色っぽさはわけがわからない

女性のタイプを無粋に分類すると、かわいい人、きれいな人、(たまに、きれかわな人)、とそうでない人、みたいに分けられるかと思う。で、ちょっと考えてみると、実はもうひとつあるんじゃないかと。「色っぽい人」っているよな。だけど、色っぽい人は少ないし、どこかわけがわからない存在にみえる。

かわいい人、きれいな人が色っぽい人とされがちだけど、実は違うんじゃないか。どちらにも当たらない人でも、どこか色っぽい人がいる。大学時代「あの子、なんかわからないけど、色っぽいよね」というような会話をしたのを覚えている。そう、たいてい「なんかわからないけど」の枕がつく。色っぽいは不思議だ。

だからか、「かわいいはつくれる」のコピーみたく、必死でかわいいをつくろうとする中身のない女性は多いけど、色っぽいを追いかける女性をなかなか見かけない。色っぽいのからくりがつかめていない証拠ではないだろうか。ぼくが知らないだけ、調べてないだけかもしれないけど。いや、がっつり調べていたらなんかイヤだ。どっちにしろ、色っぽいは貴重ということ。

で、もうこれは独断と偏見でしかないけど、色っぽい人はどこかに闇がある。なんというか私生活の裏に複雑な人間関係、事件をかかえているような。ある種、そのような人間としての経験が重なった、人生の深みそのものが色っぽさの正体かもしれない。「それでもあたいは生きるのよ」みたいな、きらめきなのか。

かわいい系、きれい系、きれかわ系のような表現のひとつとして、色っぽい人を「人妻系」とぼくは呼んでいる。すごい勝手だなぁと思いながらも…….。もちろん、実際に人妻であっても、人妻系ではない人がいるのは、わけがわからず矛盾を感じてはいる。女性はむつかしい。

自分のまわりにいる、かわいい人、きれいな人、色っぽい人をすこし思い浮かべてみほしい。色っぽいの奥深さに気付いてもらえるはず。大学のときの色っぽかった子、今どうなってるんだろうか。こういうときだけ、同窓会っていいなと思うぼくがいる。