整理するの助として生きるのだ

パソコンの待受画面を眺めると、フォルダがぐっちゃぐっちゃになってたりする – イエス。Dropboxの写真が分類されることなく取り貯められている – イエス。ボイスレコーダーの中にある音源が日付で保存されたままになっている – イエス。こりゃあかんわ。

ということで、もろもろのデータを整理してみました。よく言われることかもしれないけど、「物を整理できていないのは、頭の整理もできていない」というやつにギクリときたのもあって。えっと、3年以上も前だったかに読んだ佐藤可士和さんの『超整理術』の内容が痛烈にぼくをつついてきた気がしたので。

じゃ、どうやって整理するかという話だけど、絶対にこれだ!っていうルールは無い。自分が使いやすいように、分かりやすいように整えるべし、だろう。となると、ぼくの場合、パソコンの中のデータというのは、基本は「書く」ためにあるので、記事を作成するためにちゃんと分類しておく必要がある。

書く媒体毎にフォルダを分けたり、取材毎の音源、写真とをしっかりと表記しておく。たくさん写真撮ったとしても、使うのは数枚のはずなので、厳選したものをそこだけ色分けするとか、フォルダ名にテキストを打ち込んでおくとか、いろんな工夫はできる。

そういう作業を後からまとめてやろうとすると、すんごい大変だし、大事なポイントを忘れていたりで抜かしちゃったりと、苦労するのは自分でしかないからなぁ。とほほ。情報(データ)がたくさんあり過ぎると、選び上げるのにエネルギーがいる。削ぐのって、ほんと大変だもんね。無駄な情報に労力を奪われるのはカッチョ悪いしな。

Gmailなんかも毎回フォルダ内はメール0件にするのを心がけてるのも、そういう後から見直したときの疲れを避けたいってのが一番かも。

整理するときに大切にしたいのは、「つかまえた情報を鮮度を落とさずなるべく早い段階で、すぐ使えるように最低限の下調理(編集)しておくこと」であって、それ以外の「どっかで使うかも…」というのは、結局は使われることのない腐った情報と化してしまうのかもなぁ。まあ、豆腐とかクサヤとかそういう類になるまで、寝かせるものもあるとは思うけどもさ。いつ死ぬかわからんでな。

かつてのお侍さんは、死と隣合わせで毎日を過ごしめたんだろうなーと思いを馳せつつも、現代においては、“整理するの助”として大往生しようではないか。