若手芸人って、スタートアップみたい

好きな若手芸人に「コマンダンテ」ってのがいて、関西芸人にも関わらず、ゆるいテイストの漫才は関東寄りかもしれない。

最近取り組んでるっぽいのが、「〜(職業)をやってみたい」ではじまるコント漫才がベース。ボケ担当(やすだ)がまじめ過ぎてボケなくて、ツッコミ担当(いしい)が相方が漫才中にボケないことに焦れるというもの。ここまでの型は、ある意味、他の芸人もやってる気はするのだけど、ここからがコマンダンテのやり口。

ボケない相方にシビレを切らしたいしいが、代わりにボケてみたり、ボケてもないところにツッコみ(勝手にボケを想定してツッコみ)はじめる。すると、まじめを貫きたおそうとするやすだが、そっちがふざけるならこっちもふざけるよ、と言い、そのボケの前兆に、いしきがふざけてくれとうれしそうに促す。そうやって、ボケ担当が正しくボケて、ツッコミ担当が正しくツッコむ、という道筋ができて、やればできるやんけと、いしいがやすだをほめてネタが終わる。

普通は「ここでボケるよね?」という漫才の構造を逆手にとって、「ボケない」という手段を選んだコマンダンテ。ボケないという姿勢が、やすだのひょうひょうとしたキャラに合ってるというのもポイントな気がする。そして、やすだが、ボケずにコントをまじめにやって、「(その役をやらせてくれて)ありがとうな」という言葉を放った瞬間に笑いが起きるというのはその証拠だろう。

“ボケないボケ”をちゃんと漫才の構造で成立させてるというのがすごい。というのと、この類のネタに関しては、“やすだがボケるまでのプロセス”を観客は楽しんでもらうものであり、その途中で、同じように漫才に対してはまじめないしいが相方がボケてほしいがために軽く発狂する姿こそがおもしろいのかもしれない。

やすだは、漫才の始めから終わりまで、あくまでずっとやすだであり、アプローチを変えようと一生懸命なのはいしいだけ。という風に、ボケ担当のやすだが一般常識的な“まじめ”に立ち、ツッコミ担当のいしいが芸人としての”まじめ”に立つからこその矛盾が、このネタの肝なのかもしれない。

若手芸人は売れるまでに、まずはネタを磨く。他のコンビじゃできない、自分たちにしかできない笑いを、とデビューしたての頃とは違うネタをやるようにもなる。それは、ネタをつくって、お客さんで反応見て、時代の流れもちょっと様子見て、少しずつ自分たちらしいものに変えていく。変化し続けている。いや、変化し続けていかないといけないのだろう。

その姿は、プロトタイプをつくって、早い段階で反応をみて、よりスピーディに改良を加えて、サービス向上へとつなげていく、スタートアップに似ているのかもしれない。エグジットするかどうかも似ている部分で、会社を売却するかどうかというのは、芸人を止めて(ネタをやる機会を止めて)タレントに転向するという流れのように感じる。

というのを、メモしておきたかったのです。えらく時間かかった、寄り道しすぎた。