くらし心地

「くらし心地がわるい」

思考がどんよりと鈍っているわけでもないけど、なんとなく自分に生気を感じない。感情に大きな振れ幅もないままにここ2ヶ月ほどを過ごしている。

そのなかには、純粋なるしんどさがあるものの、視点をちょいと変えれば、楽しいことは楽しいこととしてちゃんとあり、学びも多く充実はしているのはしている。ただ、どこかまどろみを感じながら、吹っ切れるというか突き抜けるというか、そんなプラスに向かう爆発を感じない自分がいて、「おもしろくねぇな、おまえ」という言葉を自分に浴びせ続けるような日々。

9月は自覚するまでに時間がかかり、10月は自覚したままに、自分なりの答えというか、自分で自分の処方箋探しをずっとしてきたなぁ、という感じ。

そういう気配をどことなく察した友人だったり、ひょんなことから久しぶりに会った先輩との会話があり、地方でくらしはたらく人への取材があったりで、自分の扱う言葉を改めなくてはなあ、と発見があった。

「生気を感じない」というよりは、「くらし心地がわるい」という表現が正しいようで、自分を動かすための歯車がどこか噛み合っていない。そんな感覚と言葉の組み合わせがしっくりとくる。

今の状態を自分なりに言い表せる言葉が見つかり、歯車がおかしくなっていた原因もわかってきた。また、こういう浮き沈みは自分の周期にあるものだとも理解はしているので、後はひたすら書き出す、吐き出す、整理する、まとめるという作業が必要になってくる。

となると、ゆっくりじっくりと考えることは一旦停止で、すばやくすかさず手を動かすことが大事になる。ここからの汗のかき方が、数ヶ月後の流れをつくっていくのだと信じて、やれることをやれるかぎり、がんばんないことをがんばろうと思う。

そういうまどろっこしい感情も含めて、明るいものだけでなく暗いものも扱いながら、くらしの実験は丁寧に続けていきたい。