仏教に紐づく移住観はあるのか

「妖怪」という現象ついて調べものをしていると、仏教の考え方にたどり着いてしまう。「輪廻転生」「六道」「閻魔」など、死後の世界について語るときには、さまざまな言葉が出てくるが、日本人にはわりと馴染みのあるものは多い。

『往生要集』に関する文を読んでて思ったのは、五戒(不殺生、不妄語、不偸盗、不邪婬、不飲酒)を破るように、人間の社会はつくられているな、ということ。そして、それは自分が望む/望まないの選択に関係なく、否応がなしに破らされているような感じ。

一つ気づいたのだけど、五戒と地域の関係性を考えてみるとおもしろい。都市部に行けば行くほど、五戒を破りやすい構造があるように感じる。自分の意思でくらし方を選び、五戒を極力犯さないように過ごそうとなれば、都市よりは地方、さらには田舎に行くという考えになるのは当然なのかもしれない(五戒を意識して生活している人なんてほぼほぼいないとは思うが)。

生物を殺すことなく、自分で作り育てる。自分を誤魔化すことなく、くらしたいかたちを模索する。当然ながら、盗むことは一切なく、そんな状況にならない治安が地域にはある。消費的に、身を滅ぼすような享楽からは遠ざかり、くらしにおける生産的な遊びをつくり、取り入れる。お酒は飲まないと決めたら飲まないような誘惑もない(田舎のコミュニケーションを考えると、実はこれが難易度が高い気はする)。

一個人の考えとしては、「五戒を破らずにくらすことは、果たして、ゆたかなのか」「それは、どうおもしろいのか」と甚だ疑問だが、クリスチャンが結婚前に肉体関係を持ってしまう様をあるように、時代が変わったことで軸となる価値観も変動していくわけであって、今の時代に生きるぼくたちが先代たちのくらしのなかに根付いていた考えをどのように辿り、学びとして抽出していくのかが、おそらく大切なのだろう。

民俗学からの歩み寄りから、人が移動することついて、または、昔も今も変わらないくらしにおけるエッセンスとは一体なんなのかについて、もうちょい考えてみたい。

 

主役は一体だれか – 福祉や教育における上から目線

学生時代は、外国系の大学にいたんだけど、教授とのご縁だけで、国際比較教育ゼミにまんまに入ってしまった。

ぼくの研究は、オランダのオルタナティブ教育(特にはイエナプラン)だった。まあ本題は次なんだけど、そのときに、先輩後輩含めてゼミ生はかなりいて、発展途上国の「開発教育」「教育開発」なんかをテーマにしてる人もそこそこいて、その人たちの基本的な研究をはじめるときの言い分って「(もろもろ)恵まれなくて、かわいそうだから」というのだった。

それって、感動ポルノの話に通じるものがあるよなぁ、と感じていて、「自分は恵まれた国に生まれたから」=「自分は五体満足だから」という一つ上から目線で、各対象を見ていて、物事を語っていて、そもそもズレてるよね、という気がしてならない。

だから、「与えてあげる」という傲慢なスタンスなんだろうし、それによって、「満足しているのは一体だれか?」という問いすら持っていないのだろう。そうやって自慰的行為を多産して、”やってる感”ばかりが生まれるけど、実質、動いたものは少ない、という状況になりかねない。

どういったかたちであれ、相手の個性や文化を尊重したうえで、「魚を与える」でなく、情報不足な知人に「魚の釣り方を共有する」というようなスタンスにならなければ、福祉も教育も、本質的には変えられないのかもしれない。

結局、一人ひとりが持つ人生であって、環境や周りの人が変わるきっかけはつくれるかもしれないけど、変わるためには本人の意思と、行動でしかないと思う。そして、その人の意思や行動力というものはあなどっちゃいけなくて、「すべてをこっちがしてあげなきゃいけない」というエゴは捨てたほうがいい。

「主役は一体だれなのか」

そんな意識を持って人と付き合っていくことは、どんな対人関係であっても、大切なんだよなきっと。

「離れ方」ないし「委ね方」というのは、ここ数年の一つのテーマだけど、たまたまFacebookで流れてきた記事を読んで、メモをば、と思って書いていたら、「これって、場づくりに通じることやな」と気づき、すべてのことには通じるエッセンスというものはあるのだなぁ、と改めて実感する。

(となれば、どんな人、物、事に関われど、それは自分の視点の置き方、切り取り方次第なのだろう)

「ショーケースに並んだ”対象”としての愛」あるいは「相手との間に見いだす”技術”としての愛」

愛は技術だろうか。

エーリッヒ・フロムの著『愛するということ』では、そのような問いがあり、「愛とは技術である」という前提で、愛と技術についての話が展開していく。さらに、フロムはこのように記述している。

技術だとしたら、知力と努力が必要だ。

愛とは、運で「落ちる」ようなものではなく、生きる技術があるように、学び、知り、習得していくものだという。

先に断っておくと、本音を言えば、「愛」という言葉は照れるうんぬんではなく、日常的に使われると気持ちわるさを感じるし、愛がうんぬんをFBで語りたがる人は苦手なんだけど、やはり思考するためのカテゴリとしての「愛」というのは、人間だれにも引っかかりがあるもので、人を読み解くための記号としての「愛」にはかなり興味が断然湧く。

それは、ぼくの周りにもいるが、「愛されたい」と嘆く人がいるから余計であるし、「愛」という言葉を掲げながらも、その裏には対価としての地位・名声・金を得ようとしているような輩もいるからである。

本書でも触れられているのが、ほとんどの人は「愛すること」よりも「愛されること」ばかりを考え、そちらに重きをおく。それはなぜだろう、と28年生きてきて、ずっとその疑問が頭にこびりついてきた。どうすれば愛されるか、とういうのは、SNSで体現される”承認欲求”がそれを示唆しているようにも思う。

社会的地位を上げ、外見を磨くことが、愛されるための「魅力」をより高めていくことで、愛される(選ばれる)ための準備をしていく。という事ばかりに、意識的・無意識的のどちらであろうが囚われているのは、人としてのむなしさを感じてしまう。

孤独の裏には、「愛」という言葉が隠れていて、寂しくてたまらない人ほどに(内に秘めておけばいいものを)愛について語りたがる。「愛」と「性」の関係性をどう捉えるかにもよるが、孤独に向き合えていない人ほど、恋愛、セックスに依存するという傾向があるのように思えるのは、その証拠でもあるはずだ。

話を本書に戻すと、かつては、親や周りによって結婚が決められた中で「愛とは結婚の後に育んでいくもの」という考え方が主にあったと指摘している。だからこそ、”技術”が必要であると。これは、日本にもあるお見合いの文化の中にある現象と重なる気がする。『ゲゲゲの女房』では、夫婦の姿にはその愛が育っていく過程が描かれていたようにぼくの目には映った。

しかし、その”技術(あるいは能力)”より愛の”対象”のほうが重要になってきたのが現代社会であり、それは、欲しいものを欲しいがままに手に入れることができる時代が到来したことが原因である、とフロムは考察する。ようは、「魅力的な異性」というのは「掘り出し物」なのであり、あたかも人が商品であり、取引きがそこにあるかのように、自分の価値との等価交換として、最良の相手を選び、恋に落ち、愛を感じるようになった、と続ける。

ここまでは一章「愛は技術か」をもとに、自分の整理としてまとめたものだが、ふんふんと頷くことばかり。自分がなんとなく思っていたことが、言語化されているという意味では、やはり先人とは素晴らしいなぁ、と思うわけで。さらには、「人を嫌いにのは簡単だが、好きになるのも同じくらい簡単だ」と思う自分としては妙に”技術”という言葉しっくりときた。

苦手な人、嫌いな人が多い自分にとっては、年を重ねる中で、職業的に、処世術的に、相手にどんな嫌悪感を持とうが、おもしろがれる、言い方を変えれば、ある程度は好きにはなれる、くらいの対人術があるということを学んできた。好かれるかどうかを考えるよりも前に、自分が関心を持って、相手のツボさえつかんでしまえば、勝手に相手からも関心を持ってもらえると、経験値を蓄積してきたからこそ、この”技術”という響きは心地よい。

友人から勧められたので、手に取って、読み進めている今なのだけど、自分の性質を理解している人に勧められた本というのは、やはり浸りやすくなるものだなぁ、とあらためて感じる。そして、こんなことを記している間にはずっと、KinKi Kidsの「愛されるよりも愛したいまじで」というフレーズがなぜかずっとリフレインされるのである。

刷り込みってすごいし、こわいな。

振り幅はあるか、緩急はあるか

「振り幅ある人がいいよね」

最近は、お酒を飲むときには、そんな話をすることが多い。ぼくがよく口にする「振り幅」というのは、「バランスがとれているか」という意味を含むし、特には「都会と田舎(の価値観)の振り幅」という文脈で使うことが多いかもしれない。

全国各地を見渡してみれば、都会の仕事を軸にしたオンタイムで動くような価値観もあるし、田舎のように時間がゆったりとすぎ口約束でだらだらっと物事が進んでいくような価値観もある。個人のパーソナリティと進んでいきたい方向性との相性でしかないはずなので、どっちが絶対的に良いというのはない。

ただ片一方の価値観しか知らずに過ごしていくのと、両方を知って(どちらかを選択しているという感覚で)過ごしていくのでは雲泥の差はあると思う。(もちろん、その価値観が「頭でわかる」というのと「体に馴染んでいる」というのも雲泥の差でもある)。

それは自分の暮らしに対する見方が変わるだけじゃなく、他人に対する寛容さにも影響していくだろう。一つの価値観に縛られて、それでしか他人を評価できない人はたくさんいるけど、そういう人を見ていると、少し寂しくなるときが正直ある。

これは「都会〜田舎」の振り幅で考えるだけでなく、仕事の分野の振り幅として考えてもいいはずだ。例えば、IT畑だけにしかいない人の価値観は、若干偏ってるなぁと感じるときもある。それは、デザイン、法律、バーテンダー、農業、役人、ライターなど、どの分野にいたとしても、一つの畑のなかだけにしかいない人は「振り幅がない人かも」と感じられてもしょうがない。

他の分野の人はどんなことを考えているのか、目の前に同じ現象が起こったときにどんな視点で捉えるのか、その振り幅が多ければ多いほど、多角的に物事を見ることができるはずだ。だから、業種における振り幅がある人(例えば、哲学科出身のデザイナーとか農家出身のライター、エンジニア兼広報)というのは、ある意味、頭の中に2人分の人格が入っているような感じがする。

最近では「H型人材」や「越境者」がこれからのイノベーションを起こす、という話はあるが、これらは”思考(立場)の振れ幅”に通ずることだと思う。「あっちにも行けて、こっちに行ける、だけど中立も保てる」というコーディネーター的な存在は大きく、そういった立場の人が絡まないと、生み出せないものはきっとある。

(都会であれば余計にだが)専門性を掘り下げることに価値が生まれやすいからこそ、その二つ(以上)の専門性を重ねる技術は好まれるのではないだろうか。

ぼくは昔野球をやっていて、マウンドに立たせてもらうこともあったのだが、「ピッチングフォームが硬い」と言われることがよくあった。ボールを握って、投げ切る最後まで、全身に力が入りすぎていた。「力を入れるところ、抜くところ、この二つがバランスよくあるからこそ、いい球が投げられる」ということをここで学んだ。配球においても、ストレートだけじゃなくスローボールや変化球を混ぜることも含めて、「緩急」が必要ということだろう。

都会だけ、一つの職業だけ、というのは「力が入りすぎている」状態に近いとぼくは感じていて、そこの田舎や他の職業の価値観を取り入れ「力を抜くこと」で、伸びのある暮らし、明日に向かってのよい球が投げられるのではないか。そういう、振り幅、緩急というのは、いつもいつも社会(そして自分)の課題でもあるかもなぁー。

妖怪はエモい(暮しと妖怪の手帖、はじめました)

科学/化学で説明される、理論立てたものだけで、世界を捉えて暮していくなんて、窮屈でしかない。いつからか、そんなことを思いながら、今まで這いつくばってきている。感情的というか、神秘的というか、そういうものが人を動かしていることもあるな、と思うんですよ。もちろん、それも「絶対」ではないけど(偏ると、オカルトチックになりすぎるので注意)。

人は、そういった見えるもの(理論っぽいもの)と見えないもの(感情的ななにか)のバランスをとりながら暮しているように思える。昔の人は、おそらく、見えないものを信じながら、暮しをつくり、だからこそ慎ましげに、自然やその日々に感謝をしながら過ごせたのかもしれない。それに対して、(ぼくも含め)今の人は、見えるものに依存しがちで、「そんなものはない」と一蹴するかのように、見えないからこその曖昧さゆえに培えた謙虚さ/健気さを失いつつあるのではないか、とも思う。

ざっくりと、今風に言ってしまえば、「エモさ」が現代人に不足してるのかもしれない。そういった欠けたものを取り戻す方法は、いくらでもある。自然に身を投じてみるなど、多種多様なやり方のなかで、歴史を振り返るというのがある。今のようなデジタルで便利になった時代ではなく、もっとアナログで不便を知恵で補って暮していた頃を考えてみる。すると、「エモさ」は今も昔も変わらずにあったこと、その根源には、“アナログ的ななにか”があることに気づく。

その“アナログ的ななにか”は、現代の頭を持って考えると、もしかしたら非効率で、決して賢いものではないかもしれない。ただそれゆえに、感情に訴えかけるものも生まれやすいのだろう。そうやって過去/歴史を振り返るときには、いろんな切り口があるはずだ。古道具でも文学でも音楽でもスポーツでも着物でも、それは各々自分の好きなテーマで掘り下げていけばいい。入り口は違えど、出口は同じだろうから。

そんなこんなで、ぼくは「妖怪」をもとに、現代人が失いつつあるエモさについて考えてみたいと思った。ので、「アパートメント」というウェブマガジンで「暮しと妖怪の手帖」の連載を持たせてもらうことに。「妖怪=8日(ようか)い」という惰のつく駄洒落をもとに、毎月8日掲載。そう、妖怪はエモいし、そういう居ても居なくてもいい存在を、ぼくたちは忘れがちなんだよきっと。

「妖怪をのぞけば、暮しと人がみえる、自分がみえてくる」を仮説に置きながら、勝手気侭な独自の研究を進めていくのが、超プライベート空想冊子『暮しと妖怪の手帖』

妖怪を考え、社会を考え、人を考え、自分を考え、現代における“妖怪と人の共存”のあり方を模索していけるようなダイナミズムを持ちたいと思っています(嘘)

よろしくお願いします。

暮しと妖怪の手帖

「すべてが興味ないわたし」と「すべてが興味あるわたし」

腹が減ったら飯をくう。そりゃ当たりまえかもしれんけどさ。仕事と仕事の合間を縫って、食べものを求めて、街中をさまよう。いつもいつも、いろいろと動きまわってはみるものの、結局口にするのは、カツキッチンのポーク玉子おにぎりか、田舎そばのソーキそば、あるいは、赤とんぼのタコライス、もう最悪の場合は、ドンキで買い込んだ大量のカップラーメンである。

そう、基本的に、そういうご飯のことで何を食べようかと悩んでるのがもったいないし、なんかその時間無駄だよなーと思ってしまう自分がいる。ざっくばらんに言えば、腹を満たせば何でもいいのだ、そのくらいぼくは食に興味がない、と一度思うのだ……が、全くそうでもないらしい。

一応は、元々飲食業界にいたわけで、それなりに美味しいものがあるということは舌が覚えてくれてるし、美味しいものを見つけたときには、それを誰かと共有したくなる気持ちがあったりする。じゃあ、「興味がない」と思える自分はなんなのか? それは、自分事か他人事かの違いでしかない、と気付く。

自分ひとりで食べるものであれば、何でもいいわけで、気にすることなく、とにかく腹に詰められればいい。つまりは、死ななきゃいい、という価値観でご飯を食べる。しかし、誰かと食べるということを意識し始めると、自分の五感が一気に奮い立って、一緒に食べる人に合いそうなものはなんだったか、と自分の脳の片隅にある記憶を必死で辿ろうとする。それなりに知識的なものも勉強する。美味しいものを食べたときも、こういう味、〇〇さん好きかもな、と一瞬考えるような繊細さもそれなりにあるわけだ。

その「自分事として考えると全く興味を持てないことが、他人事として考えると一変してすさまじく興味を持てるようになる」現象、実は「食」に限ったことではない。自分がいま仕事として掘り下げている「地域」「移住」「テクノロジー」なども、そのおもしろさ・可能性にひれ伏してはいるけども、個人的には言うほど興味はないみたいだ。それらについて情報を欲している人がいると思うから、その人たちに向けて情報を集め、自分なりに編集し、共有するための準備をしていく。

興味のない自分のための自分と、興味のある他人のための自分、言葉としてはややこしいが、そういう二つの人格を持てている。少し飛躍する話にはなるが、相手に「やりたいことはなんですか?」と聞かれたとき、ぼくはいつも答えにつまる。それは自分事の領域だけで考えると、ほとんどやりたいことがないからだ。物事に対する関心というのがないままに27年間を生きてきた。むしろ「やりたくないことはなんですか?」と聞かれたほうが、死ぬほど答えられる。

だけど、唯一ポジティブに答えられることがあるとすれば、「やりたいことがある人のやりたいを応援する」「やりたいことがない人のやりたいを見つける」ってことは、あながち嘘ではないだろう。自分の動きよりも、人の動きのほうが気になるのだ。その人の動きがつくられていく様子を見れることが嬉しいのだ。

かつてバーテンダーとしてカウンターの中にいたときも、自分が話すよりも、お客さんが話をしてくたほうがいいし、知らないお客さん同士をつなげてその二人で話が盛り上がってくれたほうが、断然うれしかった。そもそも、そういうタイプの人間なのだ。自分については、わりと何でもいい。

自分には必要のない情報でも、どこかでだれかにとっての必要な情報になる、それが彼ら彼女らの新たな変化の起爆剤になりえるかも、と思うと、どんなことにも興味は持ててしまう。どこかに「自分用」スイッチと、「他人用」スイッチがある。プライベートでは、他人用スイッチは押したくもないから、基本的には全ての情報を遮断したくなるし、もう情報を入れすらしたくないから、人に会いたくないってことも多い。

一匹のマグロは、解体師によって、見事にさまざまに部位にさばかれていく。それは、だれがなにを調理したいのか、というひとつのゴールに向けて、丁寧に切り分けられているのだろう。同様に、ひとつの領域/情報の塊に出くわしたとき、自分は調理する気はひとつもないけど、こういう人にはこれ、ああいう人にはあれ、というような振り分けができる。きっとそれがあって、自分はいろんな情報を頭にストックする癖がついてる、それをしかるべきに引き出せるように揃えることができているのだと思う。

「すべてに興味ないわたし」と「すべてに興味あるわたし」の違いについて、ずっと自分で自分に理解できていなかったが、こうやって書き留めてみることで、だいぶ整理できたかもしれない。とりあえずは、自分についてはそう解釈ができたので、お節介かもしれながい、ついでに他人に対して思うことも記しておこう。

自分には無関心・無価値でも、立場や視点を変えてみれば、今目の前にある情報が、ある人にとってはお宝になるよね。それと、「編集」という作為は、そこらへんを常に悶悶と考えながらやっているものではないのか、っていうことを。そんなこんなを思いつつ、この記事は一体だれに響くのかしら(ハマる人なんているのか?)、と思い悩むのです。

いつまでもそこに居(れ)るとは思うなよ

始まりがあれば、終わりがある。よく聞く言葉だ。新しい一歩のために、物事をどうやって始めるのか。それは多くの人の関心事らしく、「〜の始め方」という切口の議論を、最近ではよく耳にするようになった。

ただ、その「始め方」は「終わり方」に対する意識が若干薄いのではないかとも感じる。始まりがあるなら、その先の終わりのことも一緒に考えてみるのはどうだろう。それをどうやって終わらせるかということを。

それは、「人が流動的な存在で、いつまでも同じ場所にはいられない」からこそだ。自分がずっとそこに居続けると思い込むのも危ういし、他人がずっとそこに居続けると思い込むのも、いささか横暴なのかもしれない。

人は変化し続け、ステップを踏んで、新しい場所へと進もうとする。そのときに、同じ場所にいられなくなる理由ができる。

あるひとつのことを、一緒に始めたとしても、終わるときは一緒ではないかもしれない。人の人生は摩訶不思議で、予定調和に全てが動いているわけじゃない。だから、始め方を考えると同時に、終わり方も考えていく。では、なにがよい終わり方なのだろうか。

終わり方は、各々が持つシチュエーションによって勿論異なるだろう。だが、終わり方には「捨てる」と「離れる」というふたつの終わり方があるように思える。捨てると、もう二度と戻れないが、離れるのは、また戻ってくることができる。

つまり、今までその場所で築いてきた関係性をぶち切って、その場を去っていくのが「捨てる」終わり方。反対に、関係性を継続して、やり取りは続きながら、なにかの際に立ち寄れたり、あるいは戻ってこれる可能性を残して、その場を去るのが「離れる」終わり方。

例えば、これを「移住」の話で考えてみる。とある地域に移住してはみたものの、文化が違うためか、地域の人とうまくコミュニケーション取れず、自分からもアプローチせず、馴染めず、2〜3年でそこを後にするAタイプ。もう一人は、移住後、地域の人とのやり取りに苦労しながらも、少しずつ馴染み、お互いに信頼できる関係性を築けたが、実家や仕事(キャリア)の都合でどうしてもその地域を出ざる得なくて、そこを後にするBタイプ。

すぐに察してもらえるだろうが、Aタイプの人は「捨てた」人、Bタイプの人は「離れた」人である。Bの人は、おそらく定期的に、その地域に遊びに行ったりして、宿泊もさせてもらえるだろう。ある意味、「さようなら」ー「さようなら」でなはく、「いってきます」ー「いってらっしゃい」と地域の人とお互いに言えるような関係性がある。

移住の話に限らずに、子はいつまでも親の元にはいられないし、チームだったけど個人としてやりたくなることもあれば、いつまでも部下は同じ上司の元にいるわけでなく、教師は次へと進もうとする生徒を留まらせることはできない。

すべて始まりは一緒だろうが、いつしかは(物理的な)終わりが確実にくる。だからこそ、再三言わせてもらうが、「どのように終わるのか」そして欲をいえば「どのように離れるのか」までを頭の片隅に置きつつ、物事を始めていけるといい。

話は飛んでしまうかもしれないが、自分が、あるいは、その人が、離れたとしても成り立つ「関係性」と「仕組み」をつくれる人こそ、よいリーダーなのだとも思う。いつまでも自分がそこに居れると、他人がそこに居てくれると甘んじるのはダメだ。人は絶え間なく変化し続ける。その変化を見抜けず、認めず、見送ることのできない人は、上に立つのはきっと向いてない。

こんな居場所が理想的だ ー その場所に足を踏み入れたからこそ、あらゆる挑戦でき、得るものがあり、次へとステップを進められる、登竜門的な存在としてそこから飛び立てるような、そんな人が“離れる”ことを好しとした場所。

みんな、行きたい場所があるなら、見つけたなら、そこへ行けばいい。人が行きたい方向を邪魔するほど、そんな野暮ったいことはない。それはしたくない。

温もりのある「離れる」をデザインできるよう、もっともっと経験を積まなきゃだなぁ。

田舎者はどこでもいるぞ

ぼくは田舎生まれの田舎育ちなので、やっぱり田舎者なのかな? とふと考えたことがある。大学進学に合わせて沖縄から上京し、いわゆる大都会、東京砂漠に迷い混んだわけだけど、言うほどには田舎者ではなかったかもしれない。

ずっと田舎にいたもんだから、当時、本を読んだりテレビを観てたりしてると、「うわー、ほんと狭いところにいるんだな、おれ」と心のつぶやきが漏れそう日々だったのを覚えている。もっと上がいるし、もっと知らないことがあるんだ、と18そこいらの鼻っタレのぼくはそう信じてやまなかった。足掻いて足掻いて上京ができたタイプだ。

あの時は、ちょっとした東京信者だったかもしれない。あそこに行けば、すべてがある、と思い込んでたし、田舎はダサいとそっちに向かって嫌な顔をしながら暮らしていた。しかし、それは間違ってたんだよな、間違ってた。

東京に住んでみて、大学、アルバイト、社会人と人に揉まれてみて、見えてきたこと、いや、学生を始めたてのときにすぐ察してしまったけど、田舎者は東京にもたくさんいるってこと。それは地方出身者が多いとかそういうことではなく、東京生まれ東京育ちであっても同じで。

東京生まれが本当は田舎者だって

BEGINが歌う曲に『防波堤で見た景色』ってのがあって、その歌詞ではそう書かれている。確かにそうだよな、とついつい頷いてしまう。そして、いつ聴いてもしっとりいい曲だ。

じゃあ、なんで「東京のような都会にも田舎者がいるか」って話だけど、東京しか知らないのに、東京が一番と思っていたり、東京だけで日本を語ろうとしたり、国内よりもすぐに海外に目を向けようとしたり、「井の中の蛙」臭がすごい人は、田舎者なんだ。

つまり、「うわー、ほんと狭いところにいるんだな、おれ/わたし」と思える気持ちがあるかどうか。無知の知じゃないけども、知らないということをちゃんと知っている人。ぼくはそこらへん臆病なところがあるから、そういう意味で、自分は田舎者ではないかもしれない、と事実的に感じたわけで。

ってなると、田舎者はどこにでもいるわけで、田舎にも都会にも、一定数いる。未知のものをなかなか受け入れられない、そっちへ踏み出す勇気も謙虚さもない人ね。何か革新的なことをする人ってのは、きっと田舎者から脱皮している人だろう。

逆に言えば、田舎にも田舎者じゃない人はたくさんいるわけだけど、そこに当てはまる、田舎者の反対の言葉が「都会っ子」とは到底思えないし、なんかちょうどいい言葉が見つからないのは困ったな。これ考えるの宿題にしよ。そういえば「舎人ライナー」って言葉の安心感パない。

移住イベントは、だいたい二パターンに分かれる

ぼくの夏休みは終わらない。プライベートの自由研究としての『バケモノの子』を前に挙げたけど、ちゃんとした、いや、ちゃんとしたって言うのも変だけども、ライフワーク的な自由研究を挙げるなら「移住」や「商店街」というテーマがある。

「移住」だけについて触れると、土地から土地へ動くってエネルギーむっちゃいることだから、その人が移り住む理由が気になっちゃう。というのと、ぼく自身が同じところに留まれずにあちこち行きたくなるタイプなので、どうやったら自分が根ざせる場所が見つかるのか?という自己対話も含めて、公私ともに還元できるレベルで掘り下げていければと思っている。

振り返ると、「京都移住計画」のメンバーと知り合ったのが、そもそも「移住」という言葉を真面目に考えるきっかけだったなぁ。そこからプロジェクトに関わらせてもらったり、彼らが発信する情報を拾っては、自分なりに掘り下げ、他の地域に行ったときには移住にまつわる話を聞いてみたり、沖縄において移住における取り組みをはじめたり、いろいろな方法で「移住ってなんだろう?」と向きあってきた。

そう、そうやって考えてみると、移住イベントをやるときには、ふたつの段階(場)を意識しなきゃいけない気がしてきたぞ。

ひとつは、「そもそも移住ってなんだろう?」を考える場をつくること。ぶっちゃけると、「移住」ってとても大きくて重い言葉だと思ってしまう。そういうことに興味ない人からすれば、超無縁のような単語に聴こえるに違いない。だけど、移住について考えることは「自分の暮らし/働き方を考えること」だから、実はほとんどの人が参加できる理由がある。とぼくは思う。

ある意味、就活を考える学生だって移住イベントに参加することで、移住しなかったとしても、生き方のヒントを得るかもしれない。その場に参加する人たちのさまざまストーリーを共有してもらえば、それだけでもいい勉強になるだろうし。ということで、「移住」ってのを切口を変えてみて、その敷居を下げるような「そもそも移住ってなに?」を考える場づくりがまずひとつ。

で、ふたつめは、その次の段階とも言えて、それぞれが自分たちなりの「移住」をかみ砕いた上で、次のステップとして、移住する地域の選択肢を広げたり閉じたりするための場づくり。それは「全国各地のどっか」という幅広い選択肢から選びたい人もいるかもしれないし、「この県にする」と決めていて、そこからさらに地域を定めようとしている人だっている。

またそこに付随するように、どんな暮らしができるのか、どんな仕事があるのか、という疑問を掘り下げられるシカケも必要だ。それがより具体的になっていると、求人や住まいがありまっせ、マッチング情報を用意しておくことになったりね。もちろん、この段階でも「移住ってなに?」についての考えを揺さぶられつつではあるけど、実際に移住するための選択肢と、それを絞っていくための(相手に合わせた)基準を共有できる場の質があがればあがるほど、移住のアクションには繋がりやすい。

実は「移住した後に〇〇をしたい」というところを汲み取ると、「ただ移住したい」というのと「移住して地域を盛上げたい」というのは層が明らかに違うので、これらの属性の人たちをまとめちゃうとダメで、そこはセグメントして、移住イベントは打たないといけない。移住して地域を盛上げたい、と考えている人なんかは「地域仕掛け人市」とかが合ってるのかもね。

と、長々と書いてきたけど、再度まとめると、潜在的ニーズを掬う「移住ってなに?」と顕在的ニーズを拾う「どこに/どうやって移住できるの?」という二種類の移住イベントがあるといいのかも。その中で、参加者が自分たちでも考え、具体的なアクションに繋がるシカケをつくっていく。(あくまでこれは“移住検討者向け”の話であって、“移住受入者向け”だと各地域プレーヤーが集まってケーススタディできる「移住フェス」みたいなパターンもある)

最近の移住イベントを眺めていると、「どこに/どうやって?」の部分ばかりが協調され過ぎていて、そもそも論の大事なベースがないがしろにされているケースも見てとれる。地方創世ブームでお金も動きやすいからって、そういう雑な取り組みはホント止めてほしい。ゆっても、移住って大きな決断だからさ(そこに骨を埋めるとかそんな気負わなくても全然いいと思うけど)。

だからこそ、ちゃんと選ぶための前置きはしっかりと丁寧につくっていくこと。それは移住に携わる人なら大切にしてほしい意識だよなぁ。まあ、こうやってずけずけと書きながら、自分自身にもプレッシャーがずんずんのしかかってるくる感じが、M気質だな、と自分を再確認中でございます。

いとうせいこうの肯定する脳みそ

意見が食い違うときのコミュニケーションって難しい。初対面の人と話すときには、必ず意識することがある。それは、否定型の人間なのか、はたまた肯定型の人間なのか、という話をする相手の性質だ。そのどちらかによって、伝え方は変えてかなくちゃと思うので、その判断は慎重にしていきたい。

何を言おうが、自分の意見と違っているとすぐに否定にかかるがいて、そういう人は別に死ぬほど嫌ではないけど、聞く耳をあまり持っていないのはもったいない、とつくづく思う。何か言う度に「でもさ」と反射的Butをバシッと振りかざしてきて、自分の意見の優れている点を主張しようとする。これってバランスよくないんだよなぁ。

反対に、肯定型の人ってのは、例え自分の意見と食い違っていたとしても、まずは相手の話を呑み込むように聞き耳を立ててくれる。その上で違っている点を伝えたいなら、「うんうん、そうだよね。たださ・・・」とYesで受け止めてからのButなので、ちゃんと認めるところは認めつつ、違いを話してくれるので、会話の気持ち良さが全然違ってくる。

否定型の人は、その「一度受け止める」ためのYesを持合わせてなくて、自分の意見以外は間違ってる、という概念に囚われているから大変だよな、と思うし、そういう人と話をするときこそ、肯定の姿勢で相手の価値観に耳を傾けて、言葉を選んで、話を進めていけたらいいなぁ、とも思う。別に相手をやり込めたいとかではなく、「自分と相手でなにが違っていて、そう考えるようになった理由はなんだろう?」を知るために。

肯定型の人間ってのは、どんなことがあっても物事をおもしろがれる人だよなぁーと、人としての強さを感じる。目の前に現れる予期せぬ出来事をいったん受け止めてみることで、その対象との距離感を探りつつ、自分なりの楽しみ方を考えていく。ここで思い浮かんでくるのが「いとうせいこう」という人物像だ。

以前『ボクらの時代』という対談式のテレビ番組に、バカリズム、いとうせいこう、小林賢太郎という珍しいメンバーで出演した回があった。そのときに、趣味の話からの流れで、バカリズムがいとうせいこうの人柄をこう語っていた。

せいこうさんは、肯定する脳みそなんですよ

それを笑いも交えつつ語るエピソードとして、いとうせいこうが「野犬の霊」に憑かれたときの話が出ていた。そのせいで体調も悪くなっていって、普通であれば、憑かれたら祓ってみる、という手段をとるのだろうけど、いとうせいこうは「(霊を)飼う」という決断をした。悪霊との共生をしようと試みて、今では忠犬まで飼いならしたけど、体調はよくなったわけではない、というオチ付きの話。

受入れて、おもしろがる、の究極はここにあるよなぁ、とクスクス笑いながら、ぼくは番組を観ていた。単純にそっちのほうが、世の中が楽しくなるだろうし、否定するものがあったとしても、肯定と否定、ふたつの視点で物事を見れるわけだから、得だよね、とも思う。

すぐに否定したくなる人は、とりあえずまずは相手の言うことを聞いてみて、ツッコミポイントを見つけつつも、うんうんと飲み込み、それから自分が思うことをどう伝えるかを考えてみる。Butの前のYesを呼び込む、ほんの数秒を我慢できたら、世界はちょっとは開けて(拓けて)くるじゃないかってね。

もっとおもしろがろうよ、楽しもうよ、だって自分のところに本当に来てほしいものってなかなか来てくれないから。むしろ呼び込まなくちゃ。

“有る”時代に生まれてきた子どもたち

ぼくが育った場所は、沖縄の端っこにある離島だった。島には集落が5つあって、人口は1300人ほど、ほとんどが高齢者で、それでも当時の同級生は20人はいた。島の面積の半分以上が山と畑で、そのまわりは透明度の高く、青のグラデーションをこれでもかってくらいに見せてつけてくる海、海、海。そんな場所で、ぼくが島から出るまでに触ったパソコンは、中学校の情報かなんかの授業くらいなもんだった。

高校は那覇だった。進学校と呼ばれるようなところだったけど、ただやはりここでも情報うんぬんの授業でパソコンは触れる程度で、その頃は、ほとんどの近い学生がケータイは持っていたけど、ガラケーだった。家にパソコンがあって、当たり前のようにネットに繋げるような家庭環境になかったぼくがインターネットというのを日常的に使える段になるまでは、まだ時間がかかった。

大学から上京した。いや、その前にあった大学受験の話をしておこうかな。英文読解のテーマが「Wikipedia」だったのを覚えている。よくパソコンをいじっているような学生からすれば(同じく受験していたぼくの友達はそうだった)、身近な内容だったのだろうけど、ぼくからすればトンチンカンな言葉が並んでいて、イメージなど到底できない内容であって、目に見えないようなヒエラルキーを大学受験で感じた経験だったのをよく覚えている。

そのこともあってか、まんまと不合格となったぼくは、懲りずに後期もその大学を受け、どうにか入学できることになった。あれは意地だったな。ほんとに。話を戻すと、入学後は、大学図書館に行き、興味持ったものをひたすらパソコンを使って調べるというのが毎日のように続いた。こんな便利なものがあったのか、と乾ききったスポンジがぎゅいぎゅいと水を吸うかのように、調べまくった。本なんててんで読まずに……。

スマホが出てきたのは、ぼくが大学3回生くらいのときだったか。いやちょうどiPhoneがどこのキャリアから出るんだ?という時期が過ぎたばかりで、それがSoftBankになったもんだからdocomoユーザーのぼくはえらくガッカリして、だけどちょっと待っていたら「Xperia」が出るぞとなって、国内初のiPhone以外のスマホにぼくはすぐに飛びついた。今考えると、びっくりするほどモッサリとした画面で、タッチ反応も遅かったけど、当時からすれば、あれはほとんど神器だった。

いつでもどこでもインターネットを持ち運べる、調べたいことを調べられる。元々、超田舎で育った、超アナログだったぼくが、その環境を得るというのは、まさに人類の進化の過程をたどるかのようで、やっと現代人らしくなれた瞬間ではなかったか、と大袈裟かもしれないけど、そう思うのだ。ちょっと前に遡ると、ずっと紙の辞書を使って英単語調べていたのが、電子辞書を使いはじめ、驚愕したような体験があったけど、それのもっともっと上を行くような衝撃、とでも言っておこうか。

こんだけ自分の過去を並べてみて、何が言いたいのかというと、ぼくは27年という短い人生の中で、インターネット環境が“無い”ときから“有る”時代を体感してきた。ぼくの上の世代もきっとそうだろうし、それがぼくのようなあまり裕福でない家だったり、田舎出身だとすれば余計だろうな、とも思う。だからこそ、その“有る”ありがたみは沁みるように感じてる。

だけど、デジタルネイティブという言葉あるように、生まれてきて自我が芽生えてきた頃には、既に“有る”環境に放り投げられた子どもは、“無い”ことを知らないし、それを知るための機会すら得にくいだろう。彼らにとっては、不足があって得たツールではなく、それが不足もないままに当然のようにあるツールなのだ。その構造によって奪われている想像力はどれだけあるだろう?

今の子どもたちも成長し、いずれは、アナログ時代を知っているぼくら以上の世代とも一緒に仕事をすることになるだろう。そのときに、“無かった”世代への想像力が働きにくいのはもったいない。「分からないなら、調べればいいじゃん」という今風の発想とは別に、「まずは自分で体験してみろ」という非効率にも聴こえるが実は的を得ているような発想を、妙に賢くなってしまった頭では、すぐに、素直には受け取れないだろうから。

「便利に時代に生まれたよね」とある人は言うかもしれないけど、もしかしたら、今の子どもたちは、昔の子どもたちよりもずっと不幸なのかもしれない。それは文明利器に頼りすぎて、思考力や生命力が低下してきた人間の最たるは現代人だろうし、その最たるは時代が過ぎていくとともに更新され続けるに違いない。現代人は、原始人よりも、ずっとずっと弱い生き物だよな、とふと感じてしまう瞬間すらある。

“無い”時代を経験してきたぼくらが、“有る“時代に生まれてきた子どもたちにできることは、きっと“不足”を与える機会をつくること。押しつけるかたちでなく、一緒に楽しむようなかたちで。“無い”なら無いなりにできるやり方を考える、その過程と実践を楽しむことはできるはずだ。チャッカマンを忘れたキャンプでも、きっと生き残る術も楽しむ術も残っている。

不足が足りない今だからこそ、不足への意識を持って、大人は責任を持って子どもと接していかなければとならない。そして、ぼくが思うのは、インターネットとは違ったぼくの知らない不足を、上の世代から聞き、体験できることは体験し、次の世代へと繋げていくこと。“足りない”概念こそ、人を逞しくするものだと信じて。

熱狂するものはあるか?

1988年生まれは、ゆとり世代と言われてて、諸先輩方は「考えてることが、よくわからない」と感じる人も多いかもしれない。そんな年に生まれたぼくでもさらに「よくわからない」があって、それは、今のU–25の世代に対してだ。大きく括っちゃえば、平成生まれにあたる彼ら。現役学生さんとよく話をさせてもらう機会があるんだけど、彼らのなかに「熱狂」を感じることが少ない。それは大きな疑問なのだ。

熱狂するのはなんでもいい。スポーツでも音楽でもマンガでも、バイトでもフィギュア集めでも、DIYでも山登りでも、ファッションでも寺巡りでも、研究でもインターンでも、描くことでも書くことでも、だれかと飲むことであっても、YouTubeを徘徊しまくっていたって、ブログであってもいいし、〇〇の追っかけ(ファン)だとか、もはやAV観賞でもいいし、単純に彼氏彼女にお熱すぎてもいい。

そういう一辺倒になれる対象がある下の世代と会う機会がなかなかないな、というのが言いたいことで、言い方をちょっと変えると、“中途半端”な人が多いよなーさえ感じてしまう。彼らと「これ好きなんです」「これ興味あるんですよ」という話になったときに、話を掘り下げてきこうとすると、スコップがすぐにカキンと底をついてしまう。

おそらく、その「好き」とか「興味」がもはやファッション的な感覚なのかもしれない。そう言っておくとウケがよい、という世間体を気にする視点が根底にある。だから、それに対して造詣を深めようともしないし、しようとしても結局は、周りへの承認欲求がはじまりというか。そして、だれかが教えてくれる、という条件がなければ、学ぶ姿勢も薄い、そんな気がしてならない。

だれの目も気にせずに、だれに言われなくても、反応もらえようがもらえまいが、勝手にやっていくし、どんどんどんどん掘り下げていけるもの。それが「熱狂」とぼくは思っている。そういった、オタク気質がない。だれのためでもなく、自分のために没頭できるようなものを持つ、「我」がほとばしってくるような人が減ってきたのだろうか。

TV番組『アウトデラックス』を見ていると、ああ、こういう人が熱狂のある人だよな、と笑いながら感じるんだけど、そんな人が身近な世代に少ない事実には、ちょっと寂しくなったりもする。アウトデラックスに出演する人たちは、とびきりの偏愛を持っている。もう熱狂というか「狂気」とも言えるほどに。それがいいのだ。

最近の2ヶ月間、「アパートメント」というウェブマガジンで、加藤志異さんの書くコラムのレビューを担当させてもらった。彼は「妖怪になるのが夢」というぶっとんだ発想を持っているのだけど、その「妖怪」への熱狂ぶりがとてつもなくおもしろい。ぼくも妖怪が好きということはあるのだけど、それをさっ引いても、おもしろい。もう、くだらない、と通り越してしまったような、突抜け感がある。

 

もう一度、ずけずけと言っておく。どんな熱狂を持ったっていいのだ。他の人の関心と重なるような熱狂でなくてもいい。そんなことを気にしてるようじゃ、そもそも自分に嘘をついている。熱狂する「対象」ではなくて、熱狂している「その姿そのもの」が人を奮いたたせ、あ、おもしろいな、と思わせてくれるし、感動が生まれるエネルギーはそこに眠っている。

ー 熱狂するものはあるか?

どんなものでもいい。おそろしいほどに狂気を感じるような人たちに触れてみたい、話してみたい、一緒にやってみたい、そんな気持ちで、平成生まれの、これからの新しい世代の子たちが熱を帯びまくる雰囲気が日常に醸されれば、世の中はもっとおもしろくなる。ついつい、そう思ってしまうし、そうあることを願ってもしまう。

狂え、尖れ、貫け、の時代だ。

もの書きが『バケモノの子』から学べること

7月11日に公開された映画『バケモノの子』を、その3日後の7月14日に観た。その日であったことには、たいした意味はない。九州滞在中で、仕事が一段落して、移動までの時間を埋めたいなぁと思っていたら、映画館が近くにあったので、前々から気になっていた作品を観ることにした。 劇場での観賞中にもグッときたし、その後もしばらくまとわりつくような言葉があったので、それについてメモしておく。

なりきる。なったつもりで

そんな、やさしい女性の声が作品中に響いた。バケモノの熊鉄の弟子になった九太が、強くなる方法がわからずに苦心しているときに得たこの言葉。ぼくは文章を書く仕事をさせてもらっているのだけど、そこに通じるような考え方だなと、釣り針に掛かった魚のように、その言葉に強く引っ張られた。

 

「なるきる。なったつもりで」を、ぼくは、「真似することから学ぶことが始まる」という意味で捉えることにしたんだけど、もの書きにとって、この行為はとても大切なこと。文章がうまくなりたいなら、やはり文章がうまい人の真似をするとよい。じゃあ実際に何をするかというと、「書き写し」をやってみる。一字一句真似てみて、その文章を手書きかタイピングで白紙を埋めていくのだ。

小説やエッセイなどでは、作者ごとの表現方法を見つけられるし、そこで自分の書き癖も見えてくる。メディアの記事であれば、文章構成なども意味のかたまりを持って、分析することもできるから、やってみて損はない。

「なぜ書き写すのか?」という理由を考えるよりも前にまずは、やってみる。そして、やりながら、なぜこんな文章になっているのか、作者の気持ちと技術を追いながら、自分で意味を見いだすことがここでは重要かもしれない。

 

本や記事を読んでて偶然にも気になったフレーズを見つけたとき、思いがけず時間ができたとき、というサイクルではあるけど、ぼくは書写をするように心がけているのは、やっぱりそれも、先輩のもの書きがそうしていることを知ったからだった。

とはいえ、バーテンダー時代を振り返ってみると、業界的にはやはり職人気質の人たちが集まるところだったので、「見て盗め」という学び方を学べた経験を、文章に活かせばという発想とも言える。

バーテンダー見習いは、師匠が動きやすくなるように、カクテル作りをアシストする。お酒のオーダーが入った瞬間から、師匠が何をしようとしているのか、そのためには、どんなボトルやグラスが必要で、どのタイミングで氷を用意をすればいいのか、などを憶測しながら、見習いは手早く準備していく。

そのとき、ちょっとやそっとじゃ捌ききれないほどの注文が入る状況がある。となると、師匠になりきり、なったつもりで動かないと、どんぴしゃのタイミングを生むのは難しく、師匠とのシンクロも起こりえない。見習いはそういう経験を糧にしながら、師匠に近づいていく。

 

また、ぼくはお笑いが狂おしいほどに好きなのだけど、芸人も人によっては、他の芸人のネタを書起こしてみて、どこで笑いが起きるポイントなのかを研究する人もいるという。どんなジャンルであっても、「なりきる。なったつもりで」論は有効なんだろう。

当事者として、もの書きに必要な考え方だなぁーというのがひとつと、なにか学び始めたいことがある人は、同じ手法をとってみればいい。と思う。逆に言えば、「誰も教えてくれないから学べない」というのは多少の甘えがあって、なりたい像があるなら、まずは真似てみろ。とも思う。

 

そんなことを考えた『バケモノの子』だった。作品を通して感じたことはそれだけに留まらず、いろいろと彷彿とさせてくれる印象的な作品だった。実は、映画を観た後には文庫本も読んでみたけど、これがまた映像とテキストの違いを感じておもしろかったのだ。

ぼくの「なりきる」対象でもあるオバケの松倉さんが「同じ映画を3回くらい観るといい」と言っていたが、今まさにそれを実験している最中でもあり、ある意味、夏休みの自由研究として、細田守のものづくりを学ぶつもりでいる。残り2回、とりあえず後1回は劇場に足を運ぼう。よければ、みなさんもぜひ。

 

「前置き」をすっとばす大人にだけはなりたくない

街を歩いていると、ひっきりなしに見える広告の看板。東京・新宿で働いていたときなんかは、広告だらけで、あの光景はいつ振り返ってみても、あの異常なまでの量には笑えてくる。さらに広告のキャッチコピーを見ていると、短く伝える、って大事だよぁーと思い知らさせる。

ただその「短く伝える」とは反対に、「長く伝える」という話に触れてみようかと思う。伝えたいことから逸れている内容をだらだらと時間をかけるのは、最初から除外して、ちゃんと伝えたいから、長く伝えるという行為について、さらには、話を長くできちゃう「前置き」について整理してみたい。

 

話の前置きが長くなっちゃう人っているんですよね(それぼくなんですけど汗)。本題に入る前の話、落語で言えら「枕」に当たるようなところ。本題じゃないんだから、そんなの早よ済ませよ、と思う人は結構いるかもしれない。でも、これこそ力を入れて大切にしたいこと。

例えばだけど、「いいデザインってなんだろうね?」という話になったとき、本題としては「いい」デザインについて話を進めたいのだけど、その前提として「デザインとは?」という共有意識がその場の全員にないと、議論は進みにくい。

もっと言うと、「そもそも、なぜ、いいデザインについて話をする必要があるのか?」という場の発生理由について押さえなければいけない。その文脈をしっかりと把握してもらうことで、その場のルールを理解してもらって、説明もないまま闇雲に「それ違うよ」という否定的な言葉を減らすことができる。

日差しを浴びさせ、とことん乾燥させて、スポンジをカラっからにしてみて、水の吸水率をグッと上げるためのプロセスが、この「前置き」にはあると思っていて、ここを怠っていると、小さなストレスに敏感な人は、当然のように不快になってしまう。そういった人たちの反応を見逃さずに、さらに敏感でありたい。

 

話をちょっと飛躍させると、「人についての前置き」も可能な限りは丁寧に行っていきたい。人についての前置きというは、目の前にいる人がどんな人物なのかを知るための情報のこと。どんな場所で生まれ育ち、どんな環境で学び、どんな人と付き合ってきて、どんな仕事をしてきて、どんな性格なのか、という前提に敬意と注意を払いたい。

その人の行動や発言というのは、必ずといっていいほどに、過去の経験に引きずられている。だからこそ、その人のその場の姿・言動だけでなはく、背景を掴んでおきたい。その彼/彼女の真の意図まで辿りつくには、その人の「前置き」部分を大切にしたいよね、というのと、それによって、いい時間が過ごしやすくなるよなーと。

 

ここまで話した「前置き」のショートVer.として、「クッション言葉」があるとも感じている。例えば、相手が知らなさそうな記事を紹介したいときに、「これ読んでみてくださいね」という言うよりも、「もしかしたらもう知ってるかもしれませんが、これ読んでみてくださいね」と言えるほうが、言葉自体に丸みがでるし、すでに知っていた場合の予防線にもなり、相手への思慮深さを読み取れる。

サービス業に従事している人とか、よい編集者というのは、しゃべるにしろ、文字にするにしろ、このクッション言葉の使い方が巧いよなー、といつもやり取りのなかで思い知らされるのよね。本題はわかった上で、その前後の脈絡にまで目が届く人は、相手のための言葉の装飾が鮮やかで、一緒になにかをやっていても心地よく、ワッと明るい気分で取り組むことができる。

 

ということで、短く伝えることも大事だけど、あえて長く伝えることも大事なのだ。その「前置き」をおたがいに確認できるような関係性とか場があると、それは本当にすてきなことだと思う。伝えたい相手がいたときの、相手(複数の可能性もある)への想像力はちゃんと持っていたいね。どんなときも。

このように、ぼくが間置きが長くなったときの言い訳をまとめておきました。

 

バランスのいい人がいい

世間の騒がしさを見ていたり、地域の動きについて観察をしていると、なんだか寂しい気持ちになるときがある。それは、偏った意見ばかりが主張されてて、たがいに衝突を繰り返してばっかりで、バランスのいい人ってほんと少ないよな、という現状に出くわすからだ。

バランスがいい、とはどういうことか。例えば、ある問題についてAとBという意見(考え方、領域)があるとしよう。そのとき、Aだけとか、Bだけのような一つの意見に縛られて、その主張しかしない人は、バランスがいいとは思いにくい。Aの考え方は〇〇の理由で分かるし、Bの考え方も△△の理由も分かる、というように、どちらにも歩み寄れて、“視点を切り替えるスイッチを持っている”人が、バランスのいい人。

だからこそ、AとBの真ん中になって、調和させるかのように、つなぐ役目を買えるのもこういった類の人になる。大事なことは、ただ真ん中にいれば良いわけでなくて、いったんAにも限りなくグググと寄れて、同じようにBにもいけること。その上で、真ん中がどこなんだろう?と探りながら、2つの間の架け橋になれること。AとBを越境でき、共通項を抱えることのできる“間的存在”になれる人こそ、バランスのいい人。

少しだけ、地域おこし的な話をすると、その地域を賑わせていくためには、やっぱり人の力が必要で、バランスのいい人材が求められる。根本的には、都会(A)と田舎(B)の感覚を持ち合わせているバランス性はあるに越したことはない。

また、地域の情報発信だったり、新たなことに挑戦するときには、あくまで地域にあるアナログな素材が大切とはいえ、Webなどのテクノロジーを道具として使いこなせることは、ますます求められる。その上で、地域づくり(A)とテクノロジー(B)に対する見識を両方持っていると、バランスのよさを感じる。地元の人はその部分が欠けてることが多いからこそ、テクノロジーを伝播するための架け橋になれる。

ちょっと他の領域にも触れておくと、「農業(A)とIT(B)」とか、編集における「紙(A)とウェブ(B)」とか、基地問題における「県内(A)と県外(B)の声」など、さまざまな場面において、越境できる人の存在は求められているように思える。そして、これから、どんどんその存在価値は高まっていくと、ぼくは思う。

今まで橋渡しされることなく、混ざり合うことのなかったふたつが、おたがいの領域を行き来できるようになる。これって、とてつもないクリエイティブだ。驚くアイデアがひょっこり顔を出す瞬間はこれ。そうやって新しい価値を生まれるには、そういった“間”に入って、つなげるバランスのいい人が必要不可欠だろうな。

だから、(みんながみんなバランスがいい必要はなくて、尖った人もいてしかりだとは思うけども)、世代、職業、国、地域、地位、性、に囚われることなく、その間を行き来できるバランスのいい人をもっと増やせる教育的な仕組みって必要なんじゃないかな。そもそも、それをつくれる人は、超絶にバランスいい人ではなかろうか。

まあ、なんでこんなことを書き留めたかと言うと、バランスのいい人っていいなぁ、とぼくは思うし、そういう人が好きだし、そういう人と一緒にものづくりをしていきたい、という単純な気持ちだけだったんだけど、自分なりの「バランスのいい」を文字化できて一先ずOKということにしておこう。一生、バランス主義でゆきたいところです。

躊躇なくFacebookでフォローを外すようになったら、タイムラインに残ったのは、結局、リアルで会いたい人たちだった

“切っても切れない”というほどに、ぼくたちとSNSとの関係性は熟してきた。SNSが日常に馴染みはじめたというべきか、SNSが日常を浸食しはじめたというべきか、は悩みどころだけど。朝目覚めたとき、電車を待っているとき、お昼ご飯を食べるとき、何気ない瞬間にそのアプリを立ち上げてしまっている人も少なくないだろう。

「Facebook」「Twitter」「LINE」「Instagram」「Google+」「Path」という複数のSNSを使い分ける人もいれば、1つのSNSに傾倒する人もいる。コミュニケーションツールとして、うまく活用すれば、便利なものであることをみんな皮膚感覚で分かっている。

もちろん、表があれば裏があるように、SNSにも悪い面もある。特にそれを感じるのはFacebook。どうでもいい人(と言ったら失礼かもしれなけど)なのに、友達としてつながってしまうと、タイムラインに上がってくる投稿にイライラしてしまう。子ども写真ばっかとか、オシャレカフェの写真とか、恋人と別れたうんぬんとか、基地や安倍さんに対する激しく偏った主張とか、そういうのすべてが目に入るとストレスになる。

だから、そういう投稿をする人がいたら、ぼくはすぐにフォローを外すようにしている。根本的に「SNSは悪」ということではなく、どう「うまく付き合っていくか」というツールとしての関わりを考えると、自分にとってよい機能を活かして必要な情報を残しながら、不要な情報を削っていくのはごくごく自然なことだ。

またSNSのようなウェブではなく、リアルにおいて考えてみると、そういうフォローを外してしまう人はそもそも「会いたいと思わない人」がほとんどだ。ぼくたちは、無意識的に人を選んでしまう。「この人と話したい」、逆に「この人の話は聞きたくない」とかね。そうやって情報を取捨選択しているわけで。SNSだからといって、無理くり、自ら嫌なものに触れることはしなくてもいいわけで。

そうなると、Facebookはリアルな関係性を可視化しはじめているかもしれない。リアルで会って、話してておもしろいなー、と思う人はフォローし続けるけど、そうでもない人はフォローを外す。つまり、Facebook上の“友達”と“フォロー相手“をしっかりと区別することで、ウェブのなかでも関係性を整理しているのだ。(たまに、むっちゃ嫌いなんだけど、ルサンチマン的に昇華できるネガティブエネルギーをくれるから、あえてフォローし続ける人も例外にいるけどね)

そうやって、居心地のよい(ある意味、閉じた)場をFacebookに求めてしまう。どこまでも届くSNSを自分の興味関心だけで閉じてしまうのは「外界の新しいことを遮断するようでもったいないよね」という声もあるけど、ぼくの場合は、広がりはTwitterで担保しているので、そこらへんは他SNSとの使い分けだと思っている。むしろ、全方位的なTwitterのほうが好きだしな。ほんと、便利な時代だ。

まあ、この感覚や変化については、ぼく自身のものなので、「他の人もそうなってきてる」とか「世の中の動きがこう」とかまで触れてる気はないけど、いろんなSNSとの付き合い方があるんだろう。依存しないレベルで、自分がリアルのなかで形にしたいことへ到達するためのひとつの手法として、“道具”として、ほどよい距離感を保てればいいよね。ほんと。

オバケの松倉さんが「monologue」というSNSを開発にむけて動いているけど、ぼくは絶対に使うなぁこれ、というような哲学を持っている。SNSとの関係性を考え直したい人にとって、待ちきれないやつだ。

何はともあれ、付き合う相手と、付き合い方は、たまには振り返って、もうちょいだけ考えてみましょう。というメッセージを、日々ウェブ漬けの自分に送りたいだけの備忘録でした。リアルのほうがむっちゃ大事よ。まじで。

(情報の“受信”について書いてたみたいだけど、“発信”についてはここに書いてたや:facebookをmixiにします

優れている都会も、劣っている田舎もない。どちらも暮らしの選択肢のひとつで、あとは相性でしかないでしょ。

地方創生という言葉が出てきたこと、そして、東京に一極集中する世の中の仕組みに、心身ともに消費されるくらしに疑問を持ちはじめ、地方に目を向けはじめた人たちは多い。

ここに「地方移住に失敗した人たちが語る、田舎暮らしの“影の部分”」という記事がある。約半年前に読んだ記事が、最近またシェアされていたので読み直してみた。感想をあらためて、まとめておこうと思う。ちゃんと素直に。

個人的な立場を伝えておくと、東京のような都会も、へき地にあるような田舎も、ぼくは好きだし、どちらも行き来したいと思っている。元々が沖縄の離島(伊平屋島)出身で、大学から上京し、今も東京という場所に関わりたいと思っている身なので、都会も地方もどっちも良さを感じている。

もちろん、どちらに対しても、ここはちょっとな、、という嫌いな要素はある(ここでは触れないけど)。つまり、どっちが優れているとか劣っているという話ではなく、どの地域が自分にフィットするのかという相性でしかないと思っている。自分がくらしはたらく地域の選択肢が、都会なのか、地方なのか、という話でしかないだろう。

その上で、「田舎」を擁護する気はないけど、先ほどの記事にあった失敗(影の部分)というのは、それが全部「田舎」のせいじゃないだろうし、それは全体ではなく一部のような気もする。特に、地域おこし協力隊に関しては、うまく取り入れてる地域とそうでない地域の差はまだまだ大きい。その制度のメリットでメリットを理解せずに、制度を取り入れてしまっている地域は、哀しいけど存在する。にも関わらず、メディアに露出するのは成功事例ばかりで、イメージと現実の差に苦しんでいる人は少なくない。

それと、記事内にある「噂がすぐ広まってしまう」というのは、地域が狭いんだからもうしょうがないんじゃなかなぁ。その地域に入ったときに、ちゃんとコミュニケーションとらないと、へんな噂が生まれるのは必然的。ここでいう“ちゃんと”コミュニケーションするというのは、その地域に元からいる人たちが、何を大事にしてくらしを営んでいるのかという、文化を受け入れたうえで話を聞き、提案するということ。

この記事に限らない話で、移住してブーブーと不平を言う人たちを見ていると、激しく感じることがある。「風景がきれいだから移住する」という考え方は、単なる“面食い”でしかなくて、自ら罠に陥ろうとしてるだけのように思えてくる。ちなみにだけど、沖縄移住なんてそのパターンが多いんじゃないかな。

その風景を守ってきた、つくってきたのはだれか。自然を敬う気持ちは大切だけど、そこではなく、人に目を向けなければよい移住なんてできるわけがない。そもそも、ある程度のリサーチをしていなかったり、一度も行ったことない場所に(仕事や住まいの)条件が整ってるからと飛びつくような行為は、好ましいとは言えない。

幻想なんてどこにもないよ。そこに人がいる限り、その地域の人という現実と向きあってみて、それから居心地のよさを探ってみるとかさ。その規模や色にもよるだろうけど、地域とは大きな家族のようなもの。その一員になるということは、自分の好き勝手だけはできないだろうし、そこで自分がなにをできるか(提供できるのか)という感覚がないとちょっと厳しいかも。大きい話でなくて、地域行事に参加する、というのも一つの役割だったりする。

都会の喧騒と人とのしがらみから離れて、田舎で「静かにくらしたい」という発言をよく聞くけど、ほんと、ヘドが出そうだよ。田舎での忙しさに対する想像力が乏しすぎるし、その乏しさをカバーするための下調べ、訪問が少なすぎる。どこに行っても、人との関わりは必ずあるのだ。むしろ、人と関わらなくてもいい生活を望むなら、関係性を希薄にしやすい特色のある都会に身を置いたほうがいいのではないか。

地域とは、人のこと。移住者を受け入れる体制の変化も必要だけど、地域に入らせてもらう移住検討者も変化が求められる。どっちのせいとか決めつけずに、たがいに歩み寄る姿勢を忘れてしまったら、“よい移住”は決してつくられていかないだろう。

マスでもウェブでも、メディアが移住の“良い面だけ”あるいは“悪い面だけ”を声にしてしまう傾向がある気がしている。最初に触れたように、自分が自分らしくくらせる場所の選択肢のひとつとして都会も田舎もあるのだから、人間の長所短所のように、両面を知ることができたうえで「それでもここに行きたい」「ここでくらしたい」というような積極的な決断ができるような情報発信ができる媒体がでてくると、地域にとっても移住検討者にとっても、いいのになぁー。

と、思いました。

ちなみに、移住関連の他エントリはこちら:地方在住者が抜けがちな「対東京」の感覚 ーー 都会で調理技術をもった人たちは、地方で「食材」と「料理人」を探している

「ありがとうございました」がイラだつとき

どんなに性根が悪くても、感謝の言葉をもらったら、嫌な気分にはならない。もちろん、ゴマをするような口調だったりすると、不愉快になることはあるのだけど。と、そんなことを言ってるとひねくれてることがバレてしまうので、そそくさと本題へ。

「ありがとうございます」「ありがとうございました」という感謝を伝える言葉がある。ただの方便や形式ではなく、しかるべきでしっかりと口にしたい挨拶。ただね、この「ありがとうございました」だけは、タイミングを間違えると人をイラっとさせる可能性がある。

飲食でも雑貨でも、接客業ならなんでもいいのだけど、お客さんが飲み食いしたり買物して代金を払い、店員がおつりを渡した後にすぐ「ありがとうございました」と言うのは、アウトだと思うのだ。だってその時点では、まだ店内にそのお客さんはいるわけだし、もうちょい店内でゆっくりしたいかもしれない。

それにも関わらず「ありがとうございま“した”」と過去形で投げかけるのは、「もうサービスをするのは終わり/もう知らないよ」と告げるようなものじゃないのか。ぼくがお客さんであれば「あ、突き放された、さじを投げたな」という気がしてしまうのだ。

では、どうすればいいのか。その会計時には「ありがとうござい“ます”」と言えばよくて、お店を出るタイミングを見計らったうえで、背中越しに「ありがとうございました」という声掛けをするのはどうだろう。現在形と過去形を二度使い分けることで、お客さんは「ちゃんと気にしてくれてるんだ」という心地よさを感じてくれる(もちろん全員が全員そうではないけど)。

ほんと些細なことだから、「そんなこと気になるなんて、おめえ、ちっちぇえな」と思う人はいるかもしれない。だけど、そういう些細な言葉遣いで損をしてしまうことは大いにある。お店としてやっているならば、それが評価にもつながることもあるから、敏感になれるに越したことはないよねきっと。

自分のためにある言葉ならどんなに鈍感になってもいいけれど、相手のためにある言葉はナイーブになったほうがいい。これは発話するときの話だけじゃなくて、書くときにも通じること。ちょっとしたメッセやチャットのやり取りで、どんな言葉を投げるのか、相手がどう受け取るのかを想像できないと、やっぱり気持ちのいいコミュニケーションなんてできるわけがない。

結局のところ思うのは、そういった言葉に対する意識さえあれば、そもそもの問題はないってこと。形式的に、マニュアル的に、無意識で使ってしまっている言葉こそ恐ろしいものはない。「なぜそのような言葉を自分は使うのか?」という意味を理解してなければ、そこから発せられるのはただの音でしないし、ただの文字にしかならない。場合によっては、不愉快なものに化ける。

だれのための言葉なのか、そして、自分の中にある無意識的な言葉はなんなのか。自分が話すとき、書くとき、そこにもう一人の自分を隣に置いてみて、意識を傾けられるとコミュニケーションの質は上がるのではないかと思う。

今日も街中では、悲惨な「ありがとうございました」が聴こえてくる。ぼくは短気だからすぐにイラだっちゃう。店員に対して、ありがとうございます、と冷ややか&にこやかに返しながらも、「ありがとうございます、、だろ!」と心の中のツッコミは大爆音なのよ。

闇と向きあい、光をみつける

勝手ながらに思うのは、みんな、どっかしらに闇を抱えて日々を過ごしているんじゃないかってこと。どんなに見栄えがよくて、何かできたり、目立つようだったり、順風満帆であっても、やっぱりどこかに黒々としたものはあるのかもしれない。

それを「ダメだ」とか「最悪」とか言うつもりは毛頭なくて、闇があるのが常であって、それとの向きあい方が大切なことなんだろう。

闇には、コンプレックスだとか、トラウマとかがある。そういったものは、辿りに辿ってみると、自分の昔の経験が基になっていて、今の自分をつくっているわけだから、過去をじっくりと振り返ることをまずやれたらいい。

そして、過去にあったことを整理して、自分の今の闇がどうつくられてきたのかを観察すること、否定せずにちゃんと受け入れ、肯定すること。この“肯定”がなければ次には進みにくい。

肯定してみて、闇を生みだす根源がわかるとする。そういうのは、結局、ある「人」が関わっている。その人との対話を避けていると、本当の意味での闇と向きあうことにはならない。そんな気がする。

ぼく自身のことに置き換えてみる。闇はあっていいと思っているし、その闇も活かしようっては昇華できるとも思っていて、負のエネルギーというのもそんなに悪くないと信じている。

ここ1年程で、自分の闇とかネガティブ感情をどのように扱うかを考えてきたし、やっと扱い方も見えてきたなぁと思う。だけど、それは少し違ったのかもしれない。

それは、あくまで、小手先の闇との向きあい方で、本質的には、解決にはつながりにくい、と直近で気付かされた。ダイエットも、リバウンドしやすい痩せ方と、体質改善ができるやり方とがあるが、それで言うと、前者の向きあい方をしてきたのかもしれない。

ぼくの場合、やっぱりコンプレックスがあるようで、それが妬みひがみ、あまのじゃくといった、基本的にはやべぇやつの性格を持ち合わせている。おそらく、その原因は、家族との関係性にあったのかもしれないと思うのだ。

だからこそ、もう少しだけ、家族との時間をより深く持てるようにしたい。話すことが億劫なことを、ちゃんと伝えてみようかな、とね。

自分が前に進んでいく、ある種、明るい光差すほうに進んでいくには、過去を振り返り、闇を見つめることにある。そうやって暗いところと対峙することによって、閃光が見えるのだろう。

光のあるところだけを見つめていると、痛い目に合う。自分のどうしようもないってくらいの弱さを認め、弱さを全うし、強くなる。それが自分にとっては大事なんだなぁ、とあらためて実感。

すんごく抽象的なことをまとめているのだけど、気持ちと自分のなかでのライフアクシデントを整理する意味での備忘録として。バァーーっと書いてみたけど、これでちょっとスッキリ。自分の“便秘感”が見えてきた。言語化してみるって大事やね。

とにもかくも、「うへー、こじらせんなぁ、こいつ」という自分に対しての感情がわかった分、こじらせ男子であることを楽しみたいなあ。どんなことにもビシッと向きあって、おもしろがって、ネタにできる、そんな大人になろうと、アラサーっぽさの出てくる27歳に考えたよー。

いい大人はきっと闇を呑みこむんだ、きっと。いや、おそらく……。

「いじめだ」「それは間違っている」「侮辱だ」「民意がまるでない」ー「で、なにやるの?」

ある物事について、議論されることは好ましいことだ。良いことでも、悪いことでも、話題にならなければ、広く知ってもらうことも、改善されることもないだろうから。

そして、議論になっていれば、必ずといっていいほど「批判」を耳にする。注意深く言わせてもらうけど、批判自体は悪いことではない。その“姿勢”が問われる。

 

なにか批判するときには、ルールを設けたい。批判したいことに対する物事の「よい(とされる)面」はまず押さえておくこと。だれかの短所を言うなら、長所も言えるようにしておこうよ、みたいな。

 

そのルールに、もうひとつ付け加えるとしよう。批判したうえで「じゃあなにやるの?」という次のアクションを考えること。それを考えるためのヒントを共有すること。

批判するだけで、口だけで終わるのってなんか寂しい。ダサい。そんな気がしてしまうのは、ぼくだけではないだろう。批判するってことは、変えたいこと、変わってほしいことが根底にはあるはずだよね。

それに対して、だれかが変えてくれるのを待つのじゃなくて、自分から(自分のできる範囲で)アプロ—チしているのかが重要じゃあないか。地に足がつくような形で、できることをやる。言葉よりも行動として。

 

基地批判、原発批判、安倍首相批判、数えあげたらキリがないってくらい、批判の声があがっている今日この頃。とっても偏っているなぁ、とも、言いたい放題言ってるよなぁ(しかも匿名かよ)とも、思うことばかり。

特に、沖縄にいる身としては、辺野古のことが知人のFacebookにもすんげーあがってくる。その賛否はおいといて、とりあえず批判が偏り過ぎてて、気持ちがわるい。ほんとフォロー外すこと増えたよ最近。

 

言いたいことはわかるし、事実もあるのだろうけど、被害者意識ばかりを主張してたら、主張したいことの質が下がるということに気付いていない。あちらとこちらの立場を理解したうえで、批判するというバランス感覚がない。

そして、いろいろとSNSやメディアでは論じてはいるけども、実際に行動として「なにをしてるんだ?」という話だとも思える。言いたいことだけ投げ捨てて、なにもしないって相手に響くわけがないよ。

 

沖縄についての注意点を言えば、あーやって、人がわんさか集まってデモやって、抗議すればいいってもんじゃない。あれは行動(アクション)のうちに、ぼくは入れていない。あんなのその日だけの“祭り”でしかない。洗脳めいたものにも見える。

「〜万人集まって抗議した」とかそんなことはどうでもいいのよ。もっと身近なことで、小さく、ポジティブに変えていける行動がなんなのか考えたほうがいい。そういった思考を拒否してるってことが、そもそも問題なんだよ。と同時に、そういうことを“考えない”ですぐに他人にのっかる恐さもある。

 

一応、自分の立場を言っておくと、基地とか原発とか安倍さんのこととかをね、すんなり許容してるわけでもなんでもない。なければないほうがいいに決まっている。

そういった問題に対する意見はたくさんあっていい。あったほうがいい。さまざま視点が考える材料にもなるから。ただ、その主張の仕方をもっと考えたほうがいいんじゃないの、と思うわけ。偏りすぎないように。

それと、言うだけじゃなくて、なにやるの、という話で。みんなで集まって、声を大きくしただけじゃ、行動したことにならないでしょ、とぼくは言いたい。

 

うんうん、君が言いたいことも、熱意もわかった。それができたら、世の中変わるよね。おもしろくなるよね。でも、最後にひとつだけ質問してもいいだろうか。

「で、なにやるの?」「なにやってるの?」これらは自分に対して、いつなんどきでも問うべきことだ。口だけでなく、手足を動かせ、きれいな汗をかけ。どんなに小さくても、形をつくれよ。“個”として。

 

おんなじ顔、おんなじ言葉、おんなじ行動

場所は、那覇、国際通り。カフェにいる。道路沿い、窓際で、街行くひとたちを眺めながら、手を動かしている。なんか似てるんだよね。それぞれ、右から左からやってきては、通り過ぎていく人たちが。

厳密にいうと、みーんな、違うんだけども、なんか似ているんだよね。同じような顔をしていて、同じような言葉(単語)を使い、同じようなところを目指し、同じような場所から出てくる。ちょっとこわい。

 

個性というのは、どこに行ったのだろう。いや、他人のどうのこうの言っている場合ではなく、自分の個性とはどこにあるのだろう。なんて、ことをお昼過ぎから考えちゃってる。不思議なかんじ。

そんなことを考えながらも、原稿の下書きを進めていたり、メールを送っていたり、手はちゃんと動いているわけだ。手が動いているのはいいのだけど、この手が「同じ」という画一化された方向へと動いていたら、と思うとちょっとゾッとする。

 

同じだということには、ふたつの可能性がある。自分の好きなものを集めて集めて、たまたま、隣の人と似たようなもんだったということ。これは、趣味が合う、感覚が合ういうところだろうか。うれしいパターン。

もうひとつは、それが自分にとってよいのか、わるいのかも考えることなく、あるひとつの偶像に向かって、集団でマネっこするもんだから、同じようなあんばいになる。こちらには、嫌悪感。

 

なんだかんだ、ひとつの、いや、ふたつとか、みっつくらいの「型」にビュビュッと向かっていき、スポッとはまろうとしてしまうのだろう。それは、自分の型(おそらく「場」とか「コミュニティ」に近いもの)がないと、寂しいから。

型が、わるいわけじゃない。自然発生的に、他人が当てはめるときは、よい気がする。ただ、意図的に、自分から当てはまろうとすると、薄気味わるいし、いやらしい。

 

うまくまとめることはできないけど、自分が「いい」とか「おもしろい」とか思ったものを、そのまま身に纏える、カタチにできる、堂々とだれかに見せることができるのが、カッコいいよね。

だれかの「いい」とか「おもしろい」を借りているうちは、「おんなじ」ばかりが蔓延ってるうちは、そこに自分の存在はあるようでないかのかもね。

 

まあ、かわいらしい子は、おんなじような雰囲気でも、かわいらしいよね。ただ、それだけじゃ、チェンジされてもしょうがない状況もある。ぼくは「チェンジ」があるようなお店に行ったことがない(一度くらいは、、先輩がた、ぜひ)

 

おもしろくない人をみつけた

ふと気付いてしまうと、ちょっと哀しくなることがある。それは、「ああ、自分って、おもしろくないよな。」と自分で自分という人間について感じるとき。

あの人はおもしろいなぁ、反対に、あの人はおもしろくないよね、みたいなことを、だれかに対してとやかくは言うけれど(言葉にせずとも思うけれど)、何より自分がおもしろくないって感じると、心底、ビビる。そして、焦る。汗タラタラ。

 

なんで、おもしろくないのか。それは、最近の自分を振り返ってみて、よーく考えてみると、ちょっとわかった気がした。淡々としているから。平たんな道をスーッと進んでいる。

ほんとは、ジェットコースターのようなアップダウンだったり、右往左往するような振れ幅のある進み方をしたいのだろう。それが、ちょっとした冒険もせずにきてるのだから、ああ、こいつはつまらんな、と感じてしまう。

 

そもそもなんだけど、おもしろくない時期というのは、こうやってブログで文章にすることさえも忘れていることが多い。自分に対しての“面白味”というのは、ストレスのない表現にもあるように思える。ブログは、ストレスなく、のびのびとやれているし、ここでの吐き出し感はやっぱり大切みたいね。

ブログがあっての自分で、それがあって、ちょっとは自分に対してワクワクできる。もっとこうしたい、こうできたらいいのに、を普段の仕事や生活のなかで閉じ込めているときは、つらい。つらいのは、そういったブログ(のびのび表現)を禁止してるからで、自分のつまらなさに面と向きあわないといけなくなるから。

 

ぼくは、人にどうこう(超勝手ながら)思うことはあるけど、人にどうこう思われようが言われようが、そんなのは気にしない。気にしたくはない。自分で、自分を、おもしろいと思えるか。そこだけを気にしたい。それができないと、世間一般でいう「おもしろい」物事をつくれないだろうし。一番のお客さんは、自分そのもの。

 

とにもかくも、最近の自分はおもしろくない。つまらない。なんかまとまろうとしている。枠にはまろうとしている。予定調和だ。えらく真面目だ。真面目なのは悪いことではないけど、方向性がズレている。

自分で自分を泣かしてやるくらい、ボロクソに、グサグサ、スパスパと言葉を刺していくこともたやすい。ただ、それをすんなり受け入れるのもシャクなので、抵抗したいわけで。その抵抗は、おもしろくなること、つまること。

 

びっくりするほど、自分で言葉にすると恥ずかしいんだけど、おもしろい人でいたい。「なんか読めない、読めないけどおもしろい、読めないからおもしろい」と自分で、自分に、驚きつづけたい。

 

救いは、超おもしろくない、いまの道の進み方に気付いたからかもしれないな。気を抜くと、淡々と、まっすぐ進んでいこうとする。くねくね行こう。

どんな道を進んでいこうか。どこでどう寄り道しよう。最短距離はもういいや。とりあえず、もう進む進まないとかでなく、恋の落とし穴にはまるとかでもいい。だれかズボリと落としておくれ。

メッセが「タスク」になるなんて、お既の読すぎる

メールって、本来はコミュニケーションのひとつだよね。そう思ってはいても、どうしても「作業」と捉えがちなんだよなぁ。これどうしたもんか。

データとして、必要な情報交換をしたりするんだけど、それだけじゃなくて、その人に対する思いやりとかをかたちする“場”だよね。きっと、本質的には。

 

ちょっと寂しくなったから、侘しくなったから、こんなことを書いている。そんで、Facebookのメッセすら、いまは「タスク化」してると感じることがある。メールどころの話じゃなくなってる。

スマホが「ピキーンっ!」となるのが億劫になるときがある。こっちのタイミングでやらせてよ、とかついつい思っちゃうことはあるよ。そりゃね。

 

メールも、Facebookも、追われるような感覚の「タスク」とか超つまんないよね。実際のところ。だってさ、よりよい関係を築いていきたいから、送信というボタンはそもそも押されるわけだし。

そこを煩わしく思ってしまうのは、自分の余裕の無さか、自信の無さか、軸の無さか。あるいは、相手の文章のぶしつけさとか、冷ややかさとかかな。文字には体温がないとな。

 

これは考えもんで、即レスがないと、人間的にダメとか、社会人としてカスとか、一切の弁解もさせずに、否定するような空気感もどうしたもんか。都会的だ。「既読」とかホント「既毒」。お気の毒なシステム。

時代とともに、「会って話す→手紙(歌)のやりとり→電話→メール→SNS」という風に、コミュニケーション手段は変化を遂げてきたのかな。とにかく、伝え方の種類は、増えてきた。

 

基本はさ、「会って話す」なんだよね。それだけで、埋め合わせれない気持ちとか、相手への思いやりを、手紙とか、電話やメール、SNSで埋め合わせるんだろうな。

SNSとかメールが第一になるって、なんか不自然。そこだけで、人間性を疑われるのって、なんか変。とりあえずは、まずは会ってみて、それから人となりをみてから、その人の文章を読みとったらとか思うんだ。

 

人間らしくあろう。本当の意味でね。デジタルでくらしてるんじゃなくて、アナログにくらしてるよ、ぼくらは。

アナログにくらすために、サプリメントとして、デジタルを摂取すべきなんだ、本来は。会って話すじかんを増やす努力しなきゃ。あ、デートしたいな(ご無沙汰すぎるや)。

 

倩兮女(けらけらおんな)はいないよ。

あんまり自己啓発っぽすぎることは言いたくないけど、物事は自分の心の構え方ひとつで決まってしまうことが多い。心(なのか、頭なのか)で思ってることが、時間をかけて、目の前で具現化されてしまうような。

失敗するなぁ、と思ってたら、やっぱり失敗する可能性はびゅんと高くなる。たとえ失敗が頭によぎったとしても、失敗しないイメージだったり、対策をそれなりに練っておけば、心は落ち着くし、場合によってはどしんと強気で構えていられる。そうやって物事はつくられていく(のだと思う)。

 

問題は、異常にビビってしまうこと。身体がこわばり、パフォーマンスが下がってしまうこと。なにかに怯えて、自分がやろうとしていることが、まわりに監視されている気分になってしまう。もっと大きく言えば、世間体ばかりが気になってしまう。

「それをやると、笑われてしまうんじゃないか?」「失敗したら、もっと笑われてしまうんじゃないか?」と、動きはじめる前から、心での迷いが生まれ、苦しんでしまう。笑いは、喜びの象徴に見えるけども、笑われる人からすれば、ただの恐怖でしかない。

 

「倩兮女(けらけらおんな)」という妖怪がいる。そう、言葉の通りなんだけども「けらけらと笑う女の妖怪」のことだ。シンプルでしょ。それだけだと、説明不適切かと思うので、もう少しだけ彼女(?)についてのお話を。

 

寂しい道を歩いていると、なんだか不安になってくる。なにか出るんじゃないか、とさらに心落ち着かなくなる。そんなときに、どこからとも聞こえてくるのが「けらけら」という女の笑い声。その声がする方向を振り向くと、大きな女がこっちを見て笑っているではないか。

びっくりして、慌てて駆け出すと、さらに大きな「けらけら」が聞こえてくる。ここで気が弱い人なら、気絶してしまうそうな。倩兮女の笑い声は、大抵その人ひとりにしか聞こえないから、倩兮女に遭遇した話を他人にすると、返ってまた笑われてしまう。

 

そんな倩兮女という妖怪の存在を知って、26年そこそこしか生きていないぼくが、自分の体験も踏まえて思うことがある。自信がなかったり、弱りきった心でいると、身のまわりのことに過敏になる。目には見えないなにかが、そこにひゅるりと入り込んでくる。

実際はそうでなくても、だれかが自分を悪く言っているような、罵られているような、笑われているような気持ちになってしまう。これは特定の「だれが」ではなく、「みんな」がそうなる可能性を秘めているだろう。

 

これはとても繊細な話ではあるけども、時折読み返す『ブラックジャックによろしく』の精神科編を読みながら、倩兮女という妖怪が頭に浮かび上がってきた。

真実として、“なにを表現するために生まれた妖怪なのか”はわからないけど、倩兮女は、鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』で描かれている。江戸時代から、そのように内気な人がいた、あるいは病として患っていた人はいただろう。あくまで推測でしかないけど、倩兮女はそんな人の象徴だったのかもしれない。

 

ここからは、いったん精神疾患の方は切り離して考えてみる。現在でも「なにかを気にしすぎたり、(錯覚のように)気にしすぎてしまう人」は多いだろう。いや、昔よりも増えてしまったのではないか。

まわりの目線や言葉に過敏であることは、言い方次第では、「自意識過剰」だし、「承認欲求」のあらわれとも言えるだろう。よく見られたい自分や、だれかに認めてもらいたい自分ばかりが先行して、現状の自分を汚せないわけだ。

失敗を恐れてなにも手をつけない人はあたり前にいるし、Facebookには俗にいう“リア充”あるいは“意識の高い”投稿ばかりが目に映り込んでくる。見栄えだけはよくしちゃって強がって、実際にはなんだか弱くて脆いその心には、やはり「けらけら」の声が響きわたっている気もする。

 

とね、ここまでだらだら書いたけれど、雑な言いようだけども、まとめると言いたいことは、ただひとつ。

気にすんな。そんな周りなんて、気にしちゃいけない。倩兮女はいないよ。倩兮女という“妖怪”はいるかもしれないけど、あなたや君をけらけらと笑う人はいない。

あなたはあなた、君は君、自分は自分で、やるべきこと、やりたいこと、やることを進めていけばいいじゃないの。反対に、まわりもガヤガヤと人のことばかりにチャチャ入れちゃいけないのだ。そういう輩も、自分に自信がないから、他人の足を引っ張ろうとするだけ。

だれも否定できるわけないのだから、もっと自分を認めたほうがいい、信じてあげたほうがいい、今はどんな姿であってもね。自分をもっと見つめて、そこで見つけたものを磨いていけばいい。よい意味で、自分の世界の中でくらしてみること、ではないだろうか。と思うのだ。

 

妖怪という存在を見つめることは、今と昔の人のくらしを考えること。世間を賑わせてる『妖怪ウォッチ』じゃこんなことは考えられないよな。「〜は妖怪のせい」と都合よく押しつけるんじゃなくて、「〜(現象)を妖怪という存在が引き取ってくれた」と存在理由を考えたほうが楽しいよね。

またなんかしら、妖怪について書こうかな。妖怪が消費的な存在になってしまうことが、なんとなく哀しいから。よければ、こちらもぜひ。「いなくてもいい存在をかわいがること|アパートメント」。

こんなに「妖怪」を連呼したのも久しぶりだ。でもその存在が好きなんだ。ちなみに、このエントリ書きながらずっと聴いていたのは、ハンバートハンバートの『蝙蝠傘』。特に意味はないのだけど、気分的に。

 

親を越えられない人たち

沖縄というところは、とことん特殊な場所だなぁと思う。わりと若い人でもずっとずっと沖縄にいて、外に出ない、という人がいるから。それはもちろん、他県のように土地続きで県をまたげる地理ではなく、海を越えなくてはならないという物理的な理由があるから。

沖縄を出られるタイミングは、ほとんどが高校を卒業するときだ。専門学校や大学から県外に出るという選択(ぼくはここで上京した)。もうひとつは就職を機に。人によっては転職や転勤がきっかけでいうこともある。ただここで、気になることがひとつ。

なぜかしら、県外に出ない人の理由として「親が許してくれないから」というのがある。これってほんとなに?なんなの? こればっかりは理解しにくいなぁ、と思うわけですよ。

もちろん、金銭的に負担も大きくなるし、身内の体調の問題など深い深い理由はそれなりにあるはず。だけど、親が許してくれないということを大きな理由にするのは少し話をすり替えてないか?と。自分が出たい、外を見たい、外で学びたい遊びたいという気持ちがあるなら、それをさ、「親」で言い訳にしちゃいけないよね。

高校のときの担任が、進学を決めるタイミングでこんな話をしてくれた。やっぱり沖縄の場合(わりと、田舎はそうなのかもしれないけど)親が県外に出るのを反対することは多いから「ほんとに出たいと思ったら、まずは親をちゃんと説得しなさい」と。つよく言われたのを鮮明に覚えている。勉強よりもなによりも、人生で一番最初の壁ってじつは親で、そこを越えられないと突き破れないものをある、と考えさせられた高校2年生。

で、やっぱり進学のときに親の壁を越えられない人って、数年経ってからの就職のときもまったく同じで、仕事での命令がないかぎりは外にでない。いや、出れないんだろう。尻込みして。親を言い訳にして。

実家を離れてみて、県外でいろんなものひとことに触れて、沖縄を外から眺めてみて、見えてくるものめちゃくちゃあると思うんだ。無理強いして「出ろ」とは口が裂けても言えないけど、外に出たいなら“親を説得すらできない”という情けない理由で動かないのはほんとにやめていただきたい。井の中の蛙状態の若者が増えると、沖縄はもっとバカになるから。

親は肉親なんだけど、実は他人だよ。その他人に応援されるようにしないと。親と子という関係は変わらずに、他人というひとりの人間としての付き合い方もできなければ、親を越えることはできないと思うわけ。どこで他人として、彼/彼女といい関係性を築けるのか、きっと試されてるよ。

さいごに、話それるけど、沖縄の外に出ない理由として「地元が好きだから」というの、ほんとのほんに止めて。地元が好きなら、余計に外でてみて比較したほういいし、外から何か持ち帰ってきたほうが、その「好き」の思いをかたちにしやすいだろうから。できない理由より、まずはできる理由考えようよ。なんくるないなさぁなんくるないさぁばっか言ってないで。観光街に並んだシーサー達の表情もゆがんでる気がするさ。