単純作業をバカにするやつは地獄に堕ちる

単純作業の本質は、仕組みを提案することにあると思う。

 

近況報告として、10月まで奈良にいましたが、11月からは京都に戻ってきてます。年内はおそらく京都にいます。

10月中、奈良で何やってたかというと、ライティング系の仕事も山奥でこそこそとやってはいたのですが、半分くらいの時間を農業系に充てていました。

果樹園でファームステイしてたんです。今の時期は柿を収穫して、加工したり、出荷したりとセカセカとやっている場所でお手伝いをしてました。当たりまえだし、イメージ通りかもしれないですけど、やっぱり農業系は単純作業が多いです。

ただ単純作業は誰にでもできる、とかバカにはできません。単純作業を繰り返すにも、何も考えず作業をしている人はおそらく他の仕事をしていても何もできないんだろうな、と思えてしまう瞬間があります。

単純作業のなかで大事なことは「スピード」と「丁寧さ」。このバランスが崩れるといけないんですよね。早いだけでもダメ、丁寧なだけでもダメ。丁寧に早くができる人が、この単純作業業界では大事みたいです。

そんじゃ、より早く丁寧にするには?ってなると、やはりまずは量をこなさないといけないです。その中で身体感覚を研ぎすますんです。僕は柿の加工のために、柿の皮むきを1日1000個近くやってました。不思議と量をこなすとスピードも丁寧さもあがるもんです。

ただ量だけでは限界があります。今までやってきたやり方を変えないと、それ以上にはいけない瞬間がやってきます。そこで新たな仕組みを考えないといけなくなります。これまでやってきたやり方に甘えるのは簡単な話で、そこそこの安定感はあるんですけど、上は目指したいですよね。

アレでもないコレでもない、といろんな実験をこなして、新しいやり方を探りに探り、ふとした瞬間に悟りをひらくような感覚に心身ともに陥ります。これが単純作業を突詰めたカタチなのかなぁと。

だから、単純作業の本質は、仕組みを提案すること。

 

どんな仕事をしても、一番最初は末端の仕事をさせられることがしばしばかもです。いわゆる「ぼく/わたしじゃなくてもできる単純作業」みたいな。

ただこの単純作業でさえも、丁寧さやスピードに欠けていたら、上司は新しい仕事なんて任せたくないかもしれない。逆に「もっとこうすれば改善できるんじゃない?」と提案できれば、もっと他の事を任せてくれるかもしれない。

 

言われたままにしかできない、とか言われたこともできない、のをチェックするのに、”単純作業のこなし方”は重要なのかもしれないです。自分にしかできないクリエイティブな仕事をしたい、なんて妙にテンション上がる前にやはりまずは目の前のことなのかも。

そう考えると、単純作業には深い意味があるのではないかと、柿の皮をツーっと向きながら考えていたのが奈良での50%くらいの話でした。きっと一生分以上の柿と向き合ってきました。

今度誰かしらお会いしたときには、柿について語らせてください。

 

(*ただ単純作業が苦手でも、他の事が得意な人もいるよ、ってのも一つの事実だろうし、結局は適材適所だとは思ってます)