裏切りのない人とは付き合えない

いつも何かに驚いていたいし、だれかを驚かせられる人でありたい。

だれが言ったのか、喜怒哀楽みたいな感情は、「驚く」後に起こる反応なんじゃないかという話を聞いたことがある。それは、「笑う」という反応にも通じること。じゃ、驚くときって、どんなときかと言えば、きっと想像をちょっとでも上回ったときで、予定調和にならないとき。笑いが「裏切り」によって生まれる理由もここあるだろう。あと、サプライズラズバースデーとか、ディズニーランドやらレストラン、販売業でのいわゆるWOW体験は、「喜」か「楽」を生むためには好ましい裏切りとも言えるのかも。

ここで思うのは、驚かされ続け、さまざまな驚きの種類に慣れしまえば、どんどん驚きのハードルが上がってしまうということ。大学生が同年代とデートするのと、酸いも甘いも知った大人とデートするのでは、その時間の過ごしときの驚きも違う。ただ、それも“そういうデート”が続けば、マンネリ化し、すぐに飽きてしまうかもしれない。驚きがなくなると、感動もうすくなる。新たな驚きを求めるのが人の性質なんじゃないだろうか(欲張りな気もするけど)。

そういう頭で考えてみると、自分が「裏切り続ける人」を探していることに気づく。その人は、ぼくにとって「おもしろい」人であり、彼/彼女がいさえすれば、どこでだって暮らせる、働ける。そんな価値観だから、熱しやすく冷めやすい、好奇心だけの人間だから、あっちこっちを行ったり来たりしているんだろうなあ。

驚くこと、そして、続くこと、そういう裏切りある人には惹きつけられるし、惚れるし、嘘はつけないし、真剣に向き合いたくなる、付き合いたいと感じる。パターンが読めてしまう、裏切らない人はダメだ、心理戦というか推理戦というかハイコンテクストな関係性を楽しめたらいい。

いつも何かに驚いていたいし、だれかを驚かせられる人でありたい。まあ、一番驚かせられたくて、驚かせたいのは、自分自身でしかないんだけど。