ぼくはライターに向いていない(かもしれない)

文章を書いてお金をもらう、そんな世界に足を踏み入れてから約2年ほど。まだまだまだまだ駆け出しのもの書きだ。もっともろもろ巧くなりたい。さてと、ここから本題に。世間一般でいう「ライター」という職業をかじらせてもらってから初めて気付けたことは多い。

ライターは一括りにできない。これが一番大きな発見だ。例えば、同じライターでも「紙」と「Web」どちらの媒体で書いてるかで違いがある。おそらくスポーツで言えば、ソフトボールと野球ほどに違う。基本動作は似てるけど、微妙にフィールドとルールが異なる。

紙はページ制限もあり書くスペースに限られるけど、Webは際限なく文章を書ける。この文字数制限があるかないかが「短く伝える」意識に差を生む。基本的に、紙の人のほうが文書が巧い(とぼくは思う)。ただWebの人は、情報収集から記事化までの「スピード感」や、スマホ等のユーザーデバイスまで意識した「文章構成力」などはやはりWebの人の方がわりかし強い。どっちが偉いとか良いよとかの話ではなく、どちらも「より多くのひとに自分の記事が正しく広く届け」という共通した気持ちがある。ただ紙媒体の方が原稿料は高いという事実はある……。

あとは、同じ書く仕事でも「ライター」と「作家」も違う。ライターは基本的にクライアントがいて、商業的に自分が好きじゃないもの、違和感あるものに対してでも、記事の提出を求められる。クライアントが心地よくなるツボをつつけることが大前提で書く。自分のキャラを出すとか出さないかの話でいえば、クライアント次第では出せない。「文章書くのは好きです」とライターを始めて、心が折れそうになるのはこの「書きたくないもの書く」という局面にぶつかったときだろう。反対に、作家は自分色を出せる“作品”を書きつくる。

もうひとつ言うと、ライターと「エディター」は違うし、さらにはディレクターとも違う。この媒体ではこんなコンテンツづくりしよう!と指揮をとるディレクターがいて、そのコンセプトを理解したうえで文章校正にあたるのがエディターで、基本的に(リサーチも含め)ひたすら文章を書く役割がライター。ディレクター・エディター・ライターをまとめて兼ねて活躍している人がいるから、混乱しがちだけど。特にWebの場合は。

と「一括りにライターと言うけど、いろいろあるよ」と主張しつつ、ぼくが2年間ほどやってみてジワジワ押し寄せてくるのは「ぼくはライターに向いていない」という感覚。書きたくないものは書きたくない、とかぼくは我が侭だ。ただ、あくまでまだ仮説として捉えている。だって、骨の髄まで響くほど経験を積めてないから、やりながら検証したいきたい。とにかく締切だけは守る!

実はもともと僕がめざしてるのは、ライターじゃなくて作家。これは中学校くらいから変わらない。じゃあ、なんでライターなのか? それはライターも作家も、書くための“基礎体力”は同じだと思うから。だから必要とあらば、自分の壁にもチャンスにもなる記事には挑戦してゆたい。それ以外に書くきっかけは、自分の専門領域(ぼくはカクテル)を深めるためのブログでいいんじゃないか。そんな気がする。それは、2年間やりながら解ってきたこと。始める前にはひとつも想像できなかったなぁ。こんなぼくですが、ライターのおしごと、お待ちしています。