いとうせいこうの肯定する脳みそ

意見が食い違うときのコミュニケーションって難しい。初対面の人と話すときには、必ず意識することがある。それは、否定型の人間なのか、はたまた肯定型の人間なのか、という話をする相手の性質だ。そのどちらかによって、伝え方は変えてかなくちゃと思うので、その判断は慎重にしていきたい。

何を言おうが、自分の意見と違っているとすぐに否定にかかるがいて、そういう人は別に死ぬほど嫌ではないけど、聞く耳をあまり持っていないのはもったいない、とつくづく思う。何か言う度に「でもさ」と反射的Butをバシッと振りかざしてきて、自分の意見の優れている点を主張しようとする。これってバランスよくないんだよなぁ。

反対に、肯定型の人ってのは、例え自分の意見と食い違っていたとしても、まずは相手の話を呑み込むように聞き耳を立ててくれる。その上で違っている点を伝えたいなら、「うんうん、そうだよね。たださ・・・」とYesで受け止めてからのButなので、ちゃんと認めるところは認めつつ、違いを話してくれるので、会話の気持ち良さが全然違ってくる。

否定型の人は、その「一度受け止める」ためのYesを持合わせてなくて、自分の意見以外は間違ってる、という概念に囚われているから大変だよな、と思うし、そういう人と話をするときこそ、肯定の姿勢で相手の価値観に耳を傾けて、言葉を選んで、話を進めていけたらいいなぁ、とも思う。別に相手をやり込めたいとかではなく、「自分と相手でなにが違っていて、そう考えるようになった理由はなんだろう?」を知るために。

肯定型の人間ってのは、どんなことがあっても物事をおもしろがれる人だよなぁーと、人としての強さを感じる。目の前に現れる予期せぬ出来事をいったん受け止めてみることで、その対象との距離感を探りつつ、自分なりの楽しみ方を考えていく。ここで思い浮かんでくるのが「いとうせいこう」という人物像だ。

以前『ボクらの時代』という対談式のテレビ番組に、バカリズム、いとうせいこう、小林賢太郎という珍しいメンバーで出演した回があった。そのときに、趣味の話からの流れで、バカリズムがいとうせいこうの人柄をこう語っていた。

せいこうさんは、肯定する脳みそなんですよ

それを笑いも交えつつ語るエピソードとして、いとうせいこうが「野犬の霊」に憑かれたときの話が出ていた。そのせいで体調も悪くなっていって、普通であれば、憑かれたら祓ってみる、という手段をとるのだろうけど、いとうせいこうは「(霊を)飼う」という決断をした。悪霊との共生をしようと試みて、今では忠犬まで飼いならしたけど、体調はよくなったわけではない、というオチ付きの話。

受入れて、おもしろがる、の究極はここにあるよなぁ、とクスクス笑いながら、ぼくは番組を観ていた。単純にそっちのほうが、世の中が楽しくなるだろうし、否定するものがあったとしても、肯定と否定、ふたつの視点で物事を見れるわけだから、得だよね、とも思う。

すぐに否定したくなる人は、とりあえずまずは相手の言うことを聞いてみて、ツッコミポイントを見つけつつも、うんうんと飲み込み、それから自分が思うことをどう伝えるかを考えてみる。Butの前のYesを呼び込む、ほんの数秒を我慢できたら、世界はちょっとは開けて(拓けて)くるじゃないかってね。

もっとおもしろがろうよ、楽しもうよ、だって自分のところに本当に来てほしいものってなかなか来てくれないから。むしろ呼び込まなくちゃ。