなぁ。

とりあえずね、自分の知らない世界にいるだれかの体験と言葉に触れることができるのは、楽しい。そして、指を動かしながら、少しずつ自分の中にも蓄積するものが増えていくのは、うれしい。まあ、苦手っちゃ苦手だけども……もっとやろう。書起こし協力隊になろう。

そして、ライターでなくとも、ライティングに興味あったり、ある分野についてのただならない関心があるなら、まずは気になる人の音源探して書起おこしてみるといいかもよ。おすすめです。

汚ない文章でいこうぜーーブログという生活実験

汚さなければ、晒さなければいけない、そんな気がしている。

どこまで続くはわからないし、何度も何度もくじけたことだけど、またブログを書き続けてみようか思う。とはいえ、そもそもブログを止めてたわけではなく、その頻度が1ヶ月に1回更新できるかできないかという、いわゆる中途半端なかんじだった。気が向いたときだけ書くスタイルというか。

恥ずかしながら、仕事でぱつぱつになって、そのときは書くのを伏せておこう……と書きたいのに書かないことも多かった。けど、今度にかぎっては、ほぼ日で更新できるようにしよう。そうだ、しよう。

仕事でウワーーーーっとなっているときほど、自分の頭の中がちゃんと整理できていないんだよなぁ。自分が今まさに取り組むことに対する想いとか、そこで得た情報とか、どこに向かっているのか、なにをその瞬間に感じているのか、ここらへんはきれいにまとまっていたほうがいい。

それができないと更に効率が悪くなって、余計にブログの投稿画面に手をつけれないという負のスパイラルになるってことは、何回も痛い程に経験している。「きついときほど書け」と自分に言い聞かせなくちゃ。

「これが終わったらこうする」という準備ばかりを待っていたら何も始まらない。無理くりにでも、こじ開けちゃって、始めちゃわないと、次には進みにくい。きっとそうだと思う。だから、もっと書かなければ、とね。

実は、このブログ以外にもいくつかブログをやっている。「ハチナナハチハチ」と「OTTO」。このふたつも更新頻度は高くない。とはいえ、ちょっとしたテーマを持って、だれかに見られることを想定して書いてはいるようで(振り返るって気付いたけど)少しだけ“メディア”を意識している。

「自分のためだけに書く」のがブログだ、という解釈を持って、このゲゲゲについては、書き進めていこうと思う。自分が気持ちよくなるために、スムーズに仕事も捗るように。変にテーマを意識せずに、思ったままのこと、自分の中にある感情の変化や、物事に対する考えを殴り書いていく。

テーマや文章量など、なにか枠組みを決めすぎると、きれいに書かなきゃいけないと自分で自分で苦しめることになる。汚くていいんだ。どうせきれいに書こうとしても、そもそも汚い文章しか書けないのだから。

「書く」って、できる人がやるとか、高尚でもなんでもなくて、自分のためにあるはずだ。自分の頭にあることを言語化して、文字にして、鏡のように自分自身と向きあうための作業。

そうやって自分のためにある文章で、白紙のような投稿フォームを汚しまくる。頭の中に棲みつく生き物のように、激しく動きまわる思考と感情を文字にして晒してみる。それを毎日のように続けたならどうなるのか。

たかがブログなんだけど、自分にとっては新鮮なチャレンジ。そして、ワクワクもドキドキもヒヤヒヤもする実験だ。結果はどうなるかわからないけど、されどブログ、となるように楽しみたいなぁ。自分をもっとおもしろがれるように、のせられるように。