言いわけからの、場づくりの余白など

「ほぼ日で、書きます」宣言から、はや数日で、更新が止まるというのが、いつもと同じだよな、と反省しつつも、ここ数日を振り返ってみると、確かに書き留める時間はなかったかも、と言い訳の余地もちょっと探してみる。

4日は「水上学舎」で、5日は「すいすい市」、6日〜7日は伊平屋(いへや)島までのアテンド。ご無沙汰の人も、初めての人も、たくさんの人と会える機会となり、濃密で、次の動き方も見えた気がするし、ギュッと詰めてやったことへの意味も感じてはいる。誰かと一緒にいると、目の前の人に全部気持ちを持っていかれるから、作業をやろうなんて気持ちになれないのは、飲食(サービス)経験で詰み重ねてしまった感覚なのかも、と気付いた。

この数日、同じ「ぺとぺと」として活動するコバヤシさんをはじめ、ナースじゃないけど病院勤めのツバサさん、まちライブラリーの館長のゴウくん、そして、その奥さんのミシオさん、神主のゴリさん、大宜味のミゾくん、いつもお手伝いもらってる学生のナオユキには、(日頃からお世話になってるけど)いろんなサポートをもらい、ほんとに、感謝、感謝です。

ぼくはレス下手なので、あまりちゃんと言葉にできていない部分もあるけど、一緒に進めさせてもらう上で「自分のできないこと」「一人じゃできないこと」を、まざまざと痛感させられる。とういうか「おれ、できないこと多過ぎでしょ」と思うことばっかだったなぁ(苦笑)

「場づくり」については、毎度毎度どうなるかわからない、むしろ、「どうなるかわからない余白をどう残しておくのか」ということは考えるんだけど、こうやって自分以外の人が、ある意味、勝手にやってくれるから、安心できるから余白づくりをやろうと思えるのだろう。

どうやって人が集まったのかは、振り返ってみると、計算できたものは一つももなく、どっちかというと“偶然”に近いものばかりだったし、なにかしらの波長が合ったから、なにか大きな取り決めをしたわけでもなく、自然とまた来てもらえるようになったのかな、としみじみ感じるわけで。

今回の件で、ぼくのズボラさとか、弱みとかは、かなり公開された気はするので、できないところをどう乗り越えるのかとか、できることをより尖らせるためにどうしようとか、今後の動くときの規模を狭めるとか広げるとか、はもっかい考え直したいし、次どうしたいかは他の人たちに委ねられたらとも思う。

今ぼくのすぐ側にある場は、“プライベート”から“パブリック”の領域へ変わってきている。プライベートだからできることは自己完結で終わらせられるようにちっちゃく仕掛けながら、パブリックだからこそできることは、この場に集まってくれる人の意志に委ね、その意志が混ざり合うことの化学反応を楽しみにしながら、しばらくは、そのまま進んでいこうと思う。

大事なことは、続くこと。その場があり続けることで、だれかが(ちょっとした背伸びではなく)ひどく無理するような場は続かないし、そういうのは、おもしろくも、楽しくもないので、場の空気、温度には過敏なくらい敏感でありたいです。

すいすい市、打ち上げのホルモン焼きは楽しかったし、うれしかったので、あれがまたできたらいいなぁ。それとかも、続くように。