書起こしで変わる「取材」と「価値観」

文字の「書起こし」は苦手だ、ということもあって、そういった作業には自分からはなるべく触れないようにしている。とはいえ、お世話になっている人から(ありがたいことに)依頼される仕事では、書起こしをすることはしばしば。ぼくの場合、苦手との戦いは、たいていご縁によって幕を開ける。

耳に集中して、同時に、手を動かす。たったこれだけのことなんだけど、慣れてないと当然てこずるし、そこそこ奥が深い。たしか、一番最初に引き受けたのは、約3時間ほどの音源だったんだけど、これが地獄だった……。コツが分かってないもんだから、非効率でスピードもかなり遅かったのを覚えている。もうやらねぇーー!と思うくらい。

けど、結局は、同じように引き受けちゃう。そうすると、苦手だ苦手だと思ってやっていても、前回よりはスルッとやれるようになる。量をこなすと、ましにはなっていくもんだねぇ。それでも、苦手意識というのはすぐには拭えないのだ。

そうやって、何度も書起こしの仕事を繰り返していると、自分なりのこなし方が確立されてきて、ある程度の時間の段取りもできるようになってくる。そして、ふとした瞬間に「あれ、なんか書起こしも楽しいかもな」と錯覚に陥る。あくまで錯覚なので、苦手は苦手ということ。

でもね、錯覚を起こせるようになれば、こっちもんだよ。だから今はちょっとだけ書起こしの仕事を増やせたらいいなぁ、と思っている。自分に足りないスキルも補える気もするしね。

書起こしの良い点は、自分以外のインタビュアーの「取材方法を学べる」ってことがある。どのように、相手と距離を縮めて話を引き出すのか、話がブレたときに本題に引き戻すのか、自分の話をどう織り交ぜるのか、など勉強できることは多い。

また、他人の声を文字化する作業のなかで、その人の「価値観を疑似体験できる」おもしろさもある。以前、都会から田舎へ移住した人の取材音源を書起したときに、自分がひとつも想像もできなった暮らしを語る話者の言葉一つひとつが、体に染み入ってくるような感覚があった。自分のなかで、ここぞと使える引用フレーズが増えていくみたいな。

書起こしについての雑感がざっくりし過ぎてるし、「書起しやると、これ身に付くよ(身に付いたよ)」ということはまだまだあるので、またどっかでまとめ直したいなぁ。

とりあえずね、自分の知らない世界にいるだれかの体験と言葉に触れることができるのは、楽しい。そして、指を動かしながら、少しずつ自分の中にも蓄積するものが増えていくのは、うれしい。まあ、苦手っちゃ苦手だけども……もっとやろう。書起こし協力隊になろう。

そして、ライターでなくとも、ライティングに興味あったり、ある分野についてのただならない関心があるなら、まずは気になる人の音源探して書起おこしてみるといいかもよ。おすすめです。